第42話影からいずる敵


 ユアとリッテルが校庭に出るとメレナーデが操る犬が出迎えた。その犬の案内で、二人は敵のいる場所まで走る。


 メレナーデが操る軍用犬は、しなやかな体が特徴的なシェパードだ。


 飼い主に忠実な犬種だが、敵と認識したものには凶暴さを垣間見せる。扱いが難しい上に大型犬なので、食事も多量に必要なのが玉に瑕である。故に戦場への運搬が難しいが、それを上回るほどに頼りになる存在だ。


「驚いた。もう嗅ぎつけたんだね」


 そこにいたのは、若い男だった。


 セバッテだと思っていたリッテルとしては、肩透かしを食らった気分だ。彼は影から影に移動するヒステという魔法使いだろう。ユアからあらかじめ聞いていた特徴と一定している。


 先手必勝とばかりに、リッテルは叫び声をあげる。特大の衝撃波が校庭の土を抉りながら、ヒステに襲い掛かった。巻き上がった粉塵が、リッテルたちの視界まで奪う。


 リッテルの魔法の最大の強みは、その強力さに反して魔力の消費量が少ないということだ。おかげで何のためらいもなく強力な魔法を連発できる。


「リッテル、足元に気を付けろ!」


 ユアの言葉に、リッテルは自分の足元を確認する。ユアは粉塵の向こう側にヒステがいないことに気が付いていたようだ。


 いいや、移動系の魔法を使用できるのならば、攻撃を回避しない手はないのである。


「悪いけど、ヒステお兄さんはこっちだよ」


 ヒステの声が、リッテルの背後から聞こえた。人の影から現れたと聞いていたので、ヒステが影全般を移動できるという可能性をリッテルは失念していた。


 ヒステは校庭の木の陰から現れており、その手には銀の輝きを帯びた剣を握っている。


 リッテルは咄嗟に振り返ろうとしたが、その前にユアの槍が二人の男の間に割り込む。ユアはリッテルを地面に押し付けて、槍を使ってヒステの剣を捉える。ユアは剣を弾き飛ばそうとしているようだが、ヒステの握力がそれを許さない。


 どちらかといえば優男と表現できるヒステだが、中々の剣の使い手のようである。ユアの動きにしっかりと付いてきており、彼の隙を伺おうと必死になっている。一方で、ユアも負けていない。


 授業で使った槍は先端こそ鋭く尖っていたが木製だった。今のユアが使っているのは、全てが金属で作られた槍である。


 かなりの重量がある槍だが、魔法によって肉体を操っているユアにとって重さは問題にならない。幼い頃は槍の長さが問題になった時期もあったが、大人の身長に近づいた今のユアにとってはすでに解決した内容である。


 熟練した使い手を思わせるユアの槍使いは、学生の授業で披露するには勿体ない。ユアの技術は、命のやり取りが日常である戦場でこそ輝く。そのように作られた人形だからなのだろう。


 その生まれと育ちには、拭い去れない悲しみがある。けれども、そこでしか美しくあれないというのならば、戦場に置いてやるのも優しさだ。ユアは戦場と軍という限定された場所に、あまりに慣れすぎているのだから。


 ふいに、二人の攻防戦が止まった。


 ユアはヒステから距離を取り、リッテルに視線をやる。そして、小さな声で部下に命令を下す。


「メレナーデの犬が学園の警戒に動いていないし、応援の動物も来ない。ヒステは足止めで、彼女たちの方に戦力が集中している可能性がある。応援に行ってくれ」


 ヒステが再び影に消え、ユアの影から現れる。すかさず反応したユアは、影から出きる前のヒステに槍を向けた。


「分隊長を一人にしておけるかよ」


 リッテルたちの目標は、ユアを一分一秒でも長く生かすことだ。だからこそ、リッテルはユアの側を離れるわけにはいかない。離れたくはなかった。


 ユアの瞳が細められ、リッテルは産毛が逆立つような寒気を感じた。幼げなユアの雰囲気は完全に消え去って、そこにいたのは軍に使える人形だ。


「お前たちが何を思って任務に当たっているのかまでは、僕は言及することはできない。だが、軍に所属している以上は命令には従え。僕は、君たちの上官だ」


 ユアの言葉に、リッテルは唇を噛んだ。ユアを守るために彼の側にいるが、彼には守られる意思はない。ユアを守るために彼の下についたが、もしかしたら彼を守護するには難しい立場だったのだろうか。


「分かりましたよ、分隊長。でも、危ない橋はわたらないでください」


 リッテルは、その場にアタッシュケースを置いた。


 出来ることならば残りたいが、ユアはそれを許さないであろう。軍人としては、その選択は正しい。ユアは正しく戦況を分析し、正当な理由で部下を使っている。


「ああ、くそ。軍人として立派に成長し過ぎなんだよ」


 そんな言葉を苦々しい思いで呟きながら、リッテルは仲間の元に急いだ。



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