第20話歪んでしまっていた子供(リッテル)
定期的にユアの元には、軍人がやってきた。
彼らはユアを鍛えるために来るらしく、やってくるたびにユアと模擬戦を繰り返した。
ユアの魔法は身体強化系のものらしく、魔法を使用した彼は大人と互角に渡り合っていたのだ。ユアは膨大の魔力を持っており、このまま成長すればハデアの望む通りの操り人形が完成するだろう。
ハデアの意思に沿って、人を屠っていくマリオネット。
今は、その練習をしているのだ。軍人と組み合って技を盗み、いつかの人殺しに備えている。リッテルにとっては、ユアの訓練の時間が一番虚しかった。
教育は、子供の人生を良くするためのものである。
しかし、ハデアが施そうとしている教育は間違いなくユアを不幸にする。
「気に食わないようだな」
リッテルに話かけたのは、ハデアよりも年嵩の軍人だった。ユアの相手をする軍人は入れ代わり激しいが、彼だけは毎回やってきている。鍛え上げられた肉体を持つ大柄な男で、叩き上げの軍人らしさがあった。
彼が毎回やってきていた理由は明白だ。
彼は、回復を得意とする魔法使いだった。模擬戦で傷ついたユアや軍人を癒す役割を担っている。
「顔は何度も合わせているが、喋るのは初めてだったな。私はファレジ。普段は衛生兵をしている」
ファレジは、リッテルに手を差し出した。
ユアに人殺しの技術を学ばせようとしている一派のファレジには、良い印象を持たなかった。だが、挨拶を無視するほどリッテルは子供ではない。
ファレジの手を握り返せば、彼は好感の持てる笑顔を作る。素朴な笑顔は、田舎のおじさんというふうだ。この笑顔なら軍人よりも農場が似合いそうだった。
「いつもユアが世話になっている。あの子は、元気にやっているか?」
今更になってユアのことを聞くのかとリッテルは眉間に皺を寄せる。何度も顔を合わせいるのだから、ファレジは一番最初にユアのことを聞くべきだったのだったのだ。
「元気だ。すごく元気だ。モリモリ食べるし、こうやって運動もしてる。勉強もしっかりやって、そろそろ高等学校の分まで進む。非の打ちどころもない良い子だよ」
皮肉気に伝えてやれば、ファレジは安心したように目を和ませた。その様子が息子を褒められた父親のようで、リッテルは毒気を抜かれてしまう。
「ユアは色々とため込むタイプだから、よく見てやってくれ。ちなみにストレスが限界だと吐くから、そこだけ気を付けてもらえれば何とかなる。吐いたら、その環境から出来る限り遠ざけるのが良いな。そうでないと無理をしすぎる」
ファレジは、思いのほかユアに詳しかった。リッテルはユアが吐いているところなど見たことがないし、その対処法も知らない。
「ユアとの付き合いって長いのか?」
リッテルは何の気ないふうを装って、ファレジに尋ねてみる。
「ユアが五才ぐらいからの付き合いだ。最初は、ハデア隊長に頼まれてユア専任の看護師のような仕事をしていた。一人で動けるようになってからは、その任は解かれたが」
ユアは、幼い頃は病院にいたと言っていた。ファレジは、その頃からの付き合いらしい。ならば、ファレジがユアに息子のような愛情を持っているのも納得ができる。
「小さい頃のユアは、体が弱かったのかよ。今は、そういうふうには見えないけど」
現在のユアは、健康体だ。若干不自然な場面はあったが、それが原因で入院していたとは考えにくい。ユアの肉体は、入院しても治るものではないだろう。
「……知らなかったのか。いや、ハデア隊長からは聞かされてないのか。ユアも話してはいないのか?」
ファレジは、酷く驚いていた。
リッテルは、ため息をつく。
「なんというか、気が付いていますよ。ユアには痛覚がないんでしょう。だから、大人相手だって殴り合える。包丁で指を切ったこともあったけど、怪我をしたことも気が付いていなかった」
一緒に生活をしていれば、ユアのおかしな点は山のように見つかった。
怪我をしても気づかないし、触られていても気が付かない時がある。スープの温度すらも分からない。痛覚がないのは、火を見るより明らかだった。もしかしたら、味覚さえもないかもしれない。
「あっ、いや。そっちじゃない」
ファレジは顔の前で「違う」とばかりに手を振った。ファレジは軍人らしいたくましい体つきだったので、その仕草が意外なほどひょうきんに思えた。
「そうか……知らなかったか」
あのな、とファレジが口を開こうとした。その瞬間に、悲鳴が響き渡る。ファレジとリッテルがそろって悲鳴があがった方向を見れば、ユアが模擬戦相手の腕をひねり上げていた。相手の肩は外れており、足もおかしな方向に曲がっている。
「ユア、止めろ。離すんだ!!」
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