第55話

 ソーハのダンジョン1階。


 ダンジョンの主がいたので、帰りは誰にも妨害されず、むしろ助けてもらいながら帰ることができた。

 行きは怖くて帰りはよいよい。勇者一行と魔人たちは、無事にいつもの豆太郎の定住スペースにたどり着いた。

 全身全霊を出し尽くした皆が取るべきは休息タイム。

 待ちに待った食事の時間である!


 まずはトマトと玉ねぎを味付けして煮込む。

 その間に、小麦粉をまぶしたもやしを平らな皿に敷き詰める。

 さらに上から降らせるのはサラミにチーズ、あとの具材はお好みで。

 平らな皿を火の上にかけて、トマトソースをかけたらセッティング完了。

 じわじわと溶けるチーズ、きつね色になるもやし、ぐつぐつと煮たつトマトソースを見て楽しみながら、焼けるのを待つ。

 もやしピザの完成である。


「マメタロウさま、先ほどおっしゃっていたピザ窯は作らないんですか?」


 部屋の端にこんもりと盛られた耐火レンガを指さしてレンティルが尋ねた。

 ちなみに運搬してくれたのは地下3階門番のゴーレムである。


「はは、さっきは勢いで言っちゃったんですけど、作るのに色々準備がいりますからね。今日はフライパンでぱーっとやりましょう!」


 ピザ窯を作るとなると、空気の入れ替えができる環境も必要だ。さすがにダンジョンに穴を掘るのは難しいので、外に設置しようかなあ、などと考えている豆太郎だった。


「さー、どうぞどうぞ。普通のピザより柔らかいから、気をつけて食べろよ」


 焼ける端から1人ずつ配っていく。

 まずは本日のМVP、ソーハから。


 お腹がぺこぺこのソーハは、焼きたてのもやしピザを思いきりかぶりつきたかった。だが、人間たちの手前だ。魔人の威厳を保たなければならない。

 さも余裕たっぷりにもやしピザを1口かじるソーハ。


「!」


 煮詰めたトマトの旨味、伸びるチーズ、サラミの塩気、それらをつなぐもやし。

 そこに空腹という調味料も相まって、もやしピザは無敵に美味しかった。


 ソーハの表情を見た誰もが「美味いんだろうなあ」と思う顔だった。

 そして皆ももやしピザをぱくつき始めた。


「へえ、もやしとチーズって意外と合うな」

「チーズ焼きとかも美味いっすよ」

「トマトの酸味が効いている。チーズなしも食べてみたいな」

「はっはっは! いいぞいいぞ、どんどん食べろー」


 屋台のおっさんと化した豆太郎がノリノリでもやしピザを焼いていると、リンゼが近寄ってきた。

 水の魔物とのつながりが切れた彼女は、まだ衰弱しているものの、動ける程度には回復していた。


「あの、おかわりいいですか」

「おっ、リンゼ。食べろ食べろ、体力使ったろ」


 もりもりと自分の皿にもやしをよそう豆太郎を、リンゼは見つめた。


「ん、なに?」

「あの、ごめんなさい。それと、ありがとう」

「? ああ、地下でのことか。俺は何もしてないから、ソーハ達に礼を言っときなよ」

「ううん」


 リンゼは思い出す。

 ふざけるな、と自分に怒ったソーハの顔を。

 魔人の子どもが人間を助けようとしたきっかけを。


「始まりは、きっとマメタローさん」

「?」

「分からなくていい。でも、ありがとうございました。いつかきっと、ご恩をお返しします」


 ぺこりとお辞儀をして、彼女はとことこと去っていった。

 豆太郎が首をかしげていると、今度は口の周りをトマトソースだらけにしたソーハが皿を持ってきた。


「おい、お代わり」

「ああ、はいはい」


 その皿にもやしを盛って渡す。

 ソーハは豆太郎のそばにどかりと腰かけて、大口を開けてほお張った。


「なあ、ソーハ」

「ふぁんは(なんだ)」

「前にさ、レンティルさんに聞かれたんだ。帰りたくはないか、これからどうしたいかって」


 ソーハはわずかに肩を跳ねさせた。沈黙のあと、なんでもないかのように再びもやしを食べた。


「あ、そ。で、お前はどうしたいんだ」

「いやー、実はそんなにはっきりと決まらなくてなあ。おっさんになると、夢を持つのって難しいんだ、これがまた」


 でも、と豆太郎は続けた。

 目の前に広がる光景。

 老いも若きも、人も魔人も、みなでわいわいともやしをせっつき合うこの光景。


「こういうの、結構楽しいからさ。しばらく現状維持ってことで、いいか?」


 豆太郎はひらひらと手を振った。

 レンティルが発動した魔力を可視化する魔法はもう解けている。

 だが、確かにそこに見えない光の糸がある。

 ソーハと豆太郎、魔人と人をつなぐ絆の糸が。


「……勝手にしろ」


 ソーハはもう何度目か分からないその言葉を言い放った。

 そしてピザを食べていたフォークを皿に置き、らしくなく目を泳がせた。


「……お、おい、マメタロー」

「んー?」

「そ、その、だな。あの水の魔物のことだが……」


 ソーハが珍しく、言いよどみながら話していた時だった。


「あーっ!! やっぱり! 美味しそうな匂いがすると思ったら!」


 洞窟の外で待機していたレグーミネロとベンネルが飛び込んできた。

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