第4話分隊長は善意でクラスメイトの前髪を切断した
つつがなく入学式が終わったので、リッテルは担当するクラスに向かった。
ユアのクラスの担任教師としてリッテルが配属されたのは、学園長であるハデアの考えからだろう。教師としてはブランクがあるリッテルの担当になったクラスメイトたちは可哀そうだが、担任教師が全ての科目を教えることにはならないので我慢してもらうしかない。
「えーと、これから一年間はお前らの担当をするリッテルだ。教師歴は今年が始まったばかりだから、よろしく頼む。俺に教わるのが嫌だったら、別のクラスに行っても良いぞ」
リッテルの挨拶に、数人の生徒が笑った。なお、大抵の生徒は不安げだ。真面目な生徒が集まったクラスを割り当てられたかもしれないと思いながら、リッテルは入学最初の授業を始める。
「お前らの目の前に用意されているランプは、魔力の制御を練習するためのものだ。火をつけて、ランプのなかの炎を青く変色させつつ細く伸ばせるようにする。これが出来て初めて個人の魔法を使う練習ができるから、各自真面目に取り組んでくれ。これが出来ないとちゃんと魔法が使えないからな」
リッテルが、最初に行うのは魔法の初歩の初歩である。
魔力の制御方法の取得だ。様々な練習方法があるが、リッテルが説明したランプを使った制御方法が一般的であろう。
魔力は大抵の人間が持っているが、一定基準の魔力量を持ち、なおかつ制御できる人間が魔法使いになれる。つまり、魔力を制御できなければ魔法を発動させることもできない。
この制御が、魔法使いにとっての最初の関門だ。魔力量がたりなければ、この練習で躓いてしまう。
といっても入学してきた生徒は、すでに一定の魔力量があることは確認済みである。そのため、魔力の制御方法だけを身に着ければよかった。
これさえ合格してしまえば、さっそく本格的な魔法の練習に移ることが出来る。
魔法は、個人に一つだけ得ることが出来る超常現象を起こす力だ。その魔法の内容には様々なものがあり、魔力量に応じて発動時間が決まるのである。
生徒たちは、一様にランプに手をかざしている。家で魔力の制御方法を学んできた生徒もいるようで、楽々とランプの炎を操っている生徒もいた。きっと身内に魔法使いがいて、彼らから基礎を教えてもらったのだろう。
「そのランプで火を操れる時間が、おまえらの魔力の貯丈量だ。実戦で魔法を使うときには、自分の残りの貯丈量をしっかり把握していろよ。これに対しては、絶対に見栄を張らないことだ。見栄を張ってわざと貯丈量を多く申告したら、あとで痛い目を見るのは自分なんだからな」
リッテルは、生徒たちに十分な注意を促す。魔法使いでもなんでも最初が肝心である。基礎をおろそかにすれば、応用に進むこともできない。
「魔力量の貯丈量の単位は時間で表す。単純に一時間連続で魔法を使用できれば、魔力量は一時間分になる。もっとも魔力量については三十分程度が平均だと言われている。魔法使いとして使い物になる貯丈量は十分からだ。もっともこれはあくまで魔法を継続して使用する時間で、ものによっては魔力を継続で使用しなくても良い魔法もある。自分の魔法がどんな魔法なのかを見極める授業は少しずつやっていくから、派手な魔法が使えなくても腐ったりするなよ。どんな魔法も使いよう。頭の使いようでなんとでもなる。あと、魔力は使い切ったら八時間の睡眠が必要になるからな。滅多なことでは使い切らないようにしろよ」
リッテルは、それとなくユアの方を見た。ユアはランプに手をかざしているが、それだけだ。どうやら頑張っても出来ない生徒を装っているらしい。さぼっているだけなのかもしれないが。
「しっかりと炎を意識しろよ。魔法は、脳で制御する。逆に言えば、脳を破壊されたり脳の信号を阻害するようなものを付けられたら魔法は使えなくなる。後日見せてやるが、捕虜なんかにつける魔法発動阻害用の首輪なんかもあるからな」
リッテルの視界の端に、頭を大きく揺らしている男子生徒がいた。眠気と戦っているようなふうで、入学早々から居眠りなんて豪胆な奴もいたものだなとリッテルは思った。
その瞬間、男子生徒のランプが大きく燃え上がる。男子生徒は相変わらず頭を大きく揺らしているだけで、意識があるようには思えなかった。
「やばっ、魔力酔いだ!!
魔力酔いは、体内の魔力が制御できずに外部に放出しすぎてしまう現象だ。これは本人の魔力が多すぎたときに起こりやすい現象で、滅多に起きないとされている。リッテルも教師になるための学校では習ったが、そこで教鞭をとっていた人間ですら魔力酔いは見たことがないと言っていた。
このままでは、男子生徒が火傷してしまう。リッテルは駆けだそうとしたが、その前にユアが席から立ち上がっていた。
ユアは、男子生徒を蹴り飛ばしてランプから遠ざけた。
その蛮行に、周囲の生徒たちもリッテルも呆然とした。ランプで前髪を焦がした生徒だって、自分の身に起きたことが分からずに目を白黒させている。
彼は、アシアンテという名の生徒だ。中肉中背で特徴らしい特徴がなかったはずなのに、今は変な前髪というトレードマークが出来ている。
「あっ、えっと……今のは魔力酔いだ。すごく珍しい現象で、体内の魔力が多すぎると起こるんだ。いやぁ、アシアンテ君は将来有望だな!」
リッテルは無理やり笑って、自分一人で拍手をした。だが、生徒たちの眼はユアに向けられたままである。
助けるためとはいえ、人を思いっきり蹴り飛ばしたのだからいたしかたない。この荒っぽさは軍であったら許容範囲だろうが、十代の少年少女の前では理解されない。
「あ、ありがと。おかげで火傷せずにすんだよ」
アシアンテは、自分を助けてくれたユアに微笑みながら礼を言った。蹴り飛ばされたが、それに関しては追及するつもりはないらしい。良い子だな、とリッテルは思った。
「前髪が焦げているな。安心しろ。散髪は得意だ」
気が付けば、アシアンテの前髪はまっすぐに切られていた。はらはらと床に落ちる前髪は黒く焦げている。そして、ユアの手には銀色のハサミがあった。
「へ……」
アシアンテは、何が起きたのか分からないという顔をした。周囲の生徒たちも開いた口がふさがらないようだ。いくらクラスメイトの前髪が焦げたとしても、相手の了承もなしにいきなり切るような人間はいない。
「ああ、すまない。もう少し短いほうが良かったか」
何も言えなくなったアシアンテの表情をどう解釈したのかは分からないが、ユアはさらに前髪を短く切った。
「うわぁぁぁ!!」
可哀そうなアシアンテの悲鳴が響き渡り、きょとんとしていたユアを後で呼び出そうとリッテルは決心した。
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