第46話悪夢をもたらす少女
ファレジとメレナーデの叫び声が聞こえた。彼らが潜んでいたはずの空き教室から響いてくる声であり、リッテルはその声に思わず足を止める。二人が苦戦しているにも可笑しな声だと感じたからだ。
まるで悪夢にうなされているかのような悲鳴は、痛みに悶えるものとは違う。予想外のことが起こっていると感じたリッテルは、深呼吸を一つして作戦を組み立てる。
リッテルは、自分の魔法の弱点の多さを自覚している。声を衝撃波として発射する魔法は威力はあるが、細かい応用が利かない。威力の調整こそは出来るが、あとは真っ直ぐに愚直に攻撃を加えるだけだ。
そのため、リッテルの魔法が一番真価を発揮するのは最初の一回。しかも、不意打ちのタイミングだ。
覚悟を決めたリッテルは、教室に飛び込む。
目に入ったのは床にのた打ち回る三人の姿だ。メレナーデにファレジ、それにシデリアと思しき女性の姿もあった。全員が呻き声を漏らしており、その中央には一人の少女がいた。
リッテルは、最初は彼女を学園の生徒だと思った。だが、すぐに思考を切り替える。こんなところにいるのは生徒ではありえないし、三人に苦しみを与えている存在は彼女でしかありえない。
リッテルは大口を開け、そこから発した声が真っ直ぐに飛ぶ。周囲を破壊して少女に向かって飛ぶ衝撃波に、彼女はあっけないほど巻き込まれた。なにか罠があるのかとリッテルは警戒したが、衝撃波を食らった少女が起き上がる気配がない。
「あなたは、セバッテの方にいたのではないの?……こっちに来るなんてずるい」
少女の呟きに、リッテルは面食らった。ずるいだなんて、職業軍人あるまじき言葉だ。最初こそユアのように特殊な事情があって軍属しているのかと思ったが、少女はそうではないらしい。
「軍人じゃないのか?」
セバッテが軍人だったから、てっきり部下も軍人だと思っていた。だが、集められた人間たちは軍とは無関係な人間らしい。
「なんで軍人だと思ったのよ。私は自分の力を確かめたかっただけ。自分の力が、本職の軍人に届いたらすごいから」
少女は、ぼそりと呟く。
「他の人間だって、理由はそれぞれ。シデリアは恩義を感じて、ヒステはシデリアに惚れたっていう理由で。馬鹿らしい組み合わせで、私たちは動いてる」
少女は立ち上がって、両手を上げた。あっさりとした降参に、リッテルは目を見開く。
彼女の言葉を信じるならば、この戦いにはもう興味はないということなのだろうか。
「自己紹介が、まだね。私はリリゼゼ」
リリゼゼと名乗った少女が、リッテルにゆっくりと近づいてくる。リッテルは、彼女をどのように扱えばいいのかを考えあぐねいていた。
大人としてはリリゼゼを保護するべきだが、軍人としては油断せずに彼女を行動不能にするべきだ。迷っているリッテルの隙をついて、リリゼゼは彼の目の前いた。
「私の魔法は、傷を回復させた相手に一番恐れる悪夢を見せること」
その言葉に我にかえったリッテルは、すぐに思考を切り替えてリリゼゼに鳩尾に拳を叩き込む。リリゼゼの身体が前かがみに倒れて、音を立てて床に倒れた。
「危なかった……。油断させたかったのかよ」
リリゼゼの言っていたことが、どこまで本当なのかは分からない。だが、セバッテの行動が軍に関係ないものだと考えれば、彼が集めた仲間が軍人でないことはあり得ることだ。
「軍の任務も関係なしに、セバッテはユアを狙っているのか。……なんていう執念深さだ。正気を疑うな」
勝つも負けるも。死ぬも生きるも。戦場ならばお互い様であろうに。そんなことを考えたリッテルの思考回路は、常人とは少し違うところにあるのかもしれない。
それに気が付いたリッテルは、苦笑いをした。軍人という職につき、命というものを軽視するようになってしまったのだ。今の自分だったら、研修中に死んだ女子生徒のことも放っておいて教師になったことだろう。
「まったく、俺がこんなふうに考えるようになっていたなんてな」
過去の自分は、今の自分よりもずっと命に対して重いものを感じていたに違いない。どちらの方が良いのかは、リッテルには分からない。
だが、もう教師を本職にするのは無理だろう。次に生徒が死んだとしても、リッテルは何も思わない。
それは、教師として失格だ。
「まずい。こんなことをしてる場合じゃないだろ。ファレジの旦那たちを起こして、分隊長のところに戻らないと」
ユアのところに、セバッテがいるかもしれない。だが、ファレジやメレナーデが起きる気配はなかった。二人は苦しそうな声を上げて、夢に囚われている。
ファレジが苦しげに胸元を掴み、メレナーデが大きく咳き込んで血を吐いた。
「これは……なにが起こっているんだ」
セゼリアの魔法で悪夢の影響が、体に出てきているのかもしれないとリッテルは考えた。セゼリアが気絶しているので、正しいことは分からない。けれども、放っておくことは出来ない。
メレナーデは血まで吐いているのだ。悪夢が命を奪うということだってあり得るかもしれない。
「夢から覚める方法は、痛みが一番だよな……」
間違っていないようにと願いながら、リッテルは剣を握った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます