第17話謝ろうとしたら部下に止められた


「今回は、やりすぎだった」


 ユアは自信なさげに、リッテルたちを見ていた。


 カザハヤとアシアンテは、すでに屋上から去っている。ユアが素早く模擬戦を終わらせたこともあり、まだ授業開始までは時間があった。


 早々に二人が屋上を去ったのは、カザハヤがユアにどうして負けたのかを解析をしたかったからだろう。リッテルをはじめとした部下三人組は、カザハヤのことを高く評価していた。


 負けず嫌いという言葉では言い表せない勝ちへの執念は、カザハヤの美点だ。ユアにあれほどの実力差を見せつけられたら、普通であれば心が折れる。だが、カザハヤはユアに勝つことをあきらめていないようだった。


 カザハヤは、屋上を去る際には「次は、ぎったんぎったんにするからな!」と捨て台詞を吐いていった。あれほど一方的に殴られてなお捨て台詞を吐いていける人間は、軍のなかにだっていないだろう。一方でアシアンテは友人の様子に呆れながら、一礼をしてから屋上を去っていった。


「まぁ……生徒相手にはやりすぎでしたね。軍の人間ならばいいけど、生徒にはさすがに」


 リッテルの言葉に、ユアは縮こまってしまった。


 戦うと決めたら命がけ。


 それが、軍のなかでの当たり前だ。模擬戦であってもそれは適用されており、手を抜けばそれを批判されるような世界がユアの当たり前だった。


 そんなユアが、手加減しなければいけない相手との勝負を出来るわけがなかったのだ。今回もメレナーデの失態である。ユアを戦わせなければ、こんなふうに彼を傷つけることはなかったのだ。


「あと……口調が。偉そうだった」


 リッテルとファレジは、言葉に詰まった。


 ユアなりに学生らしい言葉遣いを心がけていたのだろうが、付き合いの長い二人からしてみれば平時と変わりがなかった。つまり、部下を持つ分隊長のものだったのだ。


「偉そうだなんてとんでもない!威厳が溢れる素敵な言葉でした。分隊長の声で発せられる言葉には、いつだって凄みを感じます」


 メレナーデの言葉は、ユアの口調が偉そうだと語っていた。言いにくいことを指摘してくれたことで肩の荷は下りたが、もう少しやりようはなかったのだろうかともリッテルは思ってしまう。もっとも、ユアに対して褒め称えるしか選択肢がないメレナーデには無理な注文なのだろうが。


「確実に嫌われた。偉そうな奴だと……」


 ユアは、それを気にしているらしい。クラスメイトと仲良くしたいという希望はあるようだ。どうすればいいのか分からないだけで。


「身についたものは、今日明日でどうにかなるものではないからな。あまり気にしない方がいい」


 ファレジの慰めにも納得できていないユアは、屋上のドアから飛び出そうとする。


「今から追いかけて謝罪してくる」


 リッテルは、それを大慌てで止めた。


 圧倒的な実力差で負けた相手に謝られるなど、屈辱もいいところである。しかも、相手は年頃の男子生徒だ。話がこじれてしまうのは目に見えていた。


「分隊長。それをやったら、カザハヤのプライドはズタズタになりますよ。それこそ、嫌われます」


 どうしたらいいのだという表情で、ユアはリッテルを見ていた。さまよう子羊のような瞳を前にすると、リッテルは罪悪感が沸いてきてしまう。自分はまったく悪くないというのに。


「男の友情なんて殴り合いから発展することもあります。夕日を背にして河原で殴りあうことが、青春の友情の印にもなるのだから」


 悩める少年を目の前にして、微笑ましいとばかりにファレジは笑っていた。しかし、ファレジの言う青春と友情はだいぶ古いものだ。


「では……今回は何もしなくて良いってことか?」


 ユアの問いかけに、リッテルとファレジは頷いた。相手のプライドを傷つけてしまう謝罪よりは、ずっと良い選択肢である。


「それより、分隊長の華麗なドールたちは部屋に置かれているんですね。今回は、お使いになられていませんでしたし」


 メレナーデが話題を変えてくれたことに、リッテルは安堵した。教員免許は持っているが、友情を語れるほどの人生経験にはリッテルにはない。ユアに、カザハヤたちとの友好の温め方を聞かれたら答えられないところだった。


「ドールは、寮の部屋に置いている。本当は持ち歩きたいが荷物になるし、開けられたら怪しまれる中身だからな。さすがに、男が人形なんておかしいだろ?」


 ユアであっても、男が人形入りのアタッシュケースを持ち歩くのはおかしいと分かっているらしい。これについては、軍でからかわれたことが原因だったのだろうかとリッテルは考えた。あの時は、ドールが軍人の小山を作ってしまってリッテルとファレジを慌てさせたものだ。


「今は、この人形が代わりだ。これだったら持ち歩ける。それに、ぎりぎり男が持ち歩いてもおかしくはないと思う……」


 最後の言葉が尻すぼみだったのは、自信がないからだろう。小さな人形は、ユアの足元で楽しそうに踊っている。


 小さな女の子が夢に見そうな光景は微笑ましいが、大人がみたらぞっとする光景でもあろう。なにせ、人形たちがどうやって動いているのかは分からないのだ。


 この魔法を見た人間は、ユアのことをマリオネット軍人と呼ぶ。


 ユアの人形を操る魔法とハデアの操り人形であるという皮肉が込められているのだ。

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