第5話食堂で分隊長の凄さを伝えるための作戦会議をした


 食堂でリッテルは、頭を抱えていた。


「なんで……あそこで前髪を切るかなぁ」


 最初の授業でクラスメイトの前髪を切るという奇抜な行動をしたユアは、周囲から明らかに浮いていた。


 ユアに近づかないように、彼とは喋らないようにという徹底ぶりクラスメイトたちはみせている。ユアの初日の行動がなければ、もはや虐めともとれる行動だ。しかし、リッテルとしては生徒たちの気持ちも分かるのだ。


 いくら火傷の危険があったとはいえ、初日でクラスメイトを蹴り飛ばして無断で前髪を切るような人間と友好関係を結べるような猛者などいないだろう。前髪を切られたアシアンテが、あまり気にしていないように振舞ってくれているのが救いである。


 アシアンテが男子生徒で良かったとリッテルは心の底から思った。これが女子生徒のことで相手に泣かれたりしたら、ユアは完全に悪者とされていただろう。


「分隊長は、アシアンテ君を守ったのに。それが伝わらないなんて。あのクラスは、全員の内申点を下げてやる」


 リッテルの目の前で昼食をとっているメレナーデは、話を聞いて御立腹となっていた。


 リッテルとメレナーデ、ファレジは三人で固まって食事を取るようにしている。夜は男女別に分かれた寮に戻らなければならず、そうすると女性のメレナーデと顔を合わせることができない。そのため、昼休みを定時連絡の時間と定めたのだ。


「だが、魔力酔いとは珍しい現象に当たったな。私も実際には見たことがない」


 最年長のファレジすらも見たことない現象に運悪く遭遇してしまったことに、リッテルはため息をつく。あれがなければ、ユアの初日は上手くいっていたであろう。


「分隊長は、それからは村八分状態だし……。本人にも良い影響になってないんだよな。普通の生徒として学校に通えっていう学園長の命令を実行できてないんだから」


 軍人としての生活が身についているユアにとっては、上官の命令は絶対だ。特にハデアの命令は、どんなことがあっても遂行してきた。そんなユアにとっては、この状態は非常にストレスがかかっている。


 あと数週間が限界かな、とリッテルは思った。


 ユアが体調不良におちいったら、それを言い訳にして学園を離れられるかもしれない。以前は、そうであったように。


「あっ、分隊長だ。相変わらず、お美しい」


 メレナーデは、食堂に入ってきたユアの様子をうっとりと見つめていた。学生と教師が使う食堂は分けられていないが、ユアには授業以外では極力関わるなと厳命されている。そのため、三人は遠巻きにしかユアの様子を見ることが出来なかった。


「御一人で昼食を食べるなんて不憫すぎる。軍にいたら一人になんてならないのに!」


 ハンカチを噛んで涙を呑んでいるメレナーデの言う通りだった。ユアは軍部では人気があり、食事に時間を一人で過ごすということはない。ときには仕事の話をしたり、ときにはくだらないことで笑ったりして仲間たちと昼食の時間を過ごしていたのだ。


 それを思えば、今の状態はあまりに寂しい。


「ああ、ファレジと同じサンドイッチを食べている。なんで今日の私はパスタなんて頼んでしまったんだ。ファレジ、それちょっと寄こして。分隊長と同じものを食べて、体の中から分隊長を感じるから」


 メレナーデは、ユアの食べている昼食のメニューを目ざとく観察していた。そして、偶然にも同じものを食べているファレジのサンドイッチを奪おうとしている。


 若い女性の行動ではないが、メレナーデの手からサンドイッチを必要に守ろうとするファレジの行動も年甲斐がない。


 リッテルとしては、ユアが好き嫌いで選んだわけでもないサンドイッチ一つに何をやっているのかという気持ちになる。


 ユアには味覚がないので、食べ物の味は分からない。だから、サンドイッチを選んだ理由はメニュー表のなかで一番最初に目についたからだろう。あるいは前の生徒がサンドイッチを頼んでいたからとか。なんにしても深い理由がないことだけは確かである。


「なんで、交換してくれないの!私は、体の中で分隊長を感じたいだけなの。分隊長不足なんだよぉ」


 泣き出してしまったメレナーデに、周囲の教職員はぎょっとしていた。


 ユアが絡むと言動がおかしくなるので忘れられがちだが、メレナーデは知的な美人である。きりっとした目つきはエリートらしいプライドが見て取れるが、それすらも魅力の一つだ。


 さらに頭の回転や知識も豊富なので、おかしいところを知らなければ高根の花とも言える。ユアが絡んだ途端に、頭のネジが全て抜け落ちてしまうが。


 つまり、メレナーデは教員たちの憧れの的になっているのだ。特別教師として赴任したメレナーデとファレジは軍人であると周知されているので、きっと多くの部下を率いて戦っていたと思われているのだろう。


 そんなメレナーデが子供のように泣いていれば、人目を惹いてしまう。案の定、若い男性教員がやってきた。


「メレナーデさん、大丈夫ですか?もしかして、仕事で辛いことがあるんですか?」


 馴れない仕事で疲れていると思われたのだろう。残念ながら、そのような繊細な神経はメレナーデにない。


「とある生徒が、周囲の生徒の輪に入っていけてないの。その生徒は賢くて気高くて美しくて非の打ちどころのない生徒だっていうのに」


 リッテルとファレジの顔は引きつっていた。今のメレナーデは教師なのである。それなのに、生徒のことを称えすぎだ。


「メレナーデさんは、生徒の良いところを見つけるのが上手いんですね」


 男性教師は、メレナーデの言葉を肯定的にとらえてくれた。普通に考えれば、生徒の中に尊敬する上司が混ざっているとは考えないからかもしれない。


「溶け込めない生徒がいるなら……その生徒の得意なことや凄いところを周りの生徒に見せてあげると良いかもしれないですね。ちょっとしたことで、周囲の評価というのは変わるものですから」

 

 若い男性教師の言葉に、リッテルは感心した。大人の世界でも特技がきっかけで、周囲の尊敬を集めることはある。子供の世界の場合は、そうなるように教師が御膳立てしてやるのだ。難しいことではあるが、挑戦してみる価値はあるだろう。


「尊敬か……なるほど」


 一人で考え始めてしまったメレナーデの横顔に、男性教師は小さく手を振る。また後で、とでも言いたげな仕草だ。あの様子では、メレナーデに気があるのかもしれない。


「メレナーデの姉さんも恋愛すれば、色々変わるかねぇ。軍の方だと、姉さんの正体が知られているし」


 誰も正体を知らない学園内ならば、メレナーデに告白するような人間もいるかもしれない。リッテルの言葉に、ファレジは首をかしげていた。


「我々よりも分隊長の方が、そういうロマンスがあって然るべきだろう。十六歳ならば、そろそろ人生最初の恋人が出来てもおかしくはない歳だ」


 リッテルとしては、予想もしていない考えであった。だが、言われてしまえば十六歳ともなれば、本来ならば青春を過ごしているはずだ。恋人だって出来てもおかしくない。


「分隊長に恋人って、想像できない……」


 幼い頃から家庭教師をしていたせいなのか。はたまた軍人であるユアを見慣れているせいなのか、リッテルとしてはユアの恋人が想像できない。それが同年代であれば猶更だ。


「学園に馴れてきたら、そういう余裕もできるだろう。今は、恋人よりも友人をつくることを目標にしてもらうところだな」


 ファレジは、ユアが学園に馴染むことが出来ると思っているようだった。ファレジは、学園長のハデアとの付き合いが長い。ユアとの付き合いもリッテル以上の長さであり、ファレジなりの確信があるかこその意見なのだろう。


「ファレジの旦那は、そう言うのかもしれないけど……。俺は、分隊長は学園に馴染めないと思う。分隊長だって、その辺の子供と一緒にいるのは苦痛だろうし」


 リッテルの言葉が聞こえないかのように、ファレジは返事をしなかった。他人と意見が平行線になると判断したときに、ファレジはこのような態度をとる。ファレジは、ユアが学園に馴染める本気で思っているようだ。


 突然、メレナーデが立ち上がった。彼女は拳を握りしめて、それを天に掲げる。


「そうだ!私の魔法で、分隊長の実力を見せつければっ……」


 悪目立ちしかしないメレナーデは、男二人に押さえつけられた。遠くのテーブルで、サンドイッチを齧るユアの視線がとても痛い。不可解な部下の様子に、きっと不機嫌になっているのだろう。

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