第7話操り人形に出会ってしまった女(メレナーデ)
メレナーデは、かつては自分の部隊を率いる分隊長だった。少人数で動き、主要人物の暗殺を主な仕事としていたのだ。
己の有能さで、メレナーデは数々の成功を収めていく。そうやって名声を高めていって、軍の中でメレナーデの名は有名になっていった。
だが、その一方でメレナーデの部隊は死亡率が高かった。メレナーデは、自分についてこれない部下を冷淡に切り捨てていったのだ。
戦場で弱者はいらないという考えは、ある種の正義ではある。だが、切り捨てすぎていれば、部下との間にある絆は崩壊してしまう。いや、そもそも絆を結ぶことすら出来なくなる。
そこにあるのは、互いを利用しあうだけの冷たい関係だ。
生死を仲間に預けることが多い戦場では、その冷たい関係が命取りになることも多い。
ある時、メレナーデは暗殺に失敗した。敵を前にして自分の魔法が発動せず、彼女はか弱い女に戻ってしまったのだ。
フォローをしてくれるはずの部下たちは、部隊の最大戦力であるメレナーデが拘束された時点で逃げ出した。魔法を取り上げられて無力化されたのにも関わらず、メレナーデ味方はいなかったのだ。
どうして、魔法が発動しないのか。当時のメレナーデは理解できなかった。
冷静になれば、理由は簡単である。
敵が、相手の魔法を無力化する魔法使いだった。それだけだ。
それだけで、全面的に魔法に頼らなければならなかったメレナーデの敗北は決定した。メレナーデは女性であり、男性よりも肉体は弱い。
故に、彼女は魔法を取り上げられてしまえば、前線を戦う軍人としては役立たずだった。だからこそ、メレナーデは誰よりの魔法の鍛錬を積んでいた。女の体の弱さを受け入れて、魔法だけを学んできたのだ。
「あんたの魔法は強力かもしれないが、それに頼りきりだ。こんなふうに相性の悪い魔法使いに会えば、あっという間に無力化されるからな」
魔法を無力化させる魔法使いは、セバッテという名だった。知られていないが、特殊な経歴を持つ軍人である。
ある日、突如として戦場に現れた魔法使い。セバッテは、彼の自軍ではそのように知られていた。発見された当初は見慣れない衣服を身に着けていたが、出身国などは全くの不明。本名の響きや綴りにも彼の出生に繋がるような手がかりはなし。
そのくせに高い教養を身につけていたセバッテは、自分を異世界からやってきたと語る狂人でもある。
メレナーデは、そんなセバッテの魔法の内容を知らなかった。
大抵の魔法使いはそうであるが、魔法使いは自信の魔法の効果を出来るだけ秘匿する。魔法は、一人に一つ。
場合によっては魔法の効果を知られるだけで、対策を練られて無力化されてしまう場合もある。だからこそ、魔法使いにとって魔法の情報漏洩は命取りになってしまうのだ。
メレナーデは、セバッテの能力も知らずに玉砕してしまった。
「女の魔法使いって言うのは、良いんだよな。あいつら女のくせに戦うことが好きだから、体をよく鍛えている。胸は小さいが、引き締まった体がたまらねぇ。一番良いのは、並みの男ぐらいに戦えるっていう勘違いのプライドだな。魔法を取り上げたら、可愛いだけの女だ」
味方は誰も助けにきてくれず、メレナーデは一人でセバッテの隠れ家で拘束された。そのとき感じた感情は、絶望しかなかった。
戦場で女が捕まれば、どうなるかは知っていた。軍で戦うことを決めた時から、何度も説明を受けたことだ。
メレナーデには、それが他人事のように思えていた。むしろ、被害者の女性たちの敵討ちをするつもりですらあった。自分は絶対に負けないと考えていたのだ。
なのに、今の状況はメレナーデの予想とは違っていた。
自分は魔法を取り上げられて、弱い女になってしまった。他人事だと思っていた恐怖が、彼女を襲う。身体の震えが止まらず、我慢しているはずなのに無意識に涙がこぼれていった。
「心配するなって。俺が満足してから殺すからな」
セバッテのた熊しい腕が、自由を奪われたメレナーデの服を破く。刃物を使うわけでもなく素手で衣服を破ったのは、メレナーデに力の差を見せつけるためであろう。己の男としての力強さを見せつけて、女であるメレナーデの恐怖を増幅させようとしていたのだ。
「ああ……良いカラダだ。久々のご馳走だな」
セバッテのぬめる舌が、セレナーデの首筋を舐めようとしていた。
その時であった。
セバッテが、殴り飛ばされたのだ。目の前で男が消えたことに、セレナーデは呆然としてしまった。何が起こったのか分からず、自分は何も知らないうちに死んだのではないかと思ったほどだ。
「お前みたいな男がなんと言われるかを知ってるか。……下劣って言うんだ」
セバッテの隠れ家に現れたのは、長い黒髪の少年だった。メレナーデと同じ軍服姿だが、信じられないほどの幼さだった。手に持ったジャックナイフがなければ、地元の子供が遊びで軍服を着ているように見えたであろう。
その少年の名前だけは、メレナーデも知っている。自分よりも遥かに多くの武勲を上げ続けている少年の名前は、軍の中では神格化さえもしていた。
彼の名前は、ユア。
「てめぇ、誰だ!!入り口には、部下を二人も置いていたはずだぞ!あいつらは、どうした!!」
怒鳴るセバッテに対して、ユアは冷徹な声で答える。
「入口にいた人間には、眠ってもらった」
メレナーデは、ユアが魔法使いであると気がついていた。ほっそりとしたユアが、いとも簡単にセバッテを殴り飛ばしたからである。
セバッテの体格はがっしりしており、普通に考えればユアが殴り飛ばすのは無理があるだろう。だが、身体強化系の魔法使いであれば、それすら簡単に実行してしまう。
魔法使いは、この時代の最大の兵器だ。彼らは常人がいくら剣の修行をしようとも、易々とそれを超えてしまう。
メレナーデだって、その恩恵を甘受してきた。女性であるメレナーデが軍のなかで出世したのは、彼女が魔法使いだったからだ。
彼女の魔法の前では、男だろうが剣の達人だろうが関係がない。彼女が操る獣たちに食われるだけである。だからこそ、メレナーデは自分の魔法に絶対の自信を持っていたのだ。
その魔法が打ち砕かれた時に、メレナーデの魔法使いとしてのプライドも砕けてしまった。
そんなときに現れたユアは、メレナーデとってはまさに英雄だった。
ユアは人間とは思えぬ素早さを発揮し、セバッテの太い首にジャックナイフを突き付けた。セバッテも腰につけていたナイフを抜くが、ユアの動きの方が圧倒的に早い。
「てめぇ、お前の魔法も無力化してやろうか!」
セバッテの言葉に、ユアは明らかな動揺を見せた。子供らしい大きな瞳が一瞬だけ不安で揺らぎ、それを見逃さなかったセバッテはにやりと笑う。
「てめぇの魔法は、身体強化だ!」
セバッテの叫び声が響き渡るが、いつまで経っても魔法は発動しない。ユアはセバッテの首筋にジャックナイフを突き付けながら、周囲を確認する。だが、何かが起こった気配はない。
セバッテは魔法を発動していない。あるいは、発動できていなかった。ユアには、相手の魔法を妨害するような手段はない。ということは、セバッテの魔法は何らかの理由があって発動できなかったのである。
「くそっ、お前の魔法は身体強化じゃないのか!なんだ、なんなんだ!!てめぇは、なんなんだ!!」
セバッテの叫び声に、ユアは静かに答える。
「僕は、ハデア隊長のマリオネット――ユアだ」
その名前を聞いたセバッテは、忌々しそうにユアを睨んだ。セバッテも、ユアの名前を知っていた。
敵軍において、そこにいるだけで士気を上げるという英雄。年若い少年でありながらも暗殺でも正々堂々とした戦いであっても成果をあげるという奇跡の存在。
そして、たった一人の隊長の手駒でしかない人形。
それが、セバッテが知っているユアという少年の全てだった。
「……お前の魔法は、かなりシビアな発動条件があるようだな」
ユアの言葉に、セバッテは舌打ちをした。セバッテはユアを睨みつけ、未だに彼の魔法を見極めようとしていた。
「ご高名なお人形の魔法は、身体強化ではないってわけか」
セバッテの言葉に、ユアは笑った。その酷薄な笑みは、彼のような年齢の子供が見せていいようなものではなかった。
その笑みに、セバッテの背筋が冷えた。
ユアは、人を殺すということを何とも思っていない。むしろ、どうして悪いことなのかも理解していない。敵を殺すことに躊躇しないユアは、まさに作られてしまった兵器というに相応しい。
「くそ、離せ。離せよ!俺は、異世界からやってきた転移者なんだ。このチート魔法で成り上がるんだよ。こんなところで、殺されるわけないだろ!!」
セバッテの言葉は、ユアには理解できないものだった。ただの兵隊の思い上がりだろうと判断したユアは、セバッテを殺そうとする。
ユアが殺人という罪を犯そうとしている瞬間に、メレナーデ――美しい英雄を見た。
研ぎ澄まされ、磨かれ、整えられてしまった英雄。その計算されて作られた人工的な美と攻撃性に、メレナーデは自分が求める幻を見た。
「残念だったな。お前が何者かは知らないが、ここで死んでもらう」
セバッテは、喉を引き裂かれる恐怖を感じながらも最後の叫び声をあげる。
「ちくしょう!てめぇ、次に生まれ変わったら殺してやる。いや、徹底的に屈辱を味わあわせるために犯してから、命乞いするお前を殺してやる。今から、その時を楽しみになってろ!!」
セバッテの首が引き裂かれ、血が噴水のように吹き出る。メレナーデは、血に染まるユアの姿を見ていた。その姿に心酔していた。
「分隊長、この男は生け捕りにしろと命令が変更されました!!」
その叫び声と共に、ファレジが血に染まるセバッテに手をかざした。抹殺対象から捕縛対象へと変化した男の傷がふさがったことに、ファレジはほっとした顔を見せた。
セバッテに捕らえられ恥辱を受けるはずだったメレナーデは、なにごともなく無事に保護された。敵に捕まった軍人しかも女性が無傷で帰ってくることなどほとんどなく、周囲はそれに驚くことになる。
メレナーデ救出は、ユアの評判をさらに上げる。そして同時に、メレナーデの心さえも奪っていった。メレナーデとて、大人の女性である。幼いユアに対し、普通ならば恋心を抱くことはない。精々、弟として可愛がる程度であろう。
だが、メレナーデの心は暴走していた。
大暴走していた。
幼いユアに対して、平等な立ち位置に立つような恋心はさすがに持たなかった。彼女の心にあったのは、もっと厄介なものだった。それは、信仰心だ。
メレナーデは、ユアのことを神と崇めていたのである。
分隊長の職から離れることになったメレナーデは、普通であったのならばかなりの精神的なショックを受けるはずだった。敵に捕らえられて、暴力にさらされて、任務失敗の責任を問われたのだ。
様々なことに苛まれるのが普通のはずなのに、メレナーデの心は軽かった。自分が崇めるべき存在に気が付き、それを追いかけることに夢中になっていたからである。
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