第40話義父の夢はいつの日か(ファレジ)


「ハデア隊長、お話があります」


 ファレジは敵を射殺そうとしたような目で、ハデアを睨みつけている。ハデアは、そんなファレジのことなど歯牙にもかけないというふうに書類を眺めていた。


 軍の本部にある個室は、一定の階級以上の者の仕事部屋である。このような立派な場所を用意されているのは、年若いハデアには身分不相応にも見える。


 けれども、彼の階級はすでに個室を与えられるのに相応しいものだった。田舎で生まれたハデアが、ここまでの出世を遂げるなど誰が想像しただろうか。そして、ハデアはもっと上に行くことを望んでいる。


 そのためのユアだ。


 ハデアのいうことを聞くだけの操り人形が、彼は欲しかったのだ。


「セリが殺されたのは、ユアのせいではないはずだ。それなのに、ユアに首輪をはめたのは何故だ。誰にも世話をさせなければ、ユアが衰弱することぐらいは分かっていたはずだろう」


 軍の本部では、上官であるハデアを敬うべきである。だが、そんなことはファレジには出来なかった。


 今のハデアは、ユアを苦しめた敵にしか見えないのだ。そんな相手を殴ることは出来ても敬うことなどは出来そうにもない。


「……セリが死んだのは、わが国の大きな損失だよ。彼がユアの部屋で殺されていたのだから、原因はユアにあるのは明白だ。だから、空き部屋に放り込んだ」


 ファレジは、ハデアの机に拳を叩きつける。鍛え上げられた男の拳に机の上に乗った書類が、一瞬だけ跳び上がった。けれども、ハデアは動じる様子はない。


「ユアは関係がない。関係があったとしてもユアを罰するのは間違っていた。あの子は何も知らないし、何も関わっていない。お前がやっているのは、ただの八つ当たりだ!」


 ハデアの瞳が、一瞬だけ怒りに燃えた。だが、すぐに落ち着きを取り戻す。


 軍の上層部に食い込むハデアは、感情の抑制が上手い男だ。その男が、感情のままにユアを罰した。


「セリは……信用のおける人間だった。私の側にいる人間のなかでは、珍しいぐらいに誠実な人間だったんだよ。そんな宝が死んだのだから、私にだってやり切れない感情というものがある」


 やはり、八つ当たりであった。


 ファレジは、大きく息を吐く。


 幸いにして、ハデアにも自分がおこなったことが正しくはないという自覚はあるらしい。それでも制御できない感情の波に飲まれてしまったのだ。


「だったら、ユアに当たるな。お前のやっていることは、大人がやることではない。子供の駄々のようだ」


 ファレジの正論に諭されて、ハデアは目を伏せる。どこか悔しそうな表情に、ファレジはハデアの若さを見たような気がした。


 若くして出世したハデアにとって、仕事場とは孤独感を感じる場所だったのかもしれない。そんななかで同郷であり、仕事上の接点もあまりなかったセリには気安いものを感じていたのだろう。


「ユアを最初に見つけたのは、セリだ。私は、セリに紹介されてユアにあった。ユアが使い物になれば、私はさらに上に行けると思ってセリに力を貸したが……まさか彼が殺されるなんて。全ては、私の欲望のせいだったのだろうか」


 ハデアは、ハデアなりの罪悪感を抱えていたようだ。ユアを利用しようと考えなければ、セリはたしかに今は殺されなかったかもしれない。


 だが、セリの夢はいつかは彼自身を危険にさらしたはずだ。セリに夢を捨てろとは言う気にはなれないが、彼はもう少しでいいから身の安全のことを考えるべきだった。


 ファレジやハデアは、セリに身の回りに注意をするようにと言うべきだったのだ。


「セリが死んだのは、あいつ自身のせいだ。分かっているなら、ユアの首輪をはずしてくれ。あの子は何も悪くない。そして、セリが目の前で死んだことに傷ついている。恐らくだが……専門家ではない俺たちでは支えきれない」


 自分に近しい人間が殺されて、その後すぐに身体の自由を奪われた。自分の無力さと周囲への不信感が最高潮に達しているはずだ。首輪を直接つけたハデアに対しては、恐れすら抱いている可能性が高い。


「ユアへの対応を反省しているなら、あの子を違う環境に移してくれ。そして、心のケアが出来る専門家を……出来れば教師をつけて欲しい」


 ファレジは話しながら、セリがユアを学校に通わせたいと言っていたことを思い出した。今はまだ早すぎるとファレジは頭を振る。


 ユアは、同年代との交流がほぼないのだ。しかも、小学校に通う子供たちはかましいであろう。静かな環境で大人に囲まれて育ったユアにとっては、その負担は大きすぎる。


「いつかは……いつかは学校に。それが、セリの夢だった」


 今は無理だが、ユアが成長すれば叶うかもしれない。


 もう一人の父親が望んだ夢が、いつか叶えばいいとファレジは願った。



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