第23話槍の授業のお手本は分隊長をご指名です


 学園の広々とした校庭で、ファレジは生徒たちを整列させていた。


 メレナーデの授業以降は行われていない屋外での授業のせいなのだろうか。生徒たちは沸き立っている。大抵の学生は屋外が大好きなので、興奮するのも無理はないだろう。


 リッテルは苦笑しながらも、ファレジの授業を見守っていた。経験豊富なファレジがメレナーデのような暴走した授業をするとは思えなかったが、教員免許を持った人間として見守ることは義務だ。


「今日は、武器の取り扱いを学んでもらう。魔法使いに武器に不要と考える人間も多いが、実際のところは必要になる場面が多い。私のような完全な後方支援型の魔法使いは、ほぼ必須と言っていい」


 ファレジは、握っていた槍を振るう。


 空を切り裂く音を立てる槍は、子供が棒を振り回す様子とはまるで違った。何年も鍛錬を重ねた鋭さが、槍裁きからも見て取れる。


 リッテルたちとは違って、ファレジの魔法は他者の回復である。


 魔法は一人一つだが、人によっては二つの効力が同時に発動する者も存在する。その場合も魔法は一つとカウントされるのが普通だ。ファレジの回復の魔法は自分には恩恵がない魔法であり、同時に発動する別の効果もない。


 そのため、身を守るには仲間の協力と自身の鍛錬が必須なのだ。


「戦場では魔法使いが重宝されるが、兵士の全てが魔法使いではない。だから、武器で退けることも可能だ。それが出来なければ、前衛に負担をかける。前衛の魔法使いも同じだ。いくら攻撃的な魔法を使えても、体術や体力が不十分ならばお荷物でしかない」


 鍛えろ、とファレジは言った。


「仲間のためにも自分のためにも体を鍛えろ。頭脳を鍛えろ。それらが、お前たちの命綱になる日がくる」


 武人らしいファレジの言葉に、生徒たちに緊張が走る。良い意味でも悪い意味でも気が抜けた学園生活において、ファレジの言葉は緊張感をもたらした。


「というわけで、今から訓練用の槍を配る。まずは、私と誰かが模擬戦をする形で見本を見せよう。分隊ちょ……いや、ユア君」


 リッテルは、頭を抱える。ファレジはいつもの癖で、ユアを分隊長と呼びそうになった。しかも、見本の模擬戦の相手にユアを指名してしまっている。


 これには、ユアもむっとしていた。この授業についても、ユアは出来ない生徒を演じるつもりだったらしい。


 訓練用の槍を使った練習といっても、魔法が発動できない体裁を装うのとはわけが違う。自分だけで出来ない事を装うことは簡単だ。


 結局のところ、それは独り相撲でしかないからである。だが、相手がいるならば出来る限りは合わせなければならない。それ故に、手加減はかなり難しいのだ。


「……先生、風邪気味なので見学してる」


 ぞんざいな言い訳で、ユアは見本を辞退しようとしていた。ただでさえもカザハヤたちに色々と目撃されているのだ。これ以上の失態は防ぎたいのだろう。


 ユアがそうやって授業を見学しようとしていると声が上がった。カザハヤだった。


「先生、そいつは強いんで大丈夫。というか、そいつと俺が見本になる!」

 

 カザハヤは、ユアを指さして声高らかに宣言した。カザハヤの隣にいるアシアンテは、頭が痛いと言いたげに額を抑えている。


「俺は、槍の使い方も剣の使い方も練習している。そいつだって、絶対に出来るはずだ。それを証明してやる!」


 カザハヤは意気込んでいるが、彼以外の生徒は「面倒くさい」という顔をしていた。学校が始まって随分と経っており、それぞれの生徒の立ち位置も決まってきた。


 カザハヤは、クラスで面倒くさい奴と認識されているらしい。自分よりも優れている人間がいれば、その分野で勝負を挑むのだから仕方がないだろう。


 ちなみに、カザハヤの成績は平均の上という程度だ。努力はしているが上位には食い込めない生徒というのが、教師としてのリッテルの印象だった。


 しかし、勉学はともかく運動神経は悪くはないようである。魔法が関わる模擬戦に限って言えば、中々に優秀な成績を出している。


 もっとも、そんなことは他の生徒からしたら知ったものではない。自分より優秀だからという理由で勝負を挑まれるのは迷惑極まりない。


 学問に関しては今のところ小テストなどで点数を張り合う程度なので見逃しているが、本格的に他の生徒の邪魔をするようになったら苦言が必要になってくるだろう。


 カザハヤの行動は本人の競争心から来ているところもあるので、リッテルとしてはあまり口出しをしたくはないのだが。


「……ごめんなさい。ちょっとだけでもいいから、手合わせしてもらっても良いですか。これでもカザハヤ語で『ユア君と手合わせしたくて仕方がないので、先生にはご尽力をお願いします。ユア君も正々堂々と戦いましょう』と言っているので」


 アシアンテは、カザハヤの味方のようだ。この二人の関係性は、普段から変わらない。クラスから孤立しがちのカザハヤにとって、アシアンテは唯一の友人であった。


「次は絶対に勝つからな!この前の俺だと思うなよ。すごい修行をして、お前を超えてやったんだからな」


 カザハヤは、そう意気込む。


 ユアとの戦力差は、少しの努力では埋まらない。カザハヤには、それがまだ分からないようだ。


「……カザハヤ語で『頑張ったので、努力の成果を見てください』と言ってます。僕だって止めたいんですよ。だって、確実に負けるし」


 アシアンテの方は、ユアの実力が常軌を逸していると気が付いているようだ。カザハヤには可哀そうだが、アシアンテの方が魔法使いとしても軍人としても才能がある。


「……ユア君は、風邪気味でも授業に参加できそうか?」


 ファレジは、ユアに最終決定権を委ねた。投げ出したと言った方が正しいのかもしれない。


「逃げるなよ。逃げたら、この世の果てまで追いかけるからな!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐカザハヤから、ユアは顔を背ける。出来れば相手をしたくないという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。それでも誰も助け舟を出さないのは、カザハヤの面倒くさい性格を全員が知っているからだ。


「生徒同士で見本というのもなんだから、俺とファレジ先生で見本を見せるって」


 これ以上は、ユアにも負担になるだろう。そう判断したリッテルは、自らが見本になると申し出た。


「ダメだ、俺とユアでやる。やるったら、やる!勝負だ!!」


 カザハヤは、駄々っ子のようになっている。


 この場にいる全員の気持ちが「面倒くさい」という言葉の元で一つになった。


「……分かった。これっきりだからな」


 ユアが譲歩し、カザハヤと槍の使い方の見本になることが決定した。自分に配られた槍を何度か握って、ユアは武器の具合を確かめる。顔をしかめているのは、訓練用の木製の槍の軽さに違和感を覚えているからだろう。


「絶対に勝つからな」


 カザハヤも槍を握っており、その姿は思ったよりも様になっている。使い方を習ったというのは嘘ではないらしい。しかも、齧った程度ではなさそうだ。


 ユアとカザハヤは、生徒の前に出て互いに一礼を交わす。


 見た目だけならば、カザハヤが有利だろうか。ユアは痩身で、一方でカザハヤの体格はたくましい。同学年のはずなのに、カザハヤの方が年上に思えるほどだ。


「では、はじめ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る