第30話肝試しに参加するために魔力を調整したい


 ユアは授業が終われば、すぐに寮の部屋に戻ってくる。


 普通の生徒であれば、放課後という時間を有効活用するものだ。校庭などで友人と共に魔法の練習をしたり、図書室で勉学に励んだり。様々な方法で将来のために学び、そして今しか経験することができない学園生活を楽しむ。


 遊びたい盛りの若者を押し込んでいる学園には、街ほどの娯楽はない。学問と魔法を極める施設だけが充実しているという禁欲的な場所である。けれども、そんな場所であっても楽しもうとしてしまうのが若者だ。


「肝試しね……」


 休み時間中に、クラスメイトが言い出したのだ。


 ――サバイバル訓練では森でキャンプを行うため、夜になったら抜け出してクラス全員で肝試しをやろう。


 学生らしい案であり、拒否権はなかった。それは、クラスから少しばかり浮いているユアも同じだ。クラスメイトに含まれている者は強制参加が暗黙の了解だった。


 どうにも慣れない、とユアは思う。


 遊ぶという余裕というか無駄な時間が肌に合わない。そんなことをするならば訓練をするか体を休めるべきだ。それが、軍人として合理的な判断であろう。


 この学園の生徒たちは、ほとんどが将来は軍人になるという。なのに、どうにもお気楽すぎる。時間は有限だと言うのに。


「……違う」


 学生たちは何もおかしくはない。彼らの感覚ことが正常で、ユアが異常すぎるのだ。


 小学校に一時的に通ったときには、それすら理解できずに普段の生活との落差に心が付いていかなかった。薄々とは気が付いていた自分の生活は普通とは違うということを突き付けられて、ものすごく怖かった。


 大事にされるというのはああいうことで、自分はそうではないのだ。所詮は都合の良い人形で、いつでも自由を奪ってもかまわない存在なのだ。そんなことを突き付けられているような気がしたのである。


 怖かった。


 すごく怖かった。


 昔のように魔法発動阻害用の首輪をつけられて、魔力を封じられて、本当の何もできない人形に戻ることが本当に怖かったのだ。自由を知ってしまって、同時に取り上げられることも経験してしまったから尚更に。


「夜の肝試しに参加するとなると最低でも午前中は休むべきか……。いや、出来れば午後も少し休んで万全な状態で挑みたい」


 教師として侵入しているリッテルたちの目が届かない状態ならば、活動時間には余裕を持ちたいのが本音である。しかし、それでは授業を休むことになる。


 授業を休んで肝試しだけに参加するわけにはいかないし、キャンプと銘打っているなかで夜中に自分だけ寮に戻るのも怪しまれるかもしれない。


「やはり、一日休むのが妥当だな」


 体調が悪くなったと言えば、一日ぐらいは休めるだろう。このように自由が利くのは学生の良いところかもしれない。軍であったら、このようにはいかない。


 自分の部屋が視界に入ったところで、ユアは足を止める。部屋の前には、カザハヤがいた。あきらかにユアを待っているふうであり、今日に限って隣にはアシアンテはいなかった。


 アシアンテは、カザハヤの友人らしい。カザハヤの手綱を握っているとまでは言えないが、彼よりも立場は上のようだった。


 そうでなければ、他人の部屋でカザハヤに暴行を加えたりできるものか。アシアンテがいれば、カザハヤが暴走しても止めてくれるかもしれないというのに。


「よう、ユア」


 カザハヤに声をかけられたユアは、相手に分かりやすいように大きなため息をついた。


 魔法の練習に付き合えて言われたが、結局はファレジのサバイバル訓練の提案で有耶無耶になった。そのことについて何か言われるのだと思って、ユアは嫌になったのだ。


「魔法の話だったら、改めて断らせてもらう。僕も暇ではないんだ」


 カザハヤが貪欲に強さを求める理由は何であるのかは、ユアであっても気になっていた。


 クラスメイトのなかで、強さに対して一番執着しているのはカザハヤだ。まるで足りないなにかを求めるようだった。健康な体を持ち、自由な日々を過ごす事が出来ているのに、さらに何を求めるというのか。


「俺は、魔力が少ない。そのせいもあって、親にも弟にも舐められている。それを見返したいからこそ、強くなりたいんだよ」


 今までにないカザハヤの素直さに、ユアは面食らう。ユアの表情に、カザハヤはむっとした。


「なんだよ。俺が素直に、丁寧に、良い子な感じでいるのが、そんなに珍しいかよ」


 今までの言動を考えればかなり珍しいのだが、カザハヤ本人には自覚がないらしい。自分が見えていないようで、これが子供の特徴なのだろうかとユアは考える。


 思い返せば、新兵も自分の実力を過剰に見積もっている傾向が強い。つまりは、自分をよく知らないのだ。


 学生のカザハヤは新兵よりも幼いのだから、自分のことが分からなくて当然だ。ユアは、そう結論付ける。


「目標を持つのは悪いことではない。でも、その努力を手伝ってくれるのは教師だ。それと、他の生徒に突っかかるな。授業の邪魔もするな。声が大きい事と信念の強さを同列に考えるな」


 ユアの言い分に、カザハヤは押し黙った。


 どけてくれ、とユアはカザハヤに言った。そこに立ったままでいられたら、ユアは自分の部屋にはいることができない。


「……前にリッテル先生が言っていた事は本当なのかよ。森で熊を倒したときに、軍関係者だって言っていただろ」


 もしや、そのことを確認しに来たのだろうか。そのために人気のない時間帯を選んだとしたら、カザハヤはユアが考えていたよりは馬鹿ではないらしい。


「リッテルは、嘘は言わない。でも、上からは極秘任務だとは命令されていない」


 ユアたちの正体を生徒に明らかにしてもいいか。ハデアは、その有無に関しては話してはいなかった。つまりは、現場の裁量に任せるということだ。


「それって、重大な機密とかじゃないのかよ。学園に侵入って、なんかよっぽどなことがあったんだろ」


 カザハヤの疑問に、ユアは首を傾げた。今はセバッテのことがあるが、最初はそうではなかったからだ。


「これから重大なことになるかもしれないが、それはまだ不明だ。それに、なにがあっても生徒も教師も守る。一般人を守るのも仕事の内だから、安心して学園生活を送って欲しい」


 マリオネットは、操る人間がいなければ動くことができない。そして、持ち主の一存で簡単に捨てられる。


 それが怖いから、ユアは確実に任務を遂行する。


「俺を強くすれば、色々と手伝えるかもしれないぞ」


 自分を売り込もうとするカザハヤに、結局はそこに着地するのかとユアは呆れた。


「学生に頼るほど、僕の部下は無能ではない。部下は、僕の恐怖を分かってくれる。僕のために命を捨てる覚悟でいてくれる。だから、余分なものはいらない」


 これ以上を望むのは、人形の自分には贅沢だ。そのように、ユアは考えている。


「余分って……。未来の最強軍人が余分扱いかよ!」


 怒り狂うカザハヤに、ユアは音もなく近づく。顔と顔が異様なほどに近づくが、ユアは歩みを止めない。ユアの様子に、カザハヤは息を飲む。


 彼が何を考えているのかが、まるで分からなかった。


 アシアンテも時に理解を超える行動をするが、それはきっと彼が大人に近いせいだとカザハヤは思っている。だから、いつかは自分がアシアンテを理解できる時が来るのであると思っていた。


 けれども、ユアはいつまで経っても理解できる気がしない。人形のように綺麗で、人形のように、なにも感じない人間からは。


「最強の軍人を目指したいなら、魔法以外の強みも見つけろ。魔力の量は変わらないが、体や頭を鍛えることはできる。今は、まだその段階だ。学園に入学したからって、一気にすべてを手に入れられると思うな」


 吐息がかかるほどの近さで、ユアは囁く。


 カザハヤと同年代にも関わらず、ユアは得たいがしれなかった。どのように生きて、どのように育てられたら、彼という人間が出来るのかが全く分からない。


「強さへの執念に関しては見どころはある。だから、日々の積み重ねを続けろ。大人になるころには、使い物になるかもしれない」


 ユアは、カザハヤの肩を軽い力で押した。カザハヤは、ユアの部屋の前から退く。


 彼が部屋のドアを開けた瞬間に、物が燃えたとき特有の嫌な臭いが香った。



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