第24話手加減をすることだけは許さない



 ファレジの合図で、ユアとカザハヤが槍を互いにぶつけ合う。木製の槍は無骨な音をたて、二人の学生の荒々しさを表現する。


 いや、荒々しいのはカザハヤだけかもしれない。カザハヤはやる気を燃え滾らせるように、槍に自分の感情を乗せている。そのせいもあって、槍の動きが荒いのだ。


 一方で、ユアの槍裁きは流れるようだ。自分からは攻め込まないが、カザハヤの攻撃を全て受け流している。生徒たちの眼には、カザハヤが一方的にユアのことを攻めているように見えるかもしれない。


 だが、実際のところはユアに攻撃させてもらっているにすぎない。カザハヤが攻め入る場所は、全てユアが意識的に作った隙だ。カザハヤの動きは、ユアに完璧に操られてしまっている。


「カザハヤか。もったいないな。……もうちょっと練習して、もうちょっと冷静になれば」


 槍という武器を上手く扱えるようになるだろう、とリッテルは呟く。肉体は十分に鍛えているし、意気込みは十分。


 だが、やる気が空回りしている。カザハヤという生徒は、つくづく残念な生徒だ。


「精神面での改善が必要だけど……。さて、どうやって教えていくか」


 リッテルがそんなことを悩んでいる間にも、ユアとカザハヤの見本となる槍の戦いは続いている。ユアが手加減しているところはあまり見たことがなかったが、リッテルが見ている限りではカザハヤに合わせることが出来ていた。


 今までユアは他人に教えを乞うことや実力を高めあう目的の模擬戦しか行ったことがなかったが、今後は他者に教える立場にもなれるかもしれない。


 無論、生徒相手ではなく基礎がしっかりできている軍人相手ならの話だが。リッテルたちはユアが部下を育てる立場になることを想定していなかったが、子供の成長は嬉しいものがある。それが、予想外のものならば尚更だ。


 やがて、ユアは槍から手を離した。


 一応は、カザハヤが強く槍を叩きつけた瞬間に手放している。見学していた生徒からしてみたら、カザハヤがユアの槍を叩き落したように見えただろう。


「まいった」


 ユアは、悔しくなさそうな顔で両手を上げて見せた。


 ユアに勝ったはずなのに、カザハヤは目を丸くしていた。ユアが槍から手を離した瞬間に力が抜けたせいで、自分の勝利が譲られたものであると察したのだろう。カザハヤにも、それぐらいの実力はあるようだ。


 リッテルが見守っているなかで、カザハヤの表情が憤怒に染まっていく。ユアに手を抜かれたことが分かって激情に駆られているようだが、さすがに授業中に爆発することはないはずだ。


 一方で、生徒たちは見本になったカザハヤとユアに拍手を送っていた。生徒たちはカザハヤを見直したとばかりに、彼は褒めたたえる。しかし、カザハヤの表情は相変わらず怒りに染まっていた。


「それでは、まずは二手に分かれて――」


 ファレジが、何事もなく授業を進めようとした。そのとき、カザハヤの大声が響く。


「認めない。今、思いっきり手を抜いただろ!!」


 カザハヤの糾弾に、その場にいた全員が驚いた。そして、そろって嫌な顔をする。


 理由はそれぞれだが、もはや誰もがカザハヤの行動に苛立ちを覚えていた。彼の授業の妨害に対して嫌気がさしていたのだ。やる気があるのは良いことなのだが、授業はカザハヤ一人のものではない。生徒全員のものである。


「俺は認めないからな。これが、お前の実力なんて認めない。お前はもっと強いはずだ。もう一度、勝負しろ!!」


 怒鳴るカザハヤに、さすがのユアの堪忍袋の緒が切れたらしい。ユアは練習用の槍を回転させる。


 ただ槍を振り回すだけの手慰みともいえる光景なのに、それは目を離すことができない美麗さがあった。戦うためではなく、魅せるための演武を前にしているような感覚である。その美しさに生徒たちは意識を奪われていた。


 次の瞬間に、ユアの槍の動きが変わった。演技を魅せるものから、命を奪う鋭い動きに変化する。


 気が付いた時には、ユアの槍の先はカザハヤの喉元に向けられていた。ほんの僅かでもユアが動けば、槍はカザハヤの喉を突き刺していたことであろう。


 訓練用の槍は木材で作られ、槍先も丸められている。よっぽどの力で突かなければ、人の喉を突き破ることは出来ない。ただし、よっぽどの力を込めたとき、木の棒であっても喉を突き破ることが出来るのだ。


「おまっ……。やっぱり、実力を隠してやがったな!!」


 天と地ほどある実力差を見せつけられながらも負けん気を発揮するのは、さすがとしか言いようがない。カザハヤの眼には、未だに燃え尽きない闘志が宿っていた。


 それは、戦場で死の淵に追い詰められた軍人のようだ。たかが、授業でこんなにも本気になれる人間など誰も見たことはない。ユアも戸惑っており、ファレジやリッテルに助けを求めていた。


 ここまで食らいつく人間は、ユアの周囲にはいなかった。いくら大人が強くなりたいと念じても、カザハヤのような若さゆえの無鉄砲さを見せることはない。大人は良く悪くも打算的で、模擬戦にそこまで本気にはならないからだ。


 だが、カザハヤは違う。


 彼は、一瞬一瞬が本気だ。本気で走って、本気で戦っている。こんなふうに突き進める人間に、ユアは出会ったことがない。


「自分だけ高みに登って、見物しているつもりなのかよ。俺を舐めるなよ!この学園の生徒を舐めるなよ!!」


 カザハヤは喉元に向けられた槍を掴み、自分の引き寄せようとした。


 まるで自分の命を持っていけとばかりの行動に、ユアはぎょっとする。ユアは慌てて槍を引っ込めて、得体のしれない動物でも見るような目でカザハヤを見た。


「カザハヤ、授業を妨害するならば教室に戻ってもらう事になる」


 ファレジは注意するが、それすらもカザハヤは聞いていなかった。頭に血が上ったカザハヤには、誰の言葉も届かないだろう。軍人としても人としても、それは致命的な弱点だ。


「本当の実力を隠して、お前は何をやりたいんだよ。俺は、最強になりたいからここにいるんだ。この学園にいる奴らは、多かれ少なかれそうだ。強くなるためにここにいる。お前は自分の実力を隠してばっかりで、なにをやりたいのかが分からないんだよ!!」


 カザハヤの叫びに、ユアは視線を落とす。


 ユアの手元は、わずかに震えていた。カザハヤの糾弾はユアにとっては予想外の言葉であり、同時に考えてもいなかったことだった。


 ユアは学園の生徒たちを見下しているのではない。それでも、穏便に過ごすために実力を隠していたのは事実だ。わざと何も出来ない生徒のふりをして、厄介ごとから逃げようとしていた。


 カザハヤは、それを生徒たちに対する屈辱だと言った。


「……僕を操っている人間のために動く。そこで善悪や誰かを傷つける可能性なんて考えてはいけない」


 ユアの自己暗示の言葉で、彼の震えが止まる。凛とした佇まいは、年相応のものではない。


 たかが学生なんぞの言葉では揺らがない強さが、ユアにはあった。それは何年もかけて、周囲の大人たちが作り出した結晶だ。


 ユアは完璧な操り人形。


 他者の言葉では揺らがずに、主人の糸で操られる。



「カザハヤ、言いすぎだよ。ユアのことを君がそう言うふうに言う権利はない。人には誰だって、理由があるんだ」


 アシアンテは、カザハヤを止めようとした。昔なじみのアシアンテは、怒りに染まったカザハヤの肩を掴む。旗から見てもかなりの力が込められており、カザハヤの暴走を絶対に止めるという思いが見て取れた。


 だが、カザハヤは止まらなかった。


「ここにいる生徒は、お前と違って本気で学ぼうとしているんだよ!自分の実力を隠して、のらりくらりと過ごしているお前は……ずるいだけなんだ!!」


 アシアンテは、友人の顔を力いっぱい殴る。殴り飛ばされたカザハヤは、鋭い目つきでアシアンテを睨んでいた。


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