第48話学生は作戦を考えた
「あれって、やばいだろ!」
身を隠しているカザハヤがうるさかったので、アシアンテは無言で友人の足を踏んだ。敵に見つからないように隠れているのに、カザハヤの大声では台無しになってしまう。
アシアンテたちは、ユアと彼の敵らしい男の様子をうかがっていた。カザハヤの記憶が確かならば、あの男はセバッテという名前の人物らしい。寮の廊下で火の魔法を使った魔法使いが、彼の名前を口にしたのだという。
そのセバッテという男は、ユアに馬乗りになっていた。その首に手をかけており、どう見たって殺そうとしている様子である。
カザハヤは最強の軍人なんてものを目指しているが、炎の魔法使いを目の前にして脚が竦んでしまった。その不名誉を弁解したいで気持ちで、いっぱいだったのだ。
それに、ユアを助けに行くというのが正しい選択なのはずだ。ユアの味方は近くにはいないようだし、自由に動けるのは寮を抜け出してきたカザハヤとアシアンテしかいない。倉庫で訓練に使う槍だって引っ張りだしてきたのだし、自分たちは戦力になるはずだとカザハヤは自分を鼓舞する。
「勝手に突っ走らないでね。ユアが本物の軍人で、その本職が負けているのに学生がどうにかしようなんて無理な話なんだから」
アシアンテは、努めて冷静でいようとした。恐怖や混乱は、カザハヤよりも感じている自覚がある。だが、ここでアシアンテが自棄になればカザハヤは暴走するだろう。それは、避けなければならない。
自分たちの身の安全を一番に考えるのならば、このまま隠れているべきだろう。学校側もそれを望んで、生徒たちには寮の部屋を出るなと言明している。
なのに、カザハヤはユアたちの戦いを見たいと言った。
本物の軍人の戦いが、自分の将来のためになりと思ったのだろう。だが、今は無謀にもカザハヤはユアを助けたいと言う。
「友人を信じてみろって言葉は、ここでは無効なんだろうな……。当たり前だけど」
このような場面にアシアンテが出くわすなどは、伯父だって想像はしていないだろう。そして、伯父ならばこう言うはずだ「こういう時は友達を信じずに、自分の判断を信じろ」と。あるいは「素人は隠れていろ」だろうか。
アシアンテは、焦れているカザハヤを見る。そして、ユアの方を見た。
彼の味方は、まだ来ない。このまま放っておくことが危ないことは、アシアンテにだって分かった。
ユアは、おかしな生徒だった。アシアンテの前髪を勝手に切ったのが出会いなのだから笑うしかない。そういえば、あの前髪切断事件の件での謝罪はなかったような気がする。
それが気にならないぐらいには、ユアはカザハヤの次にアシアンテにとっては身近な人間になった。
「カザハヤ、生まれて初めて君を信じてもいいかな」
アシアンテの言葉に、カザハヤは目を丸くする。そして、一瞬だけ難しい顔をした。なにかを考えているのは一瞬だけで、カザハヤは無言でアシアンテの頭を小突いた。
「今まで俺のことを信じてなかったっていう戯言は、これで許してやる。そんでもって、これからは俺のことを信じて疑うなよ」
さっぱりとしたカザハヤらしい返答に、アシアンテは決意を決める。カザハヤを信じて、彼に全てを託すことを決めた。
「ユアのところまで、カザハヤは走れ。それでもって、ユアとセバッテを離すんだ。そうすれば、ユアの勝機はあると思う」
真剣な顔をするアシアンテだが、カザハヤには勝機の確勝にいたる理由が分からない。
アシアンテは確証がないことは言わないし、やらない。そんなアシアンテがユアに勝機があるというのだから、カザハヤとしては「そうなのだろう」としか思わない。けれども、確証にいたる理由は知りたいと思った。
「僕の魔法は『相手の魔法の効果が見える』っていうものだ。だから、ユアとセバッテの魔法も見える」
魔法使いは、周囲に魔法の効果を出来る限りは秘匿する。それに従って、アシアンテも魔法の効果を秘密にしていた。
カザハヤ相手にも秘密にするのは良心が少しばかり痛んだが、彼がアシアンテの魔法の効果を黙っていられるかの確証が得られなかった。自分の魔法の秘匿すらできないカザハヤが、他人の秘密を守るとは思えない。
「セバッテの魔法は『視界にはいった相手の魔法の効果を無効化できる』っていうものらしい。この魔法は、セバッテの視界にユアが入っていることも発動の条件だ。カザハヤがセバッテの視界をふさぐとかをすれば、ユアに対する魔力の無効化は解ける」
あとは、ユアが何とかしてくれると願うしかない。
セバッテも戦いなれている人間のはずだ。学生のカザハヤでは、真正面から挑んでも勝ち目はないだろう。だからこそ、ユアを助けて彼に賭けるしかなかった。
「じゃあ、俺がセバッテの視界をふさいで……。どうやって近づくんだよ」
セバッテの視界に入れば魔法が無効化されるのならば、彼の後方から近づくのが効果的だ。だが、さすがに相手も自分の弱点は分かっているらしく、彼の背後にあるのは学園を守る塀である。
あれでは、セバッテの背後をつくのは難しいだろう。さらに場所取りも絶妙で、どこから攻めてもユアと共にセバッテの視界に入ってしまう。そうなれば、ユアと同時にセバッテの魔法の餌食になるだろう。
自棄になって真正面から戦いを挑もうとカザハヤは言い出しそうだったが、それは一番まずい。カザハヤの魔法は、単純な身体の強化だ。セバッテに、すぐに見破られるだろう。
「カザハヤが、槍の授業の妨害をしたから自信ないんだよな……」
アシアンテは、持ち出した木製の槍を手に取った。大きなため息をついてしまったのは、自分の実力を信じきれないからだ。
「方法があるなら、やるしかないだろ。人の命がかかっているなら尚更だ」
カザハヤの真っ直ぐな言葉に、アシアンテは苦笑いを漏らす。腹芸が出来ないカザハヤの言葉は、いつだって自分の気持ちに正直だ。アシアンテがあきらめるという選択をすることは許さないだろう。
「作戦は、ものすごく単純だ。僕が囮になる」
カザハヤは、目を見開いた。アシアンテは、自分で後衛タイプの魔法使いであると言った。普通ならば、敵とは直接戦わない。
「ファレジ先生の後衛も武器の扱い方には馴れるようにっていう授業は、正しかったんだな」
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