第69話


 3人で山の恵みをたっぷりと収穫し、山を降りた翌日のこと。

 レグーミネロとベンネルは、ソーハのダンジョンを訪問していた。手土産は美味しいチーズとワインだ。


「マメのおじさまー。遊びにきましたよ」


 そこで2人が見たのは、鬼気迫る勢いで料理するリンゼと豆太郎。


「いいな、リンゼ! 選ばれし年齢の人が食べられるランチは複数の料理を同時に『できたて』状態で皿に載せなければならない! スピード勝負だぞ!」

「はいっ、ししょー!」


 3箇所でめらめらと燃える炎。その上には鍋やらフライパン。煮込んだり炒めたり混ぜ込んだりと同時調理が行われており、至るところから香ばしい匂いと煙がただよっていた。

 ベンネルは眉間にシワを寄せた。


「一体なんだ、騒がし……い……」


 ベンネルの目がみるみる見開かれた。

 彼の視線は、テーブルの上に置かれた大皿に釘付けになっている。

 夜空のようにきらめく黒い皿。

 星の土の美しさを引き出した絶妙な焼き加減。

 あれは、あれは、まさか。


(陶工スオーロの新作!!?)


 なぜ姿を消したスオーロの皿を、この無職の引きこもりが持っているのか。

 いや、そんなことはどうでもいい。


(絶対欲しい! 俺の部屋に飾りつける!!)


 ベンネルの頭が商人モードに切り替わった。なんとしても、豆太郎からこの大皿を奪……、手に入れるのだ。


(まずは金貨10枚、いや、こいつは金より食料がいい。異国の珍しい豆をちらつかせるか)

「? だ、旦那さま、どうかしました?」


 レグーミネロが若干引きながら尋ねたが、物欲の権化と化した夫には聞こえていない。

 いざ商談に持ち込もうと一歩踏み出したその瞬間。


「ししょー、もやしナポリタンができた!」

「よしっ、投下!」


 スオーロの皿にもやしナポリタンが投下された。

 希少価値、大暴落!


「ウワァーーッッ!!」


 レグーミネロは旦那が膝から崩れ落ちるのを目撃した。


「さらにきのこハンバーグ、もやしの肉巻きを投下!」

「投下っ!」

「ギャーーッッ!!」


 レグーミネロは旦那のこんなに大きな声を初めて聞いた。


「冷たいスイーツポテトサラダとプリンは少し離して置いて……、行くぞっ、リンゼ! こぼさないよう気をつけろ!」

「がってん、ししょー!」


 豆太郎とリンゼは盛り付けた料理を持ってすたこらとどこかに消えていった。


「おーい、旦那様ー? 生きてます?」


 後には、物言わぬしかばねとなったベンネルとそれを眺めるレグーミネロだけが取り残されたのだった。



 □■□■□■



「さあっ! 心置きなく食べろソーハ!」


 ソーハの部屋に小走りでやってきた2人は、丸皿をどんとテーブルに置いた。

 急いだ甲斐あって、ハンバーグや豚肉巻きからまだ湯気が立っている。



 森の幸たっぷりのきのこハンバーグ。

 とれたてのもやしをふんだんに使ったもやしナポリタン(今日は高級チーズもまぶしてある)。

 ソーハの好きなもやしの肉巻き。

 金色のさつまいもと砕いた木の実を贅沢に使ったスイーツなポテトサラダ。

 デザートには新鮮なビッグピークの卵のプリン。生クリームの上には蜂蜜付けにしたきのみをまぶしてある。


 豆太郎&リンゼが昨日の夜から仕込みを行った、特製「お子さまランチ」のメニューだ。


 ソーハはナイフとフォークでハンバーグを4等分した。中からじわりと肉汁が溢れる。きのこソースを上に乗せて、大きな口を開けてばくりと頬張った。


「!!」


 紫の目が煌めく。そのまま遠慮なく2口目、3口目。

 最後の一切れになったところで、少し名残惜しそうに手を止めた。

 続いてもやしの豚肉巻き。シャキシャキとした歯ごたえとかりっと焼いた肉のハーモニー。もやしナポリタンはいつもよりしっとりと茹でたもやしに、ケチャップとチーズがよく絡んでいる。スイーツポテトサラダは、なめらかなさつま芋の食感と、木の実のザクザク感が混ざり合う。なんとも楽しくて甘い。

 ソーハはリスのようにもきゅもきゅと頬を動かし、次々と料理と口にしていく。

 食べて食べて、最後にハンバーグの1口を食べて、あっという間にデザートのプリンへ。

 1番上の蜂蜜付けの木の実をかじると、口の中でじわりと甘い汁が広がった。

 その余韻が残ったまま、プリンと生クリームを掬い、ひとかけら口の中へ。いろんな甘さが混じり合い溶ける、まさに甘味のハーモニー。


 ソーハは1口1口大切に味わい──、最後に水を飲んで大きく息をついた。

 そして、自分の横に座っている2人の人間をちらっと見る。


「…………」


 豆太郎とリンゼは、わくわくとした表情でソーハを見つめている。

 ソーハの感想を待っているのだろう。


「…………ぅ」


 美味かった。

 が、ここまで待たれると言いづらい。


「……し、仕方ないから部屋は用意してやる」


 ソーハの意地っ張りな性格では、これが最大限だった。

 だが豆太郎とリンゼは分かっている。というか、ソーハの食べる様子を見れば、どのくらい美味しかったかなんてすぐに分かる。

 2人は顔を見合わせて満面の笑みを浮かべハイタッチした。 

 こうしてリンゼと豆太郎は、無事に居住権を獲得したのだった。



 □■□■□■



「いやー、大成功だったな、リンゼ」

「ししょーのおかげだよ」

「山登りがんばったよなあ。明日の筋肉痛が怖いなあ」

「? 筋肉痛って昨日のうちにこなかったの?」

「おじさんになると遅くなるんだよ……」


 そんな話をしながら、2人は豆太郎の居住空間に戻ってきた。

 そこには屍になったベンネルと、その横に座っているレグーミネロがいた。


「レグーミネロ! ……と、ベンネル?」

「おじさま、リンゼさん、こんにちは。先ほどお声かけしたのですが、急いでいらしたようなので」

「ああ、気づかなくて悪かった。で、ベンネルはなんで死んでるの?」


 そのとき、かっと目を光らせたベンネルが立ち上がり、豆太郎に近づいた。

 両肩を思い切り掴み、地の底を這うような声を出す。


「……貴様のような芸術を理解しないものにはいずれ罰がくだるだろう……!」

「えっ、なに、怖い怖い」


 騒ぐおっさんたちは放っておいて、リンゼはレグーミネロの横に行ってぺこりとお辞儀した。


「こんにちは、レグーミネロさん」

「こんにちは、リンゼさん。つかぬことをお尋ねしますが、先ほどの黒いお皿はどこで見つけたんですか?」


 穏やかに会話する女性陣。

 一方豆太郎は地縛霊のように呪いをかけてくるベンネルにたじたじだ。


「まあまあベンネル、もやしでも食って落ち着けよ」

「うるさいっ、もやしもやしと……!そもそも俺は貴様のような」


 リンゼは黒いお皿、と復唱し、ややあって星土の皿のことだと思い至る。


「ああ、山の中でもらったんです。ししょーが、陶工スオーロって人と知り合って、記念に」


 ベンネルの動きがぴたり、と止まった。

 無言のまま一度リンゼの方を見て、肩をわしづかみにした豆太郎に再度向き直る。


「……貴様のような男と親交を深めたいと思っていたんだが、今度茶会でもどうだ? その知り合いの方もぜひ呼んでくるといい」

「なんなのお前、情緒不安定?」


 ──ベンネルの部屋にスオーロの陶器が増える日は、そう遠くないうちになりそうだ。



 □■□■□■


 番外編2、これにて完結です。

 お付き合いくださった皆々様、ありがとうございました。

 番外編を始めたところ、結構反響をいただけて嬉しかったです。

 果たしてニーズがあるのはもやしか、おっさんか、ソーハか。そんなことを悩み続けながら第3部を製作中です。

 それでは、また!


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