第72話
「思えば、最近の俺はもやしのポテンシャルに甘えていたのかもしれない」
「うん」
「何と掛け合わせても美味いもやし。もやしピザやなんちゃってもやしラーメン。もちろんそれはそれで美味しい。だけどもやしの持ち味を活かせていたかというと別問題なんだよな」
「そっかー」
ぶつぶつと呟く豆太郎の横で、ヤギミルクを飲むファシェン。
リンゼが2人きりにするために適当に口にした言葉で、豆太郎のもやし熱に火が点いてしまったらしい。
料理を作るのも忘れて、完全にマイもやしワールドにトリップしてしまっている。
普通の人なら帰ってしまうところだが、ファシェンはそんな彼に
あまつさえ「キリッとした顔珍しいなあ」なんて思っているのだから、恋は
ふと、ファシェンは布が掛かったままのカゴに目をやった。少し話題を変えようかと考えてカゴを指差す。
「マメタロー。カゴの中を見てもいいか?」
「えっ。いいけど、大丈夫?」
中に入っているのは魔除けのケープだ。魔物の血が混じったファシェンには、あまりいいものではないだろう。
案じてもらえるのが嬉しくて、ファシェンは微笑んだ。
「ケープくらいなら大丈夫だよ。見てもいいか?」
「それなら、どうぞ」
ファシェンはカゴの布をめくった。
橙と緑の鮮やかなコントラストで縫われたケープが現れる。
豆太郎は不思議そうに身を乗り出した。
「前に山で付けてる人を見たことがあるけど、どうしてこれが魔物に効くんだろうな」
「糸に秘密があるのさ」
「糸?」
「ああ。特殊な魔力が編み込まれた糸だ。……と、豆太郎は冒険者ではないから、魔力について詳しくないよな」
ファシェンは魔力の仕組みを説明する。
「魔力には色々ある。炎や風を操る自然の力。人の傷を癒す力。世界は魔力で満ちていて、私たちはそれを吸収・分解・放出している。そしてとある学者が魔物にだけ分解できない魔力があると発見したんだ」
「その魔力を分解できないと、魔物はどうなるんだ?」
「別に死んだり、傷ついたりするわけではないよ。けれど、不快感や
ファシェンがカゴの中のケープをじっと見つめる。ちりちりと嫌な気配がして、鳥肌がたった。
ファシェンの中に眠る魔物の血が、このケープを拒絶しているのだ。
「それから研究が進んで、結界や
「へえ」
魔物が分解できない魔力の糸を編み込み、さらに魔方陣の
「とはいえ、だ。私はどちらかと言えば人寄りだから、魔除けもそこまで効かない。だから私と冒険に出かけるときは、遠慮なく付けてもらって構わないからな」
豆太郎が自分に気を遣って魔除けを付けない可能性を考えて、ファシェンはそう言った。
それに対して、豆太郎はへらりと笑って返す。
「ファシェンさんといる時は、守ってくれるから付けなくても平気だな」
「…………」
この男は、どこまで分かって言っているのか。
ファシェンはひざ小僧に顔を埋めて
□■□■□■
翌日。ファシェンはソイビンの街の雑貨屋に向かって歩いていた。
自分用のアイテムではなく、民間人用のアイテムを見るためだ。
いつか豆太郎と一緒に冒険をするときのための準備である。
(傷を治すポーションや、煙幕も多めに買っておくか。他にはどんなものがいるかな)
頭の中で、豆太郎を護衛している場面をシュミレートしてみる。
どこまでも続く大草原。ひらひらと舞う白い花びら。そんな中をあはは、うふふと笑いながら走るファシェンと豆太郎。
(違う違う! なんだ今のイメージは! もっと真剣に考えろ、私!)
ぶんぶんと頭を振って雑念を追い払う。
27歳でようやく恋を自覚した彼女の思考は、年の割にだいぶ乙女チックだった。
そんなことを考えていると、いつの間にか雑貨屋に到着した。
扉の横の立て看板には、本日入荷の品が書かれている。それを眺めながらドアを開けた途端、ファシェンは思わず小さくうめいた。
何故なら真っ先に視界に飛び込んできたのが、あの魔除けのタペストリーだったからだ。
それも1枚や2枚ではない。何枚ものタペストリーが壁に飾られている。マネキンまでもがケープを身につけていた。
売り出し中の注目商品を置く平棚も、魔除けの織物で埋まっている。どうやら魔除けグッズを絶賛売り出し中らしい。
(そういえば、有名な織物職人が街に来ているんだった。昨日話したばかりなのに、失念していたな……)
腹から迫り上がってくる嫌悪感によろめく。昨日豆太郎に「耐えられないほどではない」とは言ったが、さすがにこれは気分が悪い。
「……あ、あのぅ。大丈夫ですかあ?」
不快感に苦しむファシェンの耳に、消えてしまいそうな小さな声が聞こえた。
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