第27話友人は家族から見放された(アシアンテ)


「アシアンテ。余計なことをペラペラと言いやがって!!」


 夜間の廊下であるにも関わらず、カザハヤは大声で怒りを露わにする。


 旧知の仲であるアシアンテの怒りは、ユアに謝罪したことによりかなり収まっている状態だ。先ほど見せたような恐ろしい笑顔ではなく、どことなく気弱そうな困った顔で「今は夜だから静かに」とカザハヤを注意する。


「僕にぺらぺらと余計なことを喋らせたくなければ、余計なことをしなければいいんだよ。強くなりたいって言って走り込みをしたりする努力は良いと思うけど、強い人間に片っ端に勝負を挑むなんて愚の骨頂だよ。しかも、今日みたいに負け犬みたいなことを言って、相手に失礼なことを連呼するだなんて」


 子供だってしないからね、とアシアンテは苦言を呈した。


 アシアンテが言っていることは、カザハヤにも自覚があったのであろう。カザハヤは顔を背けて、自分を叱っているアシアンテのことを見ないようにしている。良くも悪くも子供のようなカザハヤに、アシアンテはため息をついた。


「俺には時間がないんだよ。卒業までに強くならないと……俺は実家を見返すことができなくなる」


 魔法の専門的かつ最良の教育を受けられるのが、学園の強みである。同時に、その学園在籍中に魔法使いとして完成しなければ今後の期待も薄いということだ。


「ああ、まったく……」


 目標を持つということは本来は良いはずなのに、目標に縛られてしまっているカザハヤは生きづらそうだとアシアンテは思った。




 魔法使いは、軍人になることが多い。


 むろん、戦闘あるいは戦場では役に立たない魔法を持っている魔法使いはいる。そのため、全ての魔法使いが軍人になるわけではない。それでも、魔法使いが名誉を得やすい職業は軍人なのである。


 カザハヤの一族は、優秀な魔法使いを輩出していた実績がある。カザハヤも幼少期こそ、優秀な魔法使いひいては軍人になることを期待されてきた。


 アシアンテが記憶している限り、あの頃のカザハヤが一番楽しそうだったと思う。親に将来を期待され、そのようになれると信じていた子供時代。近所に住んでいたアシアンテは、そんなカザハヤの遊び相手になっていた。


 カザハヤとアシアンテは、母親同士が友人だった。そのせいもあって、二人は幼いころから交友があったのだ。なお、母親によると乳飲み子の時代から付き合いがあったらしい。


 さすがのアシアンテも乳飲み子時代の事まで把握していないのだが、気が付けばカザハヤが隣にいたので母が言っていることに間違いはないのだろう。


 カザハヤの幸福な子供時代は、突如として終わりを告げた。


 魔法使いとして早熟だったカザハヤは、一般的な子供よりも早く魔力量を測定することができた。それまでのカザハヤは両親の期待を背負い。可愛い弟にも尊敬される兄だった。


 しかし、魔力量を測定した結果――カザハヤは魔法使いものとして活躍できるギリギリの魔力量しか持たないことが判明した。普通の家であったら、それでも受け入れられるだろう。


 だが、カザハヤの家では違う。カザハヤは、優秀な軍人を輩出する家には受け入れられなかった。そして、両親の期待はカザハヤの弟が一心に受けることになったのだ。


 カザハヤの存在は、両親にとっていないものになった。


 その頃のカザハヤは、見ていられないものがあった。以前はカザハヤが転んで泥だらけになって帰ってくれば、母親がすぐさま飛んできてやんちゃばかりする息子を風呂に入れたり着替えを用意したりと世話を焼いていた。アシアンテもそれに巻き込まれることがあって、カザハヤの親は子煩悩だと思っていたのだ。


 だというのにカザハヤの魔力が少ないことが分かってからは、母親はカザハヤの面倒を見なくなった。


 泥だらけになっても帰ってきても風呂に放り込まれることはない。


 清潔な着替えもない。食事は用意されていたが、母親の自慢のケーキがおやつに出ることはなくなった。


 カザハヤは肉体の成長も早かったのに、アシアンテが不安になるほど新しい服が用意されるのが遅かった。


 虐待とは言われないが、大切にはされていないということがありありと伝わる様子だった。


 その逆に、弟には両親の大きすぎる愛情と期待が注がれていた。カザハヤに向けられた愛情以上のものが弟に注がれたのは、両親が長兄の資質に落胆した反動だったのかもしれない。 


 そして、弟は兄を軽んじるようになっていた。


 親たちが、兄と弟にあからさまな優劣をつけて扱っていたのが最大の理由であろう。弟は外でこそ大人しく振舞っていたが、家の中では兄の部屋に勝手に入り込んでカザハヤが大事にしていた魔法の教本を破り捨てたりしていた。


 アシアンテは、その犯行を目撃した事がある。


「なにをやっているの?」


 カザハヤがいつもの遊び場に来ないこともあって、家に呼びに行ったときにアシアンテは弟の凶行を見てしまったのだ。カザハヤの弟――ユキノハは、つまらなそうな顔をして兄の本をびりびりに破いていた。


「だって、これはいらないだろ。俺は、こんな基本的なことはやらないし。兄さんだっていらないよ。あんなに魔力量が少ないなんて、我が家の恥なんだよ」


 ユキノハは苦しそうに言葉を吐きだして、床に落ちた本のページを踏み潰す。その様子を見て、アシアンテはユキノハも親からの過剰な愛情と期待に圧し潰されそうになっていたのだと知ってしまった。


 カザハヤが苦しんでいるように、弟のユキノハも苦しんでいた。兄の物を壊したりしていたのは、ストレスを発散させなければユキノハも壊れてしまいそうだったのだろう。


 幸いというべきなのだろうか。ユキノハは魔力量も多かったので、両親からの愛情と関心は薄れることはなかった。けれども、同時にストレスからの解放もなかった。


 自分は選ばなければならないとアシアンテは考えた。


 カザハヤとユキノハ。


 どちらに肩入れし、どちらを積極的に助けようとするか。


 この頃のアシアンテは、まだ幼い子供だった。けれども、理論的に物事を考えられる子供でもあった。だから、自分が手を差し伸べられるのは一人だけだと思った。


 兄に手を差し伸べれば、弟は必ず反発する。兄の事を格下に見ているからだ。


 だが、弟に手を差し伸べれば、兄はアシアンテに見捨てられたと思って、心を閉ざすだろう。付き合いの長い自分よりも弟を優先したと思われたら、二人が長年培った友人関係は砕け散る。


 悩んだ末に、アシアンテはカザハヤに手を差し伸べることにした。カザハヤは友人で、ユキノハは友人の弟。だからこそ、カザハヤの問題解決に力を貸そうと思ったのだ。



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