第41話分隊の作戦開始


「ハデア隊長からの命令だ。セバッテは、ここで殺す」


 学園の空き教室では、ユアの部隊がそろっていた。ファレジ、リッテル。そして、メレナーデ。彼らは軍服を身にまとって、分隊長であるユアを見つめている。ユアも彼らと同じように軍服を身に着けていた。


 かつて、戦場において勝利の証にすらなっていた黒髪も今は短い。それでも、その眼差しや白皙の美貌は変わることがなかった。


 この人形のような少年が、屈指の魔法使いであり軍人であると誰が信じるであろうか。知らない者が見れば悪い冗談のような光景だが、ユアは紛れもなくリッテルたちが忠義を誓う上官である。


「メレナーデは、セバッテたちの探索を頼む。発見次第、僕たちは戦闘に移る。相手は僕たちよりも人数が多いと思われるから、最初から人形を持っていく。リッテル、サポートを頼む」


 リッテルは、持ってきたアタッシュケースを見せた。ユアの人形を運ぶのは、作戦時においてユアとの行動が多いリッテルの仕事であった。


「ファレジ、いつものように武器を頼む」


 無言で頷いたファレジは、部隊の全員に武器を配る。ユアには槍を渡し、リッテルには剣を渡した。メレナーデは、三人のなかで一番軽い剣を渡す。男性用に作られた剣では、メレナーデには重すぎるのだ。


 今回のように武器を持ち歩けない作戦の際には、ファレジが武器の運搬や保管をおこなうのが常であった。戦場では各々で武器を持ち歩き手入れもするが、侵入や移動が多くなれば武器を持ち歩くのが難しい場合もある。その時には、ユアの信用が一番厚いファレジが武器の管理をするのだ。


「前回は、セバッテの魔法が僕には効かなかった。けれども、相手の魔法が発動すれば僕と相性が悪いのは間違いない。事前情報がない敵も何人かいるようだ。そして、ここは戦場ではない。学生たちがいる学び舎だ」


 ユアは、言葉を区切る。


「もしもの際には、生徒たちの命を優先する。今回の最優先事項を忘れるな」


 分隊長としてユアは、そう命じるが部下の誰もがそれを守る気はなかった。彼らの最優先事項は、ユアを生存させるためである。そのために、ファレジやリッテル、メレナーデはユアの下にいるのだ。


「では、探索開始」


 メレナーデの魔法が、ユアの命令と共に発動する。メレナーデの魔法は動物の操作であり、大小を問わずに三体まで自分の意思で操ることができた。


 さらに見たものや聞いたものを共有することも可能であり、ユアの部隊のなかでは最も探索に向いている魔法の持ち主である。


「学園には、すでに犬を放っている。不審者がいれば、すぐに嗅ぎ分けられるわ」


 今頃は、メレナーデが森に隠していた犬たちが学園内を走り回っているはずである。凶暴な動物を戦場に連れていくというリスクと世話の手間という弱点こそあるが、今回のように拠点がある場合には実に便利な魔法である。


「ハデア隊長は、この学園に見張りを随分と設置してくれているわね。全員がピリピリしてる。まぁ、寮のなかで火を使う魔法使いが出現したのだからしょうがないわよね」


 室内で炎の魔法など使えば、火事になる可能性が高い。だというのに炎の魔法使いが寮に現れたという事は、多数の学生の命を奪うことが出来るという脅しだとも考えられたのである。


「学生たちは寮の部屋にいるように話してあるけど……生徒のなかには見物しようとする奴はいるよな。男子学生とかは、特に」


 リッテルは、そわそわしていた。教師として学生たちの身を案じているのだが、今の状態では何もできないのが歯がゆいのであろう。


「学生には出て来るなと厳重に命令されている。外に出てくる人間がいるはずがない」


 ユアはきっぱりと言ううが、リッテルは大きなため息をついた。怖いもの知らずの学生というのは、大人の言うことを破ることが多い。それは、教師であったリッテルが一番知っている。


「学生っていうのは、馬鹿なことをやる生き物なんだよなぁ」


 苦笑いするリッテルの気持ちが、ユアには分からないようだった。これが同年代と隔離されて育てられたユアの歪みである。普通の人生を歩む内に得るものや学ぶものが、すっぽりと抜けているのだ。


「今は、任務に集中しろ。学生が外に出ていたとしても、そこは自己責任だろう」


 ファレジの意見は厳しすぎるとリッテルは反論したかったが、自分が任務に集中しきれていなかったのは事実である。教師として過ごした少しの時間が、どうにも軍人としての意識を薄めているらしい。


「学生は寮から出てきた場合は、出来る限りは保護する。その場合は、ファレジが保護にまわって欲しい」


 ユアの言葉に、ファレジは不満げだった。彼としては他の生徒の安全よりもセバッテとの戦闘を優先したいようだ。


「校庭の東門に設置された兵の血の匂いがする!すぐに確認に行かせるわ」


 メレナーデの言葉に緊張が走った。


 しばらくすると、彼女の赤い口唇が開く。


「見つけた。侵入者よ。臭いからして男性!」


 犬の嗅覚では、侵入者が誰であるかまでは分からない。犬を操った状態で会えば個人の匂いの識別もできるそうだが、残念ながらメレナーデはセバッテの匂いを知らなかった。そのせいで、敵の個別認識までは不可能だ。


「リッテル、サポートを頼む。メレナーデは犬の一匹を警戒をまわして、別な動物で僕たちの援護をしてくれ。もう一匹は、自分たちの身を守るのに使ってほしい。ファレジは生徒たちの安全確保と回復のために待機」


 それぞれのポジションを確認しながら、ユアは握った槍を振り回す。尖った矢じりが美しく円を描き、ユアは武器重みを確認する。


「さて……行くか」



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