第16話マリオネット軍人は人形で戦う


 ユアとカザハヤの勝負は、学園の屋上で行われた。巨大な学園では、屋上もそれなりの広さを誇る。生徒同士の模擬戦には、十分だとユアは考えたのだろう。


 それと同時に、自分の魔法を大勢に披露したくはないと考えたのかもしれない。普通の模擬戦ならば校庭に専用のスペースがあるが、そこでは沢山の生徒たちの目に触れてしまうのだ。


「分隊長が、生徒と模擬戦って大丈夫ですかね……。勝負にならないでしょ」


 ファレジを引っ張ってきたという体で、リッテルはユアとカザハヤの勝負を見守っていた。


 カザハヤは入念に準備体操をしており、それでは自分が肉体強化系の魔法を使うと宣伝しているようなものである。実戦経験が少ない人間がやりがちなことなので、授業では注意しようと教師としてリッテルは考える。


「あのさ……カザハヤ。いきなり勝負って言うのは、絶対に止めた方が良いんと思うんだ。勝負にならないと思うし。というか、僕は何度も言っているからね。教えてもらうだけにしろって。それなのに君と言ったら、全く聞かないんだから」


 アシアンテは、カザハヤを全く応援していなかった。彼の通訳まで勤めていたが、ユアが了承するとは思っていなかったのだろう。あるいは、いきなし模擬戦になるとは考えていなかったのか。


「だからさ、友達から始めればいいだろ。いきなり勝負だなんて、あんまりにも野蛮すぎるよ。ほら、今すぐに握手して。それでもって、卒業時に勝負すればいい」


 どうやらアシアンテは、カザハヤの友人作りをしたかっただけらしい。カザハヤがユアに勝つとは、最初から思っていなかったようだ。


「アシアンテは、俺の実力を疑ってるのかよ!」


 カザハヤは、アシアンテに噛み付くが彼はどこ吹く風である。


「疑っているよ。だって、熊を倒した人だよ。どういう理由があるかは知らないけど、実家で修行していた君よりは確実に強い。それに、君は……」


 うるさい、とカザハヤはアシアンテに向かって怒鳴った。


「俺が不利になるようなことを言うな!!今のところ秘密を知っているのは、お前だけなんだからな」


 カザハヤはそんなふうに叫ぶが、他人に自分の弱点を握られていることが問題であった。どうにもカザハヤは、アシアンテとの友情を信じすぎているきらいがある。アシアンテが敵に情報を売ったらどうするのかとリッテルは考えて、自分の思考回路にため息をついた。


「これは、軍人ならではの思考回路だよな。教師ならば、生徒同士の友情は素晴らしいものっと」


 教師になりきれていない自分をリッテルは不甲斐なく思った。ユアのことを考えたら出来る限り早く学園から遠ざけたいが、教師である限りは他の生徒のこともきちんと考えたい。


「最初に降参と言った方が負けで良いか?」


 ユアの提案に、カザハヤはもちろんと答えた。


 大怪我はしないで欲しいなとリッテルの思いとは裏腹に、審判を申し出たメレナーデの「はじめ!」という声が響く。


「さてと……」


 ユアは、懐からヌイグルミが付いたキーホルダーを二つ取り出した。魔法とは全く関係のない物の出現に、カザハヤは面食らう。


「なんなんだよ、それは!俺のことを舐めてるのか!!」


 そう叫んだカザハヤは、魔法を発動して全身を強化させる。リッテルたちの予想通り、カザハヤの魔法は全身強化だった。全身の筋肉を発達させたカザハヤは、素早い動きでユアに迫る。


 次の瞬間、カザハヤはユアにたどり着く前に頭頂部に強い衝撃を受けた。それが何なのかを知る前に、追い打ちをかけるように鳩尾にも強い衝撃を感じる。


「なんなんだっ……これ!!」


 カザハヤの前に現れたのは、ユアが取り出したキーホルダーに付いた人形だった。女子生徒が好みそうな可愛らしい人形は、表情を変えずに常に無邪気に笑っている。


「お前……お前の魔法は、俺と同じ肉体強化じゃないのかよ!!」


 カザハヤは怒鳴るが、ユアは知らん顔をしている。自分の魔法を隠し、いかに不意を衝くかが魔法使い同士の戦いでは重要になる。逆に言えば戦う前に相手の魔法を研究し、対抗策を練ることも重要な戦術と言えるのだ。


 ユアの人形は、操られたマリオネットのようにカザハヤを殴りつける。布で作られた人形ならば手まで柔らかいはずなのに、カザハヤを殴る拳は強固だ。


「操っているものを強化する魔法なのか……。でも、森で見たのは身体強化で……。おい、魔法は一人で一種類だって決まっているだろ!」


 カザハヤのいう事は正しい。


 魔法使いが使える魔法は一種類のみ。


 それは、魔法使いにとって基本的なことだ。


「魔法使いには、分析力も要求される。相手の魔法が自分の憶測と違うからって、ただ吠えているようでは何も変わらない。頭をまわして、仮説を立てろ。お前には、僕の魔法をもう二回も見せている」


 冷たいユアの言葉に、カザハヤの背筋は冷えた。リッテルは、カザハヤという少年を可哀そうに思う。軍人として――人形として――あるいは怪物として育てられたユアの眼差しは学生には強烈すぎる。


「……うるさい!俺は、誰にも負けなんだよ!俺は、最強になるんだ!!」


 カザハヤは拳を握って、ユアに殴りかかろうとする。その気概に、ユアは少しだけ目を見開いた。若さ故の無鉄砲さとあきらめの悪さに、新鮮な驚きを覚えているのかもしれない。


 ユアが戦ってきた相手は、年上ばかりだった。だからこそ、若者だけが持っている気概にユアは始めて触れたのだ。ある種のあきらめの悪さは若者の特権だった。


 しかし、残念ながらカザハヤとユアとでは経験があまりに違う。


「かはっ!」


 カザハヤの腹と背中を人形が同時に殴りつける。


「もう駄目だ。この勝負は終わり!これ以上は、教師として認めないからな!!」


 勝負を見守っていたリッテルは、大声で叫んだ。


 カザハヤは降参とは言っていないが、これでは一方的に嬲っているだけである。軍人ならば、それでも得るものはあるかもしれない。


 だが、カザハヤは学生だ。殴られて得るようなものはない。たとえあっても、それは座学で教えなければならない。


「カザハヤ、大丈夫。頭とかを打って、さらに馬鹿になってないよね」


 アシアンテは失礼な言葉を使って、カザハヤの安否を確かめる。カザハヤはというと立っていることも辛いらしく、片膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。


 ユアに殴られ続けても倒れないところには根性を感じる。カザハヤは最強の軍人になりたいそうなので、その根性を持ち続けて欲しいものだとリッテルは思った。


「傷を回復させるぞ。痛いところを教えてくれ。私は、傷の位置を把握していないと治療が出来ないんだ」


 ファレジはカザハヤに近づき、その肩に手を当てた。ファレジの魔法は効力は折り紙付きで、カザハヤの怪我もあっという間に回復していく。


「さて、これで午後の授業も出られるな」


 ファレジは、カザハヤの背中を叩いた。その顔には笑みが浮かんでいて、実に楽しそうだった。将来が楽しみな若者に出会えたことが、老兵には嬉しかったのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る