第49話味方と敵の魔法の特性


 喉が締め付けられて、肺に入るべきだった空気が遮断される。息苦しいのに、相変わらず体は全く動かない。


 ここで自分の人生は終わるらしいとユアは考えた。戦場で命を散らすと思っていたが、学園という場所で自分の命運が尽きるとは思わなかったのに。


 学校という場所は、昔から苦手だった。セリは「学校は同級生がいっぱいいるところ」と言っていたが、その同級生の集団にはどうしても馴染めなかった。


 たくさんの人数で受ける授業はつまらなすぎて苦痛だったし、休み時間にクラスメイトたちの喋る内容も意味が分からないものが多かったのだ。自分の日常が他人の日常とかけ離れていて、それを周囲に気づかれないように偽るのも苦痛だった。


 それこそ、今のような呼吸困難になった。気が付けば嘔吐していたが、自分に期待をかけている人々が学校に通わせていると思うと言えない。学校に通って、集団のなかに入ろうとするほどにユアは孤独に苛まれていった。


 だから、学校という場所は苦手だったのに。


「この野郎!!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。それはカゼハヤの声だった。


 生徒には寮から出ないようにと言っていたのに、カザハヤは言いつけを破ったらしい。何故とは思わなかった。カザハヤの性格を考えれば、上の言うことに従わないのは予想が出来ることだった。最強の軍人を目指すと言っていたのに、上層部の言葉に従わないなんて呆れてしまう。


「学生が……。大人しくしてれば、手を出すつもりはなかったんだけどな」


 ついでに殺してやるか、とセバッテは呟いた。


 ユアは、目を見開く。一般人の学生を殺すなんて、やはりセバッテには軍人の誇りなど微塵もない。止めさせなければと思うのに、体は相変わらず動かなかった。守りたいのに身動き一つも出来ない。


 これでは、セリのときと同じだ。


 守られるばかりで、何もできやしない。


「単純な身体強化の魔法なら、すぐに無力化してやる」


 セバッテはそう言うが、その言葉をかき消すほどの大声が聞こえてきた。


「弱いもの虐めしてるんじゃないぞ、このタコ!お前なんて、将来は禿げるんだからな!!むしろ、俺の強化された身体能力で髪の毛をむしり取ってやる。覚悟しておけ」


 カザハヤは、セバッテを挑発しているらしい。大人からしてみれば、少しおかしな言葉選びだったが熱意は感じた。


「お前みたいな奴の股間の一物だって、禿げてるって決まっているんだからな。子供みたいにつるっぱげなんだよ。第一、校庭で汚い尻を出して何をやっているんだ!お前の尻なんて、誰も見たくないんだよ」


 カザハヤの登場に驚いたからなのだろうか。首を絞めていたセバッテの掌が緩んだせいで、ユアに余裕が生まれた。


 その余裕が生まれたユアが何をしたのかというと――笑いを噛み殺していた。さっきまで首を絞められて殺されそうだったと言うのに、カザハヤの言葉が笑いのツボに入ってしまったらしい。


 体に力が入らないから動く気配はないが、唇を噛みしめていた。痛みに耐えている様子はなく、頬が小さく膨れているさまがいっそのこと微笑ましい。


「……五十代後半の股間の禿げ」


 ぼそり、と呟いたユアは自分の言葉すら面白かったらしい。噛み殺せなかった笑い後が、小さく漏れた。


 その様子に、セバッテの堪忍袋の緒がぶつりと切れた。自分を倒した強者を貶めて楽しんでいたのに、ユアは低レベルな下ネタで笑いを噛み殺している。セバッテのことなど眼中にないとでも言いたげに。


「この糞餓鬼!!」


 セバッテはユアの顔面を殴り、視界に入ってきたカザハヤの魔法を無力化した。身体能力を高めていたカザハヤは、急に魔法を失ったが転移だけはしないようにと踏ん張りを効かす。


 その瞬間に、セバッテの隣に槍が突き刺さった。その槍を投げたのは、カザハヤの後ろに控えていたアシアンテだ。アシアンテはずっとカザハヤの後ろに隠れて走っていたので、セバッテの視界からは消えていたのである。


「くそっ。あっちの餓鬼は身体強化の魔法使いじゃないかのか」


 アシアンテが睨んだ通りだった。セバッテには、アシアンテのように相手の魔法の内容を知ることが出来ない。だから、相手の魔法を知るにしても情報を集めたり、相手の行動を観察することに重きを置いている。つまりは、不意打ちと相性が悪すぎる魔法なのだ。


 セバッテは、正面から挑んでくるのだからアシアンテも身体強化系の魔法使いであろうと考えるだろう。直線に向かってきたカザハヤが単純な身体強化系の魔法だったのも囮だ。学生だから正面からしか挑んでこないとセバッテに思わせたかったのだ。


「この将来確定系の禿げ!」


 カザハヤの叫びと共に、アシアンテはポケットに仕込んでいた布袋を取り出す。その中身を間髪入れずに、セバッテに向かって投げつけた。


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