第18話教師に向かなかった男(リッテル)


 リッテルがユアと出会ったのは、ハデアがきっかけだった。


 ユアと出会う前のリッテルは、ちょっとばかり特殊な資格を持つだけの軍人だった。その頃のリッテルは目標を失って、自分でもぼんやりとした日常を過ごしていたと思う。


 肉体を虐めぬく訓練や魔法の訓練は真面目にこなしていたが、心の中には常にぽっかりと穴が開いていた。それは遣り甲斐を失った喪失感と両親への罪悪感が入り混じった毒が開けた穴で、リッテルは塞ぎ方も知らずに日々を過ごしていたのだ。


 教員を育てる学校を卒業するまでは良かったのだ。卒業後の研修で、自分は教師という仕事にそれほど向いていないタイプなのだと知った。


 親身になって子供と向き合う教員こそが良いと一般的には言うが、教育現場では少し違う。毎年のように新入生はやってきて、教員たちは彼らと向き合わなければならない。卒業していく生徒もいるが、学校にいる生徒は常に一定だ。


 それら全ての生徒たちに向き合うことなどは、理論的に考えれば不可能だ。生徒全てと向き合っていれば、教師のほうが潰れてしまう。だからこそ、教員というのは関わらなければならない生徒とそうではない生徒を見分けなければならない。


 家庭環境に問題もなく、クラスに友人も多い生徒は教員の助けがいらないことがほとんどだ。逆の生徒は、教員の助けが必要な場合がある。手を差し伸べなければ、溺れてしまう子が多いのだ。


 リッテルは、その判断を間違えた。


 リッテルの研修先の学校には、絵に描いたような助けのいらない女子生徒がいたのだ。その女子生徒は、リッテルの後をついてまわるような生徒だった。男子生徒に人気者だった女子生徒だったので、年齢の割にはませた子なのだろうとリッテルは思っただけだ。


 だから、教師が手を差し出すような子供ではないと判断した。


 女子生徒が自分の後をついてまわって、思わせぶりに抱き着いてきても子供の事だからと考えてかまうことはなかった。


 そうやって、自分が手を差し出すべき子供たちとリッテルは触れ合った。研修中の教員見習いでは、生徒たちの境遇や心は救えなかったであろう。


 それでも、なにかしらの手助けになれたとリッテルは思っていたのだ。リッテルは、それなりに優秀で要領も良かった。


 教官側もリッテル側も、満足できる実習で終わるはずだった。


 だが、実習の最終日にリッテルについてまわっていた女子生徒が自殺をした。自分の部屋で、薬物を飲んで命を絶ったのだ。その手には遺書があって、自分が叔父に性暴力を受けていたことが書かれていたという。


 実の親でさえ知らなかった秘密を抱えた生徒の死は、学校に大きな衝撃を与えたのだ。教官となった教師は、リッテルには罪も教員としての不備もなかったと証言してくれた。


 そうだろう、とリッテルは思ってしまった。


 そして、その瞬間に絶望した。生徒の一人が死んだというのに、リッテルの心はさほど傷ついていなかった。関わることが少なかった生徒だからというのは、言い訳にしかならないだろう。


 リッテルに懐いていた女子生徒は、もしかしたら話したいことがあったのかもしれない。けれども、リッテルは相手にしなかった。その上、生徒は死んでしまったのに心は傷つかない。


 駄目だと思った。


 こんな自分は教師になってはいけないとも思った。


 生徒の死にも心を動かされない人間が、教師になって良いわけがない。そのように考えたから、リッテルは教師になることを止めた。


 その代わりに軍人になったのは、死が一番近い職業だと思ったからだ。女子生徒の死に傷つかない自分ならば、仲間の死にも敵の死にも傷つかないと思った。


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