第33話くすぶった衛生兵と動くことも出来ない子供(ファレジ)



 ファレジが衛生兵になったのは、自分の魔法がきっかけだった。


 他人を癒すが、自分には何の恩恵もない魔法。この魔法がなければ、ファレジは衛生兵にはならなかっただろう。


 幸いにして、ファレジの性格は軍の性質にあっていた。身体も大きく丈夫で、上司に盾突く性格でもないファレジは何だかんだで重宝されていた方であろう。


 否、便利に使われていただけだ。その証拠に、仕事量の割に昇進は一切なかった。


 それでも軍人を続けた理由は、ここにしか居場所がないように感じていたからだった。ファレジの出身地は田舎であり、長男以外は家を出ていくことが普通だ。女は嫁に行き、男は仕事を見つけて出ていく。


 そういうことを幼いことから言い聞かされて育ってきたので故郷も実家も、束の間の居場所でしかないのだという気持ちが強かったのだ。


 それでも、長期の休みが取れたら実家には帰っていた。軍という職業についていることもあって、両親に生存報告をするためにも豆に実家には顔を出すようにしていた。


 家を継いだ長男夫婦が揃えたものが多くなるにつれて、自分という存在は実家にも歓迎されていないのではないだろうかという卑屈な気持ちになったりもしたが。


 つまりは、ファレジの人生は燻っていたのである。


 出世はないが、それなりに好きな仕事。居場所ではないし戻る場所ではないが、付き合いやすい両親と兄夫婦。気の置けない職場の仲間たち。


 なにかが足りないというには、満たされている。


 けれども、人生の歯車が上手くかみ合っていないような気がする。恋愛や結婚そういうものを考えれば、今の平坦な生活は丁度良い時期なのかもしれない。けれども、人生のさらなる安定が自分に必要かどうかを考えれば違うとはっきりと言えた。


 そんなときに、同郷のハデアに声をかけられた。同郷と言っても、相手はかなり年下だった。それでもかつては近所に住んでいた若者で、軍に入隊する際に色々と質問された。そして、いつの間にか階級は追い越されていたのだ。


 ハデアという若者は、ファレジが思うよりもずっと優秀で要領の良い人間だったらしい。


 そんなハデア直々に来て欲しいと言われた場所は、軍が所有する病院だった。一般人の治療を行う病院ではなくて、研究施設のような場所だ。


 そこには、子供たちが集められていた。早い時期に高い魔力を持っていることが判明したが生まれつき肉体に欠損があったり、病弱な子供たちが施設にいたのだ。つまりは、魔力は高いが普通の家では療育が難しい子供たちである。


「この施設では、子供たちを使って魔法の研究をしているんだ。ここに、興味深い子がいるんだよ。君には、その子の面倒を見て欲しい」


 ハデアの問いかけに、ファレジは頷いた。


 上官に対する態度ではなかったが、あらかじめ個人的な話だと思って聞いて欲しいと言われている。遠慮はなかった。


「その子を養子にしようかと考えているんだよ。むろん、もう少しぐらいはまともになってからだけどね」


 つまりは、個人的なアドバイスが欲しいということだろう。ファレジを選んだのは衛生兵の知識と経験。さらには同郷で入隊前から少なからず付き合いがあるからだとハデアは言っていた。


「あの子だよ。私たちは、ユアと呼んでいる。もっとも、ここにいる子供たちと同様に戸籍はないから好きに呼んでかまわないよ」


 病院の個室。そうとしか感じない部屋の真ん中には、医療用のベッドと男がいた。最近になって服についた汚れが目立つようにと着用を奨励されるている白衣を着ているので、おそらくは医者なのだろう。


 ファレジに気が付いた男は、顔を輝かせる。知っている顔であり、ファレジも男同様に驚く。何故ならば彼もファレジの同窓であり、ちょっとした有名人になってしまっていた人物だったからだ。


「ファレジ、久しぶりだ。なんだよ、前に会ったときよりも一層筋肉ダルマになったな。腕なんて子供の腰ぐらいあるんじゃないのか」


 容赦なくファレジの二の腕を叩く男は、セリという。ファレジと同い年だが、ファレジと違い医療に大きく貢献している聖人である。


「二の腕の筋肉が、そんなに発達するわけがないだろ。そちらこそ、使い捨ての手袋の評判を聞いているぞ。使い捨てのマスクの性能も相まって、患者の死亡率がまた下がったらしいな」


 医療従事者の誇りだとファレジが褒めたが、セリは少し困ったような顔をした。


 セリは自分の功績の話をすると何時だって困った顔をする。子供時代から優秀だが突飛な発想で周囲を驚かせていたので、もしかしたら意外と褒められ馴れてないのかもしれないとファレジは長年考えていた。


 セリは、ファレジと違って大学を卒業した医者である。だが、軍属はしており、今は軍が所有している病院に勤めている。言うなれば、戦場には行かない兵隊だ。


 医者というのは、実際に患者と触れ合って治療する者と病気の研究をする者に分かれる。セリは後者の方の医者であり、主に衛生状態の向上に力を入れている。


 病気の研究という本職からは若干ズレているが、彼が衛生というものを呼び掛けてからは患者の死亡率は格段に下がった。


 セリの一番大きな功績は、手洗いのうがいの奨励と白衣の発想だ。医者や患者の衛生に関しては個人の裁量に任されており、しっかりした人間とそうではない人間に分かれていた。セリは医者は共通の衛生観念を持つべきであると声高らかに発言し、衛生に関する決まりなどを提案した。


 そこでは手洗いの手順さえ決められており、高濃度のアルコールでの手の消毒も義務化した。医者側の手間が増えることもあって反対意見もあったのだが、セリは患者の死亡率の推移を論文にまとめて周囲を黙らせた。


 セリが消毒を提唱した病院とそうでない病院との比較データでは、セリが関わった病院の方が圧倒的に患者の死亡率が低かったのだ。


「ナイチンゲールやハルステッドの功績なんだ。……僕は、彼らの功績を利用しただけ。使い捨ての手袋だって、ゴムがないから不完全な出来だし。……ゴムの木って、あっちの世界でもどこに生えていたんだろう」


 ぼそり、とセリは呟く。


 聞きなれない名前がいくつも聞こえたが、いつものことだったのでファレジは気にしなかった。むしろ、友人が昔と変わっていなかったことに安堵したほどだ。


 セリは昔から新しいものを提案した後に、ぼそぼそと独り言を言う癖があった。天才と何とかは紙一重ともいうので、そういうものだとファレジは考えている。


「ファレジ。お前に紹介したい子がいるんだ。お前は、きっとこの子に必要になる。だから、力を貸して欲しい」

 

 セリは、目線は医療のベッドに向いていた。覗き込めば、そこには一人の子供が寝かされている。


 とても不健康そうな子供だった。肌の白さは明らかに日光浴が足りない故の物だし、食が細すぎるのか折れそうなほどに痩せている。髪質も悪く、栄養状態も良くないようだ。


 子供の手は、魔力の制御を練習するランプに縛りつけられていた。子供の不健康さよりもそちらの方が不自然であり、ランプのなかで轟々と燃え盛る青い炎と相まって不気味だ。


「魔力量が、かなり高いのか?」


 ファレジが疑問を投げかければ、すぐにセリは答える。


「かれこれ、五時間も燃やし続けている。記録によると彼は、八時間も魔力を発動し続けられるらしい」


 セリの言葉に、ファレジは息を飲んだ。自分を連れてきたハデアを見れば、彼はファレジの驚きを楽しんでいるようである。


「八時間……。そんな記録は聞いたことがない。魔力の継続時間は、今までは二時間が最長だ。その記録だって、大昔の話だぞ」


 セリは、ファレジに書類を手渡す。


 それはセリ自身がまとめた魔力量のデータであり、統計で周囲を黙らせた彼らしい証拠物品であった。


 そこには、子供がどのような状態で、どのような健康状態で、どの時間帯で、どれぐらいの時間、魔力を発動し続けたのかしっかりと書き記されている。それを見る限り、子供は平均して八時間の魔力の発動を続けていたp。


 しかも、これはあくまでも平均の話である。


 環境や子供の健康状態などが整えば、魔力の発動時間を増やせる可能性まで示唆されていた。


「これは夢なのか……。世紀の大発見だぞ。この子の身体をくまなく調べて他者との違いを探しだせば、魔法は大きな発展を遂げるかもしれない」


 衛生兵は医療知識はあるが、どちらかと言えば回復の魔法を持っている魔法使いがなるものだ。だからこそ、ファレジは魔法使いとして興奮していた。


 自分たちの次の世代あるいは次の次の世代には、今とは比べ物にならないほどに強い魔法使いが活躍している未来が来るかもしれないと。


「ファレジ……。実は、この子は普通とは違いすぎる。だから、他の子供との違いを探すには解剖ぐらいしか方法がないんだ」


 セリの言葉が、ファレジには理解できなかった。戸籍がないとハデアが言っていたので、研究に不必要だと判断された子供たちがどうなっているのかを察しないほどファレジは鈍くはない。


 だが、そこに反対の意を唱えるほどは強くもない。だからこそ、便利に使われるのだろう。しかし、稀有な子供の解明に真っ先に解剖が手段に上がるのは疑問に思う。


 解剖してしまえば、生きているときのデータは取れない。


 無理をしてでも生かして、それが見込めなくなった時に解剖という手段を取ればいいのだ。


「この子の全身は、麻痺している。首から下の感覚は、まったくない。熱さ寒さ痛み……そもそも触っているという感覚さえも感じない。さらにまともな教育を受けていないから、コミュニケーションを取ることさえも難しいんだ。施設では魔力の研究材料になるだけの人生をおくってきたからね」


 ファレジは、言葉を失った。


 たぐいまれな魔力量を示した子供は、全く動くことが出来ない人形であった。そして、セリの今までの言葉の端々から考えるに、上層部は子供の生前のデータはすでに取り終えたと考えている。あとは、解剖の際のデータだけ欲しいのだ。


「全身麻痺の患者なんて、この世界で生かすにはかなりのコストがかかる。一生支え続けることは、まず無理だ。そして、この子の内臓は寝たままのせいもあって、かなり弱っている。だから、消化の良い物しか与えられない。今後のことを考えれば、栄養の偏りのせいでの病気なども考えられる。なにより、痛みを感じていないからどんな疾患や病気を抱えているかも分からない。この世界では、エコーも取れないからな」


 セリは、ファレジには理解できない言葉も口に出していた。恐らくは、無意識なのだろう。


「……それで、私を呼び出した理由はなんなんだ」


 ファレジの言葉に、セリは我にかえる。どうやら、深く考え込んでいたらしい。先ほどのエコーという言葉も油断したから出てきた言葉なのだろう。


「ファレジには、僕と共にユアに人間らしい生活が出来るように協力して欲しいんだ。そうすれば、ユアの価値は跳ねあがる。痛みを感じない最強の兵士を作り上げることもできるかもしれないんだ」


 セリは、ハデアの方を見た。


 最強の兵士というものを欲しがっているのは、間違いなくハデアであろう。彼は軍人であるが魔法使いではないし、戦場に立った経験がないに等しい。それよりも作戦立案などに才能を見出されたからだ。


 しかし、その経歴が軍では舐められる原因になることも確かである。だからこそ、ハデアは自分に箔をつけてくれる部下を欲している。しかも、絶対に逆らわず、思い通りに動く操り人形のような部下を。


 ハデアは、その可能性をユアに見出したのだ。


 そして、セリはユアがこのまま解剖される未来を回避したいに違いない。ユアが動けるようになって、ハデアの庇護にされる立場になれば解剖は避けられる可能性があった。


 一人の思惑と一人の願いから、ファレジは呼び出されたのである。


「……ユアが長生きすれば、魔法の研究が進む可能性が増える。私も協力はしたいと思うが、そもそも四肢が麻痺した子供に人間らしい生活なんて送らせることが出来るのか?」


 それは、ファレジにとっては純粋な疑問だった。ハデアの野望もセリの理想も理解できるが、大前提としてユアの手足が動くようになるのか分からない。


「この子の個人魔法は、人型のものを強化して操る魔法なんだ。まだ、上手く魔法を使えないみたいけど……上手く使えるようになれば、ユアは自分を自分の操り人形に出来るかもしれない」


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