第44話燃える女は自分を犠牲にする
「生徒が寮の外に出ているわ」
メレナーデの言葉に、ファレジの眉が動いた。その様子を見たメレナーデは、困ったような微笑みを浮かべる。
「分隊長の命令では、生徒の安全を優先しろって話だけど……緊急時だからしょうがない」
メレナーデは最初から生徒たちを助けるつもりなどなかった。
寮の部屋に避難しろとは、最初に言っているのである。自分たちの注意を無下にする生徒などメレナーデは守る気はない。
メレナーデにとって大切なのはユアであり、その他大勢の子供たちのことなど知ったことではないのだ。
無論、分隊長の立場にいるユアのことは立てるつもりでいる。ユアの目の前では命令違反をするつもりはないし、彼の名誉を汚すようなことをするつもりはない。ただし、他人のせいでユアの身を危うくするのならば話は別である。
「ここは多くの軍人を輩出するための学園のはずだが。最近の生徒はたるんでいるな。危機管理能力が甘すぎる」
ファレジは、学生たちの行動に呆れかえっていた。
学園の卒業生の多くは軍人になるが、全ての生徒が従軍するわけではない。似たような教育機関を卒業したメレナーデとしては、学生に危機管理能力を求めるのは間違っているだろうと思う。
彼らはあくまで一般人であり、普通の学生でしかないのだ。敵が学園に忍び込んでくるというような非現実的な状況には好奇心を刺激されるし、そもそも話を信じない人間もいるはずである。戦いを覗くと言うのが賢い選択だとは絶対に言わないが。
「生徒たちは、倉庫に行ったみたいだ。なにかを取りに行ったのか?」
倉庫には実習などに使う槍などが入っていたはずである。そこにある武器は木製であったり歯が潰されていたりして実戦には役に立たないのだが、それすら生徒たちには分からないらしい。
この戦いが終わっても教師としての役職が残っているならば説教をするべきなのかもしれないとメレナーデは考える。
「あっつ!」
メレナーデは、一瞬だけ視界が暗くなるのを感じた。覚えのある感覚に、メレナーデの背筋が冷えた。
「犬が一匹殺された!場所は、校舎内!!」
メレナーデは、すぐに森に潜ませていた秘密兵器に意識を飛ばす。だが、その秘密兵器と自分たちがいる校内とでは距離が離れている。秘密兵器についてはユアたちの援護に使う予定だったからだ。
廊下を歩く足音が聞こえてくるが、メレナーデが操る動物たちは未だに到着しない。
メレナーデは、思い切って操る動物の数を三匹から二匹に減少させた。三匹の動物を操りながらもメレナーデ自身が戦うというのは、なかなか骨が折れるのだ。
今のところユアのところに、犬が一匹。メレナーデたちの元に急がせている秘密兵器もとい猪が一匹。ユアたちの応援に向かわせいる熊が一匹。
そのなかで、メレナーデは熊を操ることを止める。メレナーデの支配を逃れた熊は自由に動けるようになったはずだが、彼女が望めばいつだって支配権は取り戻せる。
「ここには、あのユアとかいう餓鬼がいない……」
現れたのは病的なまでの顔色の悪い女だった。分厚い手袋をしていることから、彼女が話に聞いたシデリアであろう。ゆらゆらと歩くさまは、肉体よりも精神を病んでいる雰囲気があった。
「今度こそ燃やしたかったのに。燃やして、セバッテ様に差し出したかったのに」
シデリアの呟きに、メレナーデは嫌な顔をする。過去の自分に土を付けたセバッテの名前は、メレナーデにとっては思い出したくもない名前だ。あの下劣な男がユアの眼前に現れると考えるだけで、はらわたが煮えくり返るような怒りを感じる。
「あんな男なんて、牢屋の隅っこで野垂れ死んでいればいいのに」
メレナーデの呟きに、シデリアの瞳がかっと見開いた。
「セバッテ様の悪口は許さない!!」
シデリアの両腕が燃え上がり、メレナーデに向かってくる。燃え上がる肉体を前にして、メレナーデは一瞬だけ恐れをなした。
話には聞いていたが、シデリアという女は炎の熱さを感じていないのではない。熱さに耐えて敵に向かって来ている。
その執念は、まともだとは思えない。
「メレナーデ、敵に喰われるな!!」
ファレジの声が響く。
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