第2話上司は書類仕事が嫌で学校に入学した



 ユアたちが来いと言われた学園は、主に魔法の才能を持つ子供を集めていた。この世に生きているものは、全てが魔力を持っている。そのなかでも人間は飛び抜けて魔力が高く、さらに一握りの人間たちは魔法と呼ばれる現象を起こすことができた。



 その魔法の才能を伸ばすことを目的とした教育機関が、この学園なのである。ここでは、ユアの上官が学園長として赴任していた。学園に隊長が赴任したのは、実質的に学園が軍人を養成する機関になっているからである。


 この学園に通っている生徒は、いずれは多くがエリート軍人となって戦場に投下される運命にある。仲間内ではメレナーデがエリート街道を歩んでいたので、学園生活に一番明るいのは彼女なのかもしれない。


 だが、軍関係の学園であっても本当ならばユアたちには無縁な場所である。それでも上官から『来い』と命令されたら、問答無用で足を向けるのが軍人というものだ。ユアが苦手な書類仕事を持ってきてまで学園にやってきたのもそのためだった。


「失礼します」


 この場では一番階級が高いユアが、代表してドアを叩いた。学園長室に座っていたのは、三十代後半の男である。ハデアという名の男だ。


 軍人ではあるが、現場を離れて久しいせいなのか体付きはた熊しいとは言い難い。それどころか浮かべる笑顔は穏やかで、平和を愛する隣人という印象が強かった。


 もっとも三十代という若さで隊長職まで上り詰めたのだから、一筋縄ではいかない人物なのは間違いない。ユアたちの部隊では、最年長のファレジと付き合いが長いとリッテルは聞いている。


 ファレジの方が、ハデアよりだいぶ年上だ。だが、彼らは同郷で、その縁が起因となってユアの部隊にファレジが配属されたらしい。


「長旅をさせてすまなかったね。単刀直入に言うけど、ここの生徒になりなさい。もちろん、ユアだけだよ。大人の学生服なんて見れたものではないからね」


 学園長になったハデアの言葉に、一同は固まった。なにを命令されるかと身構えれば、分隊長という立場のユアに学生になれというのである。


「他の人間には、教師の職を用意しているよ。教員免許を持っているリッテル君以外は、特別講師という名目で雇わせてもらうから。ああ、ユアも給料の関係で書類上だけでは特別講師だから」


 給料はちゃんと出るよ、と言われた。


「ユアの学生服は、もう用意してあるから安心しなさい。住む場所は寮を使えるようにしてあるから」


 とんとん拍子に進んでしまうハデアの話に、リッテルは混乱する。今さっき教師は向いていないという話題がでたばかりなのに、学園の先生をやれという命令がくだされたのだ。いや、それよりも気になるのはユアのことだった。


「隊長。失礼ですが、質問があります」


 メレナーデの声が、学園長室に響く。さすがはエリート軍人。この部隊では二番目に階級が高いだけあって、上官の不可解な命令にも恐れずに口が出せる。


「ユア分隊長の制服は、何色でしょうか。分隊長の御髪は黒いので何色でもお似合いになりますが寒色系ならクールに、暖色系ならばキュートに見えると思います。もしや、ネクタイの着用もあるのですか。分隊長のネクタイを毎朝閉める役割をどうか私に!!」


 私利私欲に走った質問だった。


 メレナーデの暴走癖をしっているハデアはにこにこしていたが、リッテルとファレジはため息を吐く。もっと大切なことは色々とあるだろうに。


「メレナーデは女子寮に住んでもらうから、ユアは自分でネクタイを締めてね。というか、ユアもネクタイの締め方ぐらいは知っているよね」


 ハデアの言葉に、ユアは首を振った。ネクタイの締め方を知らなかったらしい。


「ネクタイを締めることも無理ですが、それ以上に僕にも仕事があります。学生生活を送っている暇はありません。それに、すでに僕はすでに学園卒業程度の学業は修めています」


 十六歳のユアだが、身分は分隊長である。メレナーデよりも階級が上のために、やらなければいけない書類も発生するのだ。しかも、ユアは書類の処理が早くはない。平和に学園生活を営んでいる暇がないのだ。


「学園で学生をしている間は、書類仕事は発生しないよ。君が今までやっていた仕事は、別人が引き継いでくれる。苦手な書類仕事がサボれて、楽しい学園生活が送れるんだから君にとっては一石二鳥だよ」


 ハデアの言葉に、ユアの心は大いに揺れた。学園生活を送る自信はないが、書類仕事をしなくていいという言葉は魅力的だったのだ。だが、やはり学園生活を選択するような勇気はないようだった。


「……そうですね。お若い分隊長には、人生経験が必要です。学園生活は有意義なものになるでしょう」


 ファレジは、ハデアに賛成のようである。同年代と過ごした経験が少ないユアにとって、学園生活が刺激になるのは間違いない。学ぶものだってあるはずだ。だが、リッテルは賛成できない。


「俺は反対です。分隊長は、本部で書類仕事の勉強をしていた方がいい。その方が、将来のためです」


 リッテルの言葉に、ユアの顔が曇った。


 書類仕事から逃げられなくて残念そうだが、その一方で安心しているようにも見える。初めてのことは、誰だって恐ろしい。しかも、ユアは十三歳から戦場にいたのだ。今更になって学生になれと言われても戸惑いしかないだろう。


「ユア、これは命令だからね。逆らってはダメだよ」


 ハデアは子犬に語り掛けるような甘さで、ユアに語り掛ける。ユアの身体が一瞬だけ跳ねたのをリッテルは見逃さなかった。


「部屋を案内させるから、今日は休みなさい。三日後には入学式だから、逃げたりしたら駄目だよ。君は、一年生なんだから」



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