第8話

「私、妹がいるんです。美人で明るいから、両親はそっちばかり可愛がっていました。まあ、そうですよね。そばかすだらけでかわいげのない姉と比べたら、そっちを大切にするに決まってます」


 レグーミネロはそばかすを隠すため、必死に白粉おしろいを塗りたくった頬に触れた。


「昔から、欲しいものは全部妹のものになりました。素敵な洋服も、好きな人も。そして私は、お家のために10も上の人に嫁ぐことになりました」


 レグーミネロの家は元は商人の血筋だ。一代前に土地を買って貴族となった。

 父と母は貴族であることに誇りを持っていた。固執、と言ってもいい。

 そして妹もまた、華やかな生活が好きだった。彼女の美しい見た目もまた彼女の望む生活に沿っていた。

 だが、レグーミネロは違う。社交場で踊るより、市場で流行り廃りを研究する方がよほどおもしろかった。ご先祖様はずっと商人でいればよかったのに、と思う。

 そんな考えのため、当然父母と折り合いは悪かった。彼らは男をたてる美しい花のような娘が望みだったのだろう。


 だが自分の知識を褒めてくれる男性もいた。聡明でいつも笑顔の彼は、楽しそうに自分の話を聞いてくれた。レグーミネロも自分を認めてくれる彼に心を開いていた。

 けれど先日。その彼と妹の結婚が決まった。

 足元が崩れ落ちるような感覚とは、ああいうことをいうのだろう。彼が自分の話を聞いてくれていたのは、妹の姉だから、という理由だけだったのだ。

 結局妹のような女性が皆から選ばれるのだと思い知らされ、さらに追い討ちをかけるように、自分の婚約も決まろうとしていた。


 相手は商人。その界隈では名高い男だ。ただし、商売仲間を容赦なく蹴落とし、勢力を広げる悪辣あくらつな男として、だが。

 金策のために本人の意思など無関係に結婚を決めた上で、両親は彼女に言ったのだ。

「お前も妹のように、愛される努力をしなさい」と。


 その時のことを思い出して、レグーミネロは唇を噛み締めた。


「私、だめなんです。どれだけ着飾っても、妹みたいに綺麗になれない。妹みたいに男の人を支えられない。全然だめなんです」


 女らしく生きなければならない。慎ましく生きなければならない。

 なのに、そうなれない。


 レグーミネロはうつむいて黙りこくった。どんどん気落ちしていく少女を見て、豆太郎は焦る。

 異世界に転移する前は営業部署にいたからといって、話術に長けていたわけではないのだ。


 狼狽 うろたえた豆太郎は、とりあえず1つの経験則に従うことにした。

 考えが負のスパイラルにおちいるのは、大体2つの時だ。すなわち、睡眠が足りていないか空腹の時。

 なれば、今することは。  


「よ、よしっ! 飯にしよう!」

「へ?」


 とれたて新鮮もやしと豆苗を美味しくいただくことだ。


 □■□■□■



 本日の材料。

 黄色い根っこのついた白もやしと、日光をふんだんに浴びて育った緑の豆苗。


 これを中火で炒めること数分、あとは塩胡椒(エルプセが先日提供してくれたもの)で軽く味付け。豆苗は炒めすぎると緑の鮮やかさが消えるので注意だ。

 少し冷まして味を染み込ませたら、出来上がり。

 簡単で安価、もやしと豆苗炒めの出来上がりだ。


「ほら、レグーミネロ」


 レグーミネロは戸惑いながらもやし炒めを受け取る。

 白と緑のコントラストをまじまじと見つめた。


「初めて見る料理です」

「それはな、もやしと豆苗っていう野菜なんだ。実は同じ種からできてるんだぞ」

「ええっ、そうなんですか!?」


 レグーミネロの素直なリアクションに気を良くして、豆太郎はもやしトリビアを語り出した。


「もやしっていうのは、日光に当てずに育てた新芽の総称だ。対して豆苗は豆の若菜。つまり、豆を日光に当てずに発芽させたのがこっちのもやしで、日光に当てて種を育てたのがそっちの豆苗ってわけだ」


 レグーミネロはまじまじと料理を見つめた。

 焼きたての野菜炒めは、かすかな湯気をたてている。

 青々と育った豆苗に対して、日を浴びずに育ったとされるもやしは、ずいぶん頼りなく見えた。

 同じ種からできる野菜がこうも違うとは。


(……なんだか、私と妹に見えてきたわ)


「両方とも栄養抜群、調理も簡単、そして抜群に安い!」

「……どちらか1つではだめなんですか」

「へ?」

「たとえば、豆苗だけでもいいじゃないですか。同じように栄養があるなら、きれいな豆苗だけでいいでしょう」


自分をもやしに重ねて、思わずそんなことを口走る。

すると豆太郎は「かっ!」と目を見開いた。


「何を言ってるんだ、必要に決まってるだろ」


 豆太郎、拳を握りもやし愛を熱く語る。


「栄養分も結構違うし、他の食材との相性もあるからな。豚肉のもやし巻きなんて革命的な美味しさだぞ?」


 少女はまじまじと料理を見つめた。

 同じ種。

 それぞれ道の過程でまったく違う食材へと変化した、2つの野菜。

 それは、なんだか自分と妹を連想させた。


 だけど。


(豆苗ともやしは、両方とも必要なんだ)


 それぞれに必要な場面が違う。それぞれに活躍できる場所がある。

 食材との相性だって、ばらばらだ。


 なら、自分も。

 妹のようになれなくても。

 うまく踊れなくても、化粧が下手でも。

 私にしか合わない食材を、見つけられるのではないだろうか。


 レグーミネロはスプーンでもやしと豆苗炒めを掬い、一口。

 もやしのシャキシャキ感と豆苗の少しの苦味。それらが塩胡椒と混ざって生み出す美味しさ。

 

 (美味しい、2つとも、美味しい。……マメのおじさまは、きっとこれを教えてくれようとしたのね)


 突然料理をし始めた時には、何事かと思ったが。

 不器用なおじさんだな、とレグーミネロは微笑んだ。

 それが勘違いだと指摘するものは、その場にはいなかった。



 □■□■□■



(俺は何をやっているんだ……)


 満足のいくまでもやしトリビアを語り、我に帰った豆太郎。自分より10歳以上年下の子に、自己満足の知識をひけらかしまくっていたことに気づいてしまい、意気消沈した。

 飲みの場で課長が新人社員にやったら、ブーイングを喰らうやつだ。


 きっと嫌な顔をしているだろうとおそるおそるレグーミネロの顔を見る。だが彼女は笑っていた。心なしか、さっきより顔色もいい気がする。


「おじさま」

「は、はい」

「ありがとうございます。美味しいですね、これ」

「あ、そう? 良かった」


 機嫌もいい。良かったけどなぜだ。


(勉強が好きなのかな。さっきもダンジョンの豆知識を語っていたし)


 そんなやや見当違いのことを考えながら、豆太郎も自分の皿に目を向ける。

 目の前にある、やや透き通ったもやし。

 異世界に転移してからいろいろなことがあったが、ついにこの時がきた。

 もやしを食べる、この時が。


「…………」


 はやる心臓をおさえ、そっともやし炒めを口に運ぶ。


「…………」


 もくもくと咀嚼そしゃくして、スプーンを置いて一呼吸。


「…………うめえ」


 異世界転移後、初のもやし。

 心が打ち震えるほどに、美味かった。



 □■□■□■



 数日後。

 とある商人の屋敷にて。

 

「私たちの夫婦生活は、仮初のものだ」


 レグーミネロの前に立った男は冷たい声で言った。

 先日の顔合わせの時に浮かべていた商売用の笑顔はどこへやら。レグーミネロを見る男の視線は、商品を品定めするときのそれだった。

 彼こそが、レグーミネロの夫となる男、ベンネル・メメヤードだった。


「他に相手を作っていい。咎めはしない。私は君を虫除けに買ったに過ぎない。お前がお金のために、嫁いできたのと同じようにな」


 一方的に言い捨てて、ベンネルは彼女に背を向けた。

 すると、ベンネルの体が「がくん」と傾いた。

 レグーミネロが思い切り彼の上着を引っ張ったのだ。

 驚いた男は思わず振り向く。

 10も歳が離れている自分に嫁いできた女性。ベンネルからすれば、ただの子どもだ。レグーミネロからしても、自分は金に汚い中年男性にしか見えないだろう。

 親に金目的で嫁がされ、夫となる男に冷たい言葉を投げられた少女は、ただ微笑んだ。


「……いいえ、いいえ。旦那様」


 そばかすまじりの、年頃の女性に比べて随分と薄い化粧で、にっこりと。


「私は、私のやり方で幸せになるためにここにきました」


 はっきりとそう宣言した。

 もやしと豆苗は違うので、と謎の言葉を付け加えて。



 □■□■□■


 ダンジョン1階、最奥。


「あー! またうまくいかなかった」


「恐怖の演出作戦」が失敗したソーハは頭を抱えた。

 相手を精神的に疲労させるはずが、何故だかソーハの方が疲弊ひへいしている。

 そして肝心の豆太郎は、あの滝の水が状態異常を回復する貴重な水だと知った上で、あいも変わらずもやしを育てていた。そして着々と育てるもやしの量が増えている。

 このままではあの一帯がもやしに埋め尽くされるんじゃなかろうかと、ソーハはぞっとした。

 実際のところ、もやしの傷みは早いので、豆太郎はそこまでもやしを大量生産するつもりはないのだが。家庭菜園などしたこともないソーハには、そんなことは分からない。


「思った以上に図太い人間ですね、次はいかがなさいますか、ソーハ様」


 ソーハはやや沈黙した後、意を決したように立ち上がった。


「俺が出る」


 予想外の回答に、レンティルは目を見開いた。


「本気ですか?」

「ああ、俺が直々に、魔人の怖さを教えてやろう」


 レンティルの半分ほどの背丈のソーハは、紫の目を怒らせて、八重歯を剥き出しにして凶悪に宣言した。


「この魔人ソーハ様がな!!」

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