第29話学園公式のサバイバルをする部活はない


「ユア、魔法の使い方を教えろ。そして、俺と手合わせしろ!!」


 その声で、リッテルたちは一人で朝食をとっているユアに注目した。ユアはパンを咥えたままで、自分に声をかけたカザハヤを見た。


しばらくユアが無言だったのは、パンを咀嚼していたからである。だが、カザハヤは「なんか言え!」と怒鳴った。


リッテルの向かいに座っているメレナーデは、その理不尽さにテーブルを無言で叩く。口に出さない分だけ我慢したようだが、強い力でテーブルを叩いているので音がうるさい。事実、食堂にいる人々はカザハヤよりもメレナーデに注目している。


「それは、教師の仕事だ」


 ユアは、カザハヤの隣に立っているアシアンテに視線をやった。今日も保護者のように寄り添っているアシアンテは、少し困ったように笑っている。


「授業は、まだまだ基本をやってる。そんなんじゃものたりないんだ。俺は強くなりたいんだよ。お前は魔法も出来るし、槍もすごかった。だから、俺が強くなるために教えて……ください」


 最後の言葉が尻すぼみだったのは、隣のアシアンテに睨まれたからだろうか。


なんにしても、ユアはカザハヤに何かを教えるつもりはない。そちらは教師となったリッテルたちの役割であり、ユアはあくまで学生である。


「僕は教師ではないから、断る。魔法ならばリッテル先生に、体術関連はファレジ先生に教わればいい」


 そう言って、ユアは食事を再開する。


だが、カザハヤは不満げだ。そもそも教師に習うように言われて納得すれば、ユアのところには来ないであろう。


「だからこそ、俺はお前だからこそ習いたいんだ。なんども挑んだか分かる。お前は、最強に近い男だ」


 カザハヤは一歩も引かない上に、ユアを最強の男に近いとまで言い出した。さすがのユアも唖然としていたが、カザハヤは自信満々である。


 相変わらず困った生徒だなとリッテルはため息をつく。やる気があるのは良いのだが、それがから周って他人にまで迷惑をかけている。


これはすでに個別で注意すべき案件かもしれないと考えていれば、アシアンテが「じゃあ、手合わせとかは置いといて……授業みたいに教えてもらったら」と言い出した。


「カザハヤが魔法を使って、その改善点をユアに指摘してもらうとか。それだったら、ユアも負担が少ないんじゃないのか?」


 アシアンテの言葉に、ユアは戸惑いを見せた。もっとも、その戸惑いは部下たちが見分けられるわずかな表情の変化でしか伺えない。


「分隊長は、カザハヤたちの誘いを受けるかねぇ。まぁ、カザハヤはクラスでは魔法が使えている方ではあるけど」


 リッテルは、パンを噛りながら呟く。


 入学前のアドバンテージが、まだ大きく響く段階である。カザハヤは、入学前からしっかりと魔法の練習を重ねてきたらしい。そのため、一年生とは思えないほどに魔法の扱いに長けている。


 けれども、いずれは魔力量の少なさの壁が立ちふさがるだろう。こればかりは生まれつきのものであり、どうにでもならない。


「教師としては、ユアに教えてもらえたら良いんだけど……」


 だが、リッテルとしてはユアの負担は最小限にしたい。それに、授業の後にカザハヤたちに魔法を教えるというのは、ユアの魔力量の消費が今まで以上に激しくなってしまう事にも繋がる。今だって色々とやり繰りをして一日を過ごしているというのに。


「ユアだけを遅刻を見逃したり、常に早退させるわけにもいかないし」


 そもそもクラスメイトの個人レッスンのために、そこまでさせるわけにもいかない。ユアだって、そこら辺はよく理解しているだろう。リッテルが思った通り、ユアは「無理だ」と言った。


「僕は、あまり体が丈夫じゃない。だから、放課後は付き合うことはできない」


 きっぱりと断ったユアだったが、カザハヤは納得している様子はない。思った通りの反応だった。


「調子が良いだけでいい。一年中に体調不良ってわけじゃないんだろ。それに槍の練習の時にあれだけ動けるんだから、体が滅茶苦茶に弱いってわけでもないはずだ」


 カザハヤの言葉に、ユアは顔をしかめた。


 槍の練習では人並み以上にユアは動けており、あの様子からして虚弱体質を名乗るのは無理であろう。ユアはどのようにカザハヤを煙に巻くかを悩み、メレナーデはスープを飲むためのスプーンをへし折っていた。


「分隊長が出来ないと言っているだから、聞き分けなさい……。こうなったら、私が闇討ちしてカザハヤなんて生徒を無理やり退学にしてやる」


 ぶつぶつと怖いことを言っているが、今は教職についているので本当に止めてと欲しいとリッテルは思う。


なお、ここでいうメレナーデの闇討ちは、武力による本当の闇討ちである。夜中に全裸で迫るものではない。さすがのメレナーデも見境のない痴女ではないらしく、ユア以外には全裸で迫ったりはしないようだ。


そこまで見境がなくなったら、さすがのリッテルだって通報している。


「メレナーデは物騒すぎる。要は、カザハヤたちに暇な時間を作らせなければいい。そうすれば、ユア絡む時間も減るだろう。こういう時は部活動だ」


 ファレジの案に、リッテルは感心する。


学園では、部活動を公認では行っていない。もっとも、これは学園公認の部活動がないだけであり、生徒同士が集まって部活動のような事はしていた。


学園公認の部活動がないのは、教師の負担を考えてのことだろう。学園公認にしてしまえば、その活動には教師の監視義務が伴う。


魔法の敎育に特化した学園では、教師の数が少ない。リッテルのように魔法使いなのに教員免許を持っている教師が、そもそも少数なのだ。そのせいもあって、教員の負担を減らすためにも公認の部活動はないのである。


「学園公式の部活動が出来ないなら、生徒たちが自主的にサバイバルの訓練をするべきだ。せっかく森があるのだから、そこでキャンプをして屋外での生活に馴れる訓練も出来るだろう」


 ファレジは鼻息荒く主張するが、そのような活動を生徒だけではさせられない。学園の敷地内にあるとはいえ、危険な野生動物が出ないとは限らないからだ。


メレナーデが森でのマラソンをさせた際にも熊が出現したことがあった。あの時はユアたちがいたので難を逃れたが、この前例を踏まえれば生徒たちだけでサバイバルなどさせることはできない。


「それは、今度授業でやることにして……」


 リッテルが最後まで言う前に、ファレジの姿は消えていた。どこに行ったのかとリッテルが視線だけで探せば、メレナーデはユアたちがいる方向を指す。


「放課後にサバイバルの訓練をするから参加するように」


 そこには、カザハヤたちにサバイバルの部活動を進めるファレジの姿があった。その熱心な様子に、カザハヤたちだけではなく他の生徒たちもファレジの側に集まっている。


「ファレジの旦那、ストップ!!それ、ストップ!!たいちょ……学園長に怒られるから!!」


リッテルは、真っ青になってファレジを止めに走った。学園側で許可されていないものを教師側からやってしまえば確実に問題になる。他の教師に迷惑をかける程度ではすまされない。


「授業。それは、授業でやるべきだって!!」


 ファレジを背中に飛びついて、リッテルは必死に年上の仲間を止めた。その光景は、生徒たちにも異様に映ったらしい。「この先生たちは何をやっているんだ」という冷たい視線がリッテルには痛かった。


 結局、サバイバル訓練というキャンプが森でおこなわれることになった。


無論、リッテルは事前にハデア学園長に許可を取り、サバイバル訓練を行うための許可取りなどに奔走することになったのだが、それはここでは語られることのない苦労である。


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