第50話転移者と学生に銃を向ける
「なっ。これは、まさか火薬!」
セバッテはそんなことを危惧するが、残念ながら学生では火薬を手に入れられない。
アシアンテが投げつけたのは、ただの砂だった。視界を奪うために用意したものだが、相手は勝手に勘違いしてくれたようだ。その事実に、アシアンテは人知れず笑う。
カザハヤは火の気配がないことから、散らばったものが火薬ではないと判断したようだ。それでも目を潰される訳にはいかない彼は、この中で一番の戦力であるユアを視線に収めつつも目を庇おうとする。
「こっちに寄こせぇ!!
セバッテの手から、カザハヤはユアを奪い取った。魔法で身体能力が強化されたカザハヤとの単純な力比べは、現役の軍人であっても敵わない。
セバッテは、カザハヤとユアを再び視界に映そうとしたが、その背後を襲ったのはアシアンテだった。
「こっちは任せて!」
任せるといっても飛び掛かっただけだが、セバッテからしてみればアシアンテが武器を隠し持っているかもしれないと考えるのが普通だ。いくら実戦経験のない学生であっても、この距離まで近づかれたら無視はできない。
「おっし!さすがは、アシアンテのさくせ……」
カゼハヤが言い終わらない内に、破裂音が響いた。その音は、焚火に入れた栗がはじけ飛んだときの音に似ている。
「まったく。まさか学生相手に銃を使うなんてな。火薬じゃなくて魔法が発達したこっちの世界で銃を作らせるのは、かなりの手間だったんだぞ。まぁ、アイデアさえあれば作れるまで努力しちまう技術者がいなかったらどうにもならなかったんだけどな」
セバッテの手の中にあったのは、金属の塊だった。両手から少しはみ出る程度の大きさの鉄の塊が、耳をつんざくような破裂音をたてたらしい。
「なんだよ……あれ」
見たことのないものを握るセバッテに、カザハヤは焦りを覚えた。こんな状況で取り出してきたものが、セバッテの虎の子なのは間違いない。
「アシアンテ、あれはなんだ!」
カザハヤの叫び声に、アシアンテは答えなかった。アシアンテは、わき腹を抑えながら片膝をついていたのだ。わき腹からは違溢れ出ており、カザハヤは唖然とする。
「この武器は……音と一緒に石みたいなものを打ち出すらしい。こんな武器の存在なんて、初めて見た」
痛みに苦しむアシアンテの足元に、再び弾丸が撃ち込まれる。アシアンテとカザハヤは、その音に恐怖さえも感じた。
「くそっ、狙いが不確かだな。試作は重ねているんだが、この世界の技術力だとこれが限界なのか。まぁ、逆にいうならこれぐらいでも十分ってことなんだろうけどな」
セバッテは、カザハヤとユアに銃口を向ける。カザハヤは、大きな体を使ってユアに覆いかぶさった
それは、無意識の行動だった。
自分はユアを助けるためにやってきたのだから、最後までやり遂げなければならないと思っただけだ。
「苦しませて殺してやりたかったのに残念だよ。もっとも、主人公の邪魔をした敵役の最後なんてこんなもんだよな」
殺されるとカザハヤが覚悟した瞬間に、セバッテの身体に寄りかかった。
それは、男の死体だ。
見開かれた瞳は虚ろで、胴体に付着していた多量の血は乾き始めていた。
「ヒステ……。おい、なにをやってるんだ。どけろ!!」
ヒステと呼ばれた男の死体は、セバッテに蹴られようとも必要に彼にしがみついていた。セバッテの動きを明確に邪魔している動きである。
「こいつ、死んでる。まさか……人型を操るってことは、死体も操れるってことなのか!」
セバッテはユアを視界に収めようとするが、カザハヤの身体が視線を遮る。さらにヒステの死体までもが、セバッテを邪魔するのだ。
ヒステの身体を退けようとしたが、死んでいる人間にいくら銃弾を叩き込んでも動きが止まるはずもない。
「こんな隠し玉なんて知るか。こんなの認められるわけないだろ!魔法のチートがあって、知識のチートがあって,奴隷にだって惚れられて。この世界の主人公は、あきらかに俺だろうが!!」
叫ぶセバッテだったが、ヒステの死体に押し倒された。節くれだった死体の手が、セバッテの喉に絡みつく。セバッテは「ひっ!」と息を飲んだ。
「やめろ。俺は、異世界転移してきた主人公だぞ。お前らは悪役で、俺にあっという間に倒されるはずの存在で……」
ヒステの手に力が込められて、セバッテの言葉が止んだ。セバッテの身体が、ひっくり返された昆虫のようにバタついていた。
その光景は無様で滑稽で、戦いで命を失うという無様さをカザハヤは生まれて初めてさまざまと見たのだ。
やがて、ぱたりとセバッテの動きが止まった。
「死んだ……んだよな」とカザハヤが呟いた直後に、ごきっという音が響いた。その音が首の骨を折られた音だと理解するのに、カザハヤは随分と時間がかかった。
「怪我はないか?」
ユアの声がして、カザハヤは我にかえる。
「あっ……ああ。ない。全然ないから心配するな!」
早口になるカザハヤの頭を軽く叩くと、ユアはセバッテに乱された衣類を整えた。その様子を見ていたカザハヤは、自分が褒められたらしいという気が付く。
「ぎりぎりまで僕を守ったことは良い判断だったし、敵を前にして逃げないことも勇敢だった。お前は、良い軍人になれる。鍛錬を怠るなよ」
さっきまで何度も殴られていたとは思えない足取りで、ユアはアシアンテに駆け寄る。銃で撃たれたアシアンテの傷を確認し、自分の服を裂いて作った布で傷を強く抑えた。簡単な止血だ。
「急いでファレジを探さないとだな。しばらく痛むと思うが……ファレジならば完璧に治せる。その度胸と冷静な脳みそは、無駄死にさせない」
カザハヤにアシアンテの傷を抑えさせたユアは、無体を受けた体でファレジを探しに行こうとした。
「おい、お前は大丈夫なのかよ!」
カザハヤの言葉に、ユアは「心配するな」と返事を返した。痛みを全く感じていないユアの動きは、いっそ不気味だ。だが、その背中に安心のようなものを感じる。
痛みの感じないユアは、いつだって何事もないように振舞える。その振舞いが、戦場という非日常でどれだけの影響をもたらすか。
ハデアはそれに気が付いたからこそ、ユアを旗頭にした。
細く頼りない姿でありながらも、真っ直ぐな瞳で先を見つめ。乙女のように長い黒髪をなびかせながらも、常に勝利しか知らない顔をする。
そんなユアの姿が、戦場で兵士たちを鼓舞するとハデアは考えたのだ。そのたくらみが成功したように、カザハヤとセバッテもユアの姿に見入っていた。
「分隊長、ご無事でしたか!」
メレナーデの肩を貸しながら、リッテルがユアたちの姿を見つけた。その後ろでは、槍を杖代わりにしているファレジもいる。手ひどくやられた部下二人の姿を見たユアの眉が、ぴくりと動いた。
「そんなさまで戦えるのか。戦えないなら下がってろ。セバッテとヒステは、すでに殺しているが戦場に足手まといはいらない」
そんなことを言うユアの足元には、いつの間にか近づいていた犬が二匹臥せっていた。しばらくすると猪までやって来たので、メレナーデは体調が万全ではなくても魔法で戦えると言いたいらしい。
「いざというときに、私がいなければ危ない場面も多いだろう」
ファレジの言葉は正論だったので、ユアは息を吐く。そして、アシアンテにはファレジの魔法が必要であった。
「ファレジ、アシアンテが負傷した。僕を助けてくれて出来た傷だ。丁寧に介抱してくれ」
ユアが学生に助けたと聞いた部下たちは、呆然とする。学生が寮から抜け出すことは考えていたが、彼らがユアを助けるとは思わなかったのだ。
「分かった。腕によりをかけて治療する。分隊長の顔の怪我は後回しでもかまわないのだな」
ユアは、その判断に頷いた。見た目だけならばユアが殴られた傷も酷いが、後回しにしてもかまわない怪我である。それよりも、銃という未知の武器で怪我をしたアシアンテの治療の方を優先させる必要があった。
「あの男の変な鉄の塊に、バーンってやられたんだ!なんか銃って言ってたんだ!!銃で撃たれても治るのかよ!!」
カザハヤは大声でまくしたてるが、アシアンテは冷静だった。服をまくり上げてファレジに傷を見せ、おとなしく治療を受ける。
「見たことがない傷だ。後から、色々と聞くと思うがかまわないな?」
ファレジの言葉に、アシアンテは頷いた。
「セバッテは、僕に使った武器を銃って呼んでいました。口ぶりから火薬を使った武器みたいです」
アシアンテは撃たれたのにも関わらず、セバッテの言葉などを正確に記憶しているようだった。未知の武器の解析には非常に役に立つので、ありがたいとファレジは思ってしまう。だが、次の瞬間には学生が傷ついたのだという事実に胸を痛めた。
「本来ならば、私たちが君たちを守るべきだったのに。力がいたらなくてすまない」
実直なファレジの謝罪に対して、アシアンテは叱られると思っていただけに戸惑った。寮から勝手に抜け出したのはカザハヤとアシアンテであったし、セバッテに勝つことが出来たのだって彼の油断があったからだ。
アシアンテたちが現れた時点でセバッテが銃を使っていたら、全員が殺されていただろう。
「そうだ……。ユアを見てください。かなりの暴行を受けてるはずです。僕たちは遠目で見ていただけだけど肋骨ぐらいは折れているかも」
アシアンテの言葉に、ファレジはユアたちを探した。
「分隊長!!なんで、下半身が血塗れなんですか!!」
リッテルの叫び声が聞こえてきたので、その方向を見る。ズボンを血で真っ赤に染めたユアの姿にリッテルが青くなっており、メレナーデはセバッテの死体に力いっぱい蹴りを入れているところだった。
「ちょっと性的な暴行を受けてな。恐らく幹部が避けているから、ファレジに治療してもらおうと思っていたんだ」
ユアはなんてことないように言うが、ファレジはメレナーデに混ざってセバッテの死体の頭を踏みつぶした。
痛みがないユアだが、尊厳はある。その尊厳を踏みつぶしたセバッテを許してはおけなかったのだ。
自分が天に召されたら、死んだセバッテをもう一度殺そうとファレジは誓った。軍人なんてものは最初から地獄に落ちることが決まっているのだから、ユアに無体を働いた人間をあの世で殺すことに何のためらいも感じない。
「治療を開始する。それと、しばらくはユアを学園から遠ざける。いくらハデア隊長が文句を言っても、これは守らせるからな!」
憤怒の形相のままで、ファレジはユアのズボンを脱がせようとした。それに慌てたのは、リッテルだ。
「この場所で脱がせるな。他の生徒の眼もあるし、セクハラになる!!」
ファレジは「そんなものかと知るか」とばかりにユアのズボンを下げようとするが、リッテルも負けていない。そんなことをやっている内に、ユアの魔力が底をついた。糸が切れたマリオネットは地面に沈み、慌てたリッテルがユアを拾い上げる。
「治療は室内に戻ってから!それまでは、ユアには指一本触らせないからな。ここは戦場じゃないんだから、少しは余裕をもって……」
リッテルの腕の中にあっても、ファレジはユアのズボンを脱がそうとしていた。
「いい加減にしてくれよ、ファレジの旦那!!」
「うるさい。こんな傷は早く治してしまうに限る。そして、少し別の場所で休ませる。心因性の傷を受けていたらと思うと……」
リッテルとて、ファレジの言いたいことは分かるのだ。客観的に見て、ユアに必要なのは現場を離れての休息だ。
ユア本人に自覚はないだろうが、敵に恥ずかしめを受けた経験は引きづってしまうことが多い。だからこそ、素早い治療が必要だった。
「でも、旦那の方法は傷に塩を塗っているだけだから。お願いだから、室内でやってくれぇ!!」
リッテルの叫び声が響くなかで、メレナーデは未だにセバッテの死体を蹴っている。死んでもセバッテを許す気のない彼女は、止めなければずっと死体を蹴り続けているだろう。
ユアの部下の面々を見ていたカザハヤとアシアンテは、顔を見合わせた。
軍人という身分を隠して学園に潜んでいたはずの同級生は、とっても過保護に守られている。それこそ、カザハヤとアシアンテが呆然としてしまうぐらいには。
「アシアンテ!」
ユアに名前を呼ばれたアシアンテは、どきりとした。一体何を言われるのか分からず、周囲をきょろきょろと見渡してしまう。
「……その……前髪のことは悪かった」
リッテルの腕の中での呟かれたユアの謝罪に、アシアンテは言葉を失った。そして、伸びたことによって切られた形跡がなくなってしまった前髪に触れる。
「なんで、今更になって謝るの?」
よく分からなかったが、ユアなりに罪悪感を抱えていたらしい。
おかしな同級生だなぁ、とアシアンテはため息をついた。
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