第27話
風の勇者、ファシェン。
絶世の美女による広告効果は絶大だった。
もやしは健康促進、
そんなもやしの高い評判は、メメヤード家の屋敷にも吉報を運んだ。
「えっ、ヨランド子爵が?」
「ええ、もやしを買い取ろうと張り切って探しているそうです。ご子息がファシェンさまの大ファンというのも理由の1つでしょうね」
これは大チャンスだ、とレグーミネロは心の中でガッツポーズした。
ヨランド子爵はこの国でもかなり血筋の古い貴族だ。
商会とのパイプも太く、食品業界にそれなりの影響力を持っている。
また、ヨランド子爵とその息子はかなりの食通で、月に1回、珍しい食材を取り揃えた美食のパーティーを開いている。
そんなヨランド家がもやしに着目してくれたのだ。
うまくすれば、もやしの値段を一気に跳ねさせることができる。
(さっそくヨランド家に連絡を……、いえ。ちょっと落ち着きましょう)
レグーミネロは一旦深呼吸した。
どうせなら、値段は吊り上げられるところまで吊り上げたい。
そのためには、もっともやしに関するうわさを広めなければ。
「もやしの希少性に関するうわさをもっと流してください」
「はい、お嬢さま」
命じられた使用人は、素早く部屋を後にした。
レグーミネロは興奮しながら、頭の中で今後の予定を組み立てていく。
(いけます。これはいけますよ! ヨランド家はきっと、毎月の美食家パーティーで出す食材としてもやしを探しているはずです。なら金貨500枚は簡単に――)
「──楽しそうだな」
レグーミネロは思い切り飛び上がった。
考えるのに夢中で、人の気配にまったく気づいていなかったのだ。
そこには自分の夫、ベンネル・メメヤードがいた。
年のわりに若作りで、年のわりに偉そうな男。本日も、他の競合相手に舐められないよう、つま先から頭のてっぺんまで高級品で仕上げている。
「あ、あら旦那さま。ノックくらいしてください」
「だったらまず扉を閉めろ」
ベンネルは遠慮なく部屋の中に入ると、革製のソファに腰掛けた。
「もやし、という野菜がうわさになっているな。食べた人間はたちまち健康になる、とても入手の難しい食材だとか。魔人すらも欲しがり、ダンジョンで育てているという話だ」
ベンネルはレグーミネロをじろりと見た。
レグーミネロはびくりと体をこわばらせる。厳しい家庭教師に、食事のマナーを教えられていた子ども時代を思い出した。
「で。どこまでが本当だ?」
「…………」
嘘をつくか一瞬迷って諦めた。
多分彼には即座にバレる。
「栄養豊富な食物、というのはほんとうです。ただ栽培は簡単なので、希少価値はすぐに薄れるかと」
「なるほど。皆がそれに気がつく前に、入手困難だといううわさを広め、貴族に高く売り抜けようという算段か」
バレている。
レグーミネロは悔しくなってそっぽを向いた。
「商売において、新商品の駆け引きはよくあることでしょう」
「そうだな。ヨランド子爵も、それで金貨500枚を惜しむほど狭量ではあるまいよ」
すべてバレている。
だが、とベンネルは続けた。
「お前がやっているのは、商人の知識をかじっただけの猿真似だ」
「……最初はみんな、猿真似から入ると思いますが」
嫌味を言う夫に、レグーミネロが負けじと返す。
「ああ、そうだな。だから1つ、先輩として教えてやろう。実態を伴わないうわさは、いずれふくれあがって害を為すぞ。お前だけならまだいい。ダンジョンにいるお前の顧客にだ」
「えっ」
ダンジョンの顧客、という言葉にレグーミネロは驚いた。まさか豆太郎のことまでバレているとは思わなかった。
「あれだけダンジョンに足しげく通っていて、気づかれないとでも思ったか? おおかた、ダンジョンの研究をする植物学者にでも入れ込んだのだろう」
「…………」
レグーミネロは沈黙する。さすがに素性の知れない無職のおっさんだとは言いづらかったので、誤解はそのままにしておくことにした。
「俺は別に金になればなんでもいい。だがな」
数多の商品の価値を推し量ってきた大商人の視線が、値踏みするようにレグーミネロに注がれる。
「お前は今、客の気持ちに応えられているか?」
「…………」
返答を待たずに、ベンネルは立ち上がり去っていった。
言われるがままになってしまったレグーミネロは、ぎゅっと拳を握る。
「な、なんですか。あんなこと言われなくたって、ちゃんと考えてます。私は、マメのおじさまのために……」
──もやし、普及させたいんだけどなあ。
頭の中で豆太郎の言葉が響く。
レグーミネロは唇を噛んだ。
本当は分かっている。もやしの普及。それは、希少価値を引き上げようとしている彼女の行動とは真逆のものだ。
「で、でも! だって、しょうがないじゃないですか。もやしの市場参入にはどうやっても時間がかかる。今利益を出すには、これが1番……」
いちばん、と呟いて、レグーミネロはうなだれた。
頭の中に、いつも嬉しそうにもやしの世話をする1人の男の顔を思い浮かべて。
□■□■□■
ソーハのダンジョン、豆太郎の根城。
「おいっ、貴様。俺に言うことがあるだろう」
「よお、ソーハ。今日の献立だろ、発表するぜ」
「ちっがうわ! 誰がもやし大好きな魔人だ!」
ぐっすり寝たソーハは、レンティルから豆太郎とファシェンの遭遇について報告を受けた。
そして自分が「もやしが大好きで人畜無害な魔人」として認定されたことも知ってたいそう憤慨した。あんまりだ。自分が何をしたというんだ。夜に寝ていただけなのに。
「人がちょっと目を離した隙に! あんまりふざけたことをしていると、ダンジョンの最下層まで叩き落とすぞ!」
「んー。そういえば、ここって何階建てなんだ?」
「地下3階」
「へえー、けっこう浅いんだ」
豆太郎の悪気ないあおりに、ソーハはすっと目を細めた。
「……ふっ、上等だ。今から叩き落してやるから精々登ってくるんだな」
「わー! 悪かった。悪かったよ。ああでも言わないと、あの場が収まりそうになかったんだ」
豆太郎は降参とばかりに手を挙げる。
ソーハは腕を組んで鼻を鳴らした。
「まったく、次にその鳥が来た時は、分かってるだろうな」
自分の不名誉なイメージの撤回をしろよ、と言外に含み、ソーハは豆太郎をにらむ。
そんな彼に、豆太郎は自信満々に頷いた。
「ああ。とっておきのもやし料理で、必ずお前をもやし好きにしてやるからな」
「そっちじゃねえよ!?」
この男、逆に魔人をもやし漬けにしようとしている、怖っ。
ソーハは震えた。やはり人間と共同生活を歩むべきではなかった。
「まあまあ、とりあえず、今日のおやつはこれだぜ。もやしナポリタン~」
トマトソースであえたもやしと玉ねぎ。
そこにパセリと粉チーズをふりかけたなんちゃってナポリタンだ。
ソーハは納得がいかないながらも、トマトの良い香りに負けて、とりあえず席についてもぐもぐと食べる。
トマトの酸味、チーズのコク、それらを喧嘩させずに引き立てるもやし。腹は立つが、うまい。別にもやし好きとかじゃないけど。
ソーハはナポリタン飲み込んでから口を開いた。
「せいぜい気をつけろよ。今街ではもやしのうわさで持ちきりだ」
ちなみにこれは、街に買い出しに出たレンティルからの情報だ。
「気を付ける? 良いことじゃん」
「もやしは入手の難しい、大変珍しい食材と噂されている。そしてここは……、も、もやしダンジョンと呼ばれているだろう」
非常に不名誉だが、ソーハはその名前を絞り出した。
「だとすれば、何が起こると思う」
それらがなにを引き寄せるか、ソーハには大体想像がつく。
なぜなら珍しいものをめぐって争いが起きるのは、魔人も魔物も同じだからだ。
「そうだなあ。みんながもやしを求めてダンジョンに来るとか……。だとすると、すぐに振舞えるように、もっともやしを栽培しておくべきだな、うん」
「…………」
「もやし増量計画!」と張り切る豆太郎。
こいつってつくづく平和な頭してるなあと思いながら、ソーハはリスのように頬を膨らませ、もぐもぐとなぽりたんを咀嚼するのだった。
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