第37話操り人形になるための訓練(ファレジ)
ファレジは、ユアに戦い方を教えるようになった。自然のなかで遊ぶなかで、ユアは肉体の使い方を学習している。余計な癖がつく前に、格闘術を教えるべきだとファレジは考えたのだ。
真っ白であるが故に、ユアの飲み込みは早い。だが、彼ならではの問題があった。
痛みの分からないユアは、肉体を限界まで酷使できる。そして、魔法で肉体を操っている故に、本来ならば動かないはずの筋肉まで動かしてしまうのだ。これでは、体を痛めてしまう。
本来ならば、武器の使い方を最初に教えるべきかもしれない。だが、ファレジは最後の最後にものを言うのは自分の肉体だと考えている。
そして、痛みを感じないユアならば肉体の損傷を引き換えにしても、自分の命だけは守れるかもしれない。だからこそ、ファレジは格闘術を最初にユアに教えたのだ。
予想外だったのは、ユアの魔法だ。最初こそ、ユアは自分の体を操るだけの魔法だと思われていた。
しか、ユアの魔法は人型の物を強化して操るという魔法だった。ユアのように後から魔法を正しく把握することは珍しくはない。
ファレジも自分の魔法が、視覚で確認した傷のみに有効であると気が付くまでに時間がかかった。魔法の効力が分かる前には、怪我の程度によって回復の有無が変わるのではないかと実験を繰り返したものだ。
ユアの場合もそうだった。
「少し考えたが、ユアの魔法は自分の人体のみに有効なのか……。今までやらせたことがなかったが、他の物も操れそうなものだと思うんだが」
ファレジはユアについて抱いた疑問は、セリと共有するようにしていた。
ファレジは魔法使いであったが、子育てについては初心者だ。そして、セリも初心者だった。だからこそ、話し合って二人でユアにとっての最善を手探りで探していたのだ。
「実験をやってみようか。それによって、魔法の発動時間がどうなるかも確かめてみないと。それと、ユアはそろそろ自分で魔力の発動継続時間を把握するようにした方がいいかも。魔力切れで、戦場で倒れるなんて洒落にならないだろうし」
ファレジとセリは、そうやってユアと向き合ってきた。ユアは、二人が考えて導き出したものに答えてくれる子供だ。
度重なる練習の結果、ユアの魔法は人型の物ならば強化および操作することができた。だが、自分の身体以外のものを操る際には様々な制約が伴う。
まずは、操る対象を常にユアが視認している必要がある。そして、ユアと五メートル以上離れたら対象の操作は出来ない。さらに、自分の体以外の操作は魔力を大幅に消費する。
普通に身体を操るだけなら、ユアの魔力は八時間も持った。だが、身体以外の操作は十分程度でユアの行動時間を二時間も削った。
魔法に頼って体を動かしているユアにとっては、それは致命的だ。
操作可能領域を含めて、この手段は圧倒的な格下相手にしか使えないだろうとファレジは考えた。それでも、身を回る手段は多い方がいいのは確かだ。
だから、ファレジは二体の人形を与えることを提案した。自分の肉体を含めて、二体までの操作がユアの限界だったからである。
男の子だから人形は嫌がるだろうかとファレジは心配したが、ユアはあっさりと二体の人形を受け入れた。隔離されて育ったユアには、人形は女の子が遊ぶものという意識がなかったのである。
なお、人形の製作の依頼をしたのはセリだ。精密に作られた双子の人形は高価なもので、ファレジの給料では手が届かない。高給取りのセリだからこそ、ユアに与えられた人形だった。
「これに武器を持たせたら、強くなりますか?」
ユアの提案で、二つの人形には刃物が縫い付けられた。持ち運びを考えるならば重いものは付けられなかったので、軽いが鋭いナイフを縫い付ける。
研究職のセリよりもファレジの方が器用だったので、刃物を縫い付けるのは彼の仕事になった。
まるで子供が破いた洋服の穴をふさぐ作業のようで、母はこういう気持ちで繕い物をやっていたのかとファレジには新たに学んだ。
縫い付けた人形の刃物が三日で飛んでいったときには「もうちょっと丁寧に扱え!」と怒鳴りたい気持ちも痛いほど分かった。
そして、ファレジはユアに武器の使い方を教える段階にきた。
武器の扱いを教えるというのは、ファレジにとっては重大なことだった。体術や魔法は、軍人にならずとも扱い方を学ぶことがある。けれども、武器の類は違う。
人を殺すための道具を学ぶということは、覚悟が必要だ。
「ユア。武器というものは、自分と仲間には向けるな。敵にだけ向けろ。そして、手入れを怠るな。これだけは他人任せにはするな。魔法使いは、魔法が扱える分だけ油断をする。万能感を得るからな。だが、魔法使いも人間だ。槍で心臓を突けば死ぬし、剣で首を切れば死ぬ。だというのに、魔法使いというのは武器を侮るんだ。だからこそ、お前は魔法と共に武器の扱いからにも精通しないといけない。武器の扱いを学んで、同時に武器の怖さも学ぶんだ」
ファレジは、他者の回復しかできない完全な後衛タイプの魔法使いだ。しかし、だからこそ武器と体術を徹底的に学んでいる。彼の鍛えられた肉体を見たら、ファレジが医療に関わるものだとは誰も思わないだろう。
「お前は肉体を常に操っているせいなのか……正しい筋肉の付き方をしていない。しかも、幼少期の生活のせいで食事量を増やすのが難しい。怪我をしやすい体をしている」
同世代に比べて、ユアの食事量はかなり少なかった。幼少期から消化に良いものを少しだけ食べていたせいで、胃が虚弱に育ったのであろう。
肉体を作るのに必要な食事量が足りないせいもあり、ユアは背こそ伸びたが痩せている。彼の生活を見ている限りは、それは改善できないだろう。
「だが、魔力で体を動かしているお前には強みもある。お前は疲れないし、自分の筋力以上に重い物を持てる。それに依存していれば体を壊すが……強みになる」
ファレジは、ユアに対して自分の強みを言い聞かせた。そして、同時に弱みも教え込んだ。
肉体の限界以上の力を発揮できるのがユアの強みであり、同時にそれが弱点でもある。身体が動き、痛みを感じないとしても、傷がついた体はダメージを負う。死ぬ直前まで、それに気が付かない可能性があるのがユアの最大の弱点なのである。
ファレジは、ユアに剣と槍を教えた。剣術も槍術も軍人には必要な技術であり、魔法使いは疎かにしやすい分野だ。
「剣と槍の持ち方は、絶対に基本を守れ。力が入らなければ、武器は本来の威力を発揮しない。それどころか折れて使い物にならなくなる」
武器は、全てが大人用に作られている。そのせいもあって、ユアが剣や槍を使いこなすのは難しいものがあった。けれども、ユアの身長に合わせたものを作るのは無理だろう。
作れたとしても短い剣や槍は、戦場において敵と接近しなければならないという危険因子が産まれてしまう。
痛みの分からないユアは、自分の傷の深さが分からない。さらに魔法で体を操れば、出血が酷くても動けてしまう。だから、ユア自身に怪我をさせないようにするのが最善策だった。
「人間の急所を学べ。そこを狙うんだ。たとえ、相手がどれだけ強くても人間である以上は急所は変わらない。そして、自分に急所は絶対に守れ」
ファレジとユアは本物の武器を使った稽古をしており、その光景はセリをひやりとさせた。本物を使う以上は、怪我の可能性がある。二人が大怪我をしないかどうかをセリは常に心配していたのだ。
「元日本人としては、剣と魔法の世界なんて野蛮すぎる……」
剣と剣とが撃ち合う音が響くたびに、セリの悲鳴が響き渡ったのだ。
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