第56話

「何があったんですか、皆さんっ。心配して外で待っていたら、なんだかピザのいい匂いがしてくるし!」


 レグーミネロは乱れた髪を手で整えながら、近くにいたエルプセを捕まえて尋問した。

 ちなみに、ソーハとレンティルはすばやく髪と目の色を偽装している。

 ザオボーネと豆太郎は、ぜいぜいと息を切らせているベンネルを見て片手をあげた。


「よう、ベンネル」

「あ、どうも、ベンネルさん」


 2人のあいさつがハモった。手を上げたまま、互いに顔を見合わせる。


「ん? 知り合いか、お前ら」

「ああ。この前高い酒をごちそうに。ベンネルさん、この前は」


 ベンネルはあいさつには応えなかった。ずかずかと2人に近寄り、がっと肩を掴む。そしておどろおどろしい声で言った。


「……お前らが中々出てこないせいで、俺は2時間リスについて演説した……!」

「えっ、なに、怖い怖い」

「なにがあったんだ、ベンネル」


 よく分からないが、めちゃくちゃキレていた。

 おっさんがおっさんとおっさんに詰め寄っているその横で、レグーミネロはいつの間にか、ちゃっかりもやしピザをもらって、女子たちの会話に混ざっていた。


「そうだったんですか。ダンジョンの地下でトラブルがあったなんて……。ファシェンさん、大変でしたね」

「ありがとう。けれどもう解決しましたから、ご心配なく」

「時に、そちらの茶髪の女性は?」

「レンティルと申します、初めまして」


 優雅に一礼するレンティルにつられて、レグーミネロもお辞儀をした。

 そして顔を上げて、に気づく。


「あの隅っこに積まれているものはなんでしょう?」

「ああ、あれはゴーレムの耐火レンガですよ。なんでもピザ窯にするとか」

「ゴーレム……、ピザ窯……」


 レグーミネロの頭の中を「びびーん!!」と衝撃が突き抜けた。


「こっ、これですーっ!!」


 レグーミネロの叫びが、ダンジョン内にこだました。



 □■□■□■



 それから2週間後。

 ソイビンの街のとある雑貨屋にて。


「ピザ窯?」

「ああ、最近流行ってるんだよ。ゴーレムの耐火レンガを使って作るらしい。簡易なものなら素人でも作れるらしくて、酒場じゃ野外でのビアパーティーが大盛り上がりしてるぜ」

「へー。だけどよ。ゴーレムのレンガなんて、重くて持ち運びも大変だろう。どこで仕入れてんだろうな」

「さてな。メメヤード家の独自ルートらしいけど」

「まあ、難しいことを考えても腹は膨れねえよ。それより俺たちもピザ食いに行こうぜ」


「…………」


 すぐそばで冒険者のうわさ話を聞いていたレグーミネロは、ふふん、と得意げな顔をした。

 ベンネルはめんどうくさいので、妻のドヤ顔を見なかったことにする。


 ゴーレムの耐火レンガを使ったピザ窯作り。これが当たりだった。

 通常のレンガに比べ、耐火レンガは値段も高く重量もある。

 輸送の手間もあり需要は低く、ソイビンの街ではあまり着目されていない素材だったのだ。


 メメヤード家は耐火レンガと窯作りをセットで考案。

 さらに素材は近隣のダンジョンからの入手で、輸送費を大幅カット。

 こうして耐火レンガの販売は、かなりの大成功をおさめたのだった。


「これでマメのおじさまの金銭問題は解決ですね」

「今のところはな。ピザ窯なんて、一度作ったらそうそう需要はない」

「はいはい、分かってますよ」


 だけど、レグーミネロは嬉しかった。

 前の時は、自分が前のめりになりすぎて、豆太郎にもかなり迷惑をかけてしまった。だから、ようやく豆太郎の役に立てたのだと実感できたのだ。


 そんな妻の心情をなんとなく察して、ベンネルはムッとした。

 そんなにあの男の役に立てたのが嬉しいのか、とわけもなくイライラしてくる。


「そうだ、旦那様。今度ピクニックに行きませんか? 森の動物の豆知識を聞かせてくださいな」

「お前な……。俺は研究者じゃないんだぞ」


 とかなんとか言いながら、実はベンネル、ここのところ熱心に生物の勉強をしていた。

 別に妻に好評だったからとか、そんな理由ではまったくもって決してないのだけれど。

 商売で何かの役に立つかもしれないので。


「もう少ししたら、花もたくさん咲いて見頃だって聞きましたよ」


 使用人から取り入れた知識を楽しそうに話しながら、レグーミネロはベンネルの前を歩いていく。

 そばかす混じりのその笑顔が、なんとも幸せそうで。

 ベンネルは全然特に深い意味はないけれど、次は植物の勉強でもしようかと思った。

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