第11話同僚のせいで生徒が森で熊に襲われる


「……そんなことを言われたら、落ち込んでいる暇なんてないじゃないか」


 自分の至らなさを嘆いたメレナーデは立ち上がり、自分のやらなければならない事を確認する。彼女がやるべきことは、生徒を安全に湖に誘導することだ。


「俺も手伝うから、生徒たちの様子を確認しようぜ」


 リッテルとメレナーデは、森の奥へと入っていった。湖まではあまり距離はないが、それはあくまで軍人のリッテルたちの感覚だ。学生たちには、中々ハードな訓練になっているはずである。


 リッテルは、森を走る学生たちに見つからないように様子を探った。無論、極端に遅れていたり怪我をしている生徒がいたら、保護をするつもりだった。


 だが、体力自慢の生徒ならば、湖まで走り続けることも可能であろう。ならば、その生徒にとって今回の無理難題をやり遂げたことは大きな自信に繋がるはずである。せっかくメレナーデがお膳立てしてくれた授業なのだから、生徒のために有効利用しようとリッテルは考えていたのだ。


「何にもないところ転ぶなんて、馬鹿なのか!」


 男子生徒の声が聞こえてきた。森の木で体を隠しながら様子を伺うと二人の生徒が歩いている。二人は走っていないが、それには理由があった。


 男子生徒は、友人と思われる男子生徒を背負っていたのだ。背負っている方の生徒は、カザハヤである。背負われていた男子生徒は、アシアンテだ。アシアンテは初日にユアに前髪を切られた生徒で、今でも髪は復活していない。


「ごめん……。足が滑ったんだ。カザハヤは、僕を置いて行って。いくら君でも、僕を背負って森を抜けるのは辛いだろ」


 アシアンテは、申し訳なさそうだった。そんな彼をカザハヤは鼻で笑う。


「お前を背負って森を歩くなんて、俺にとっては朝飯前だ。現に、今では重りを付けた走り込みをしているんだぜ」


 カザハヤの強がりに、アシアンテは申し訳なさそうな顔をした。カザハヤの声には疲れが滲んでおり、彼が無理をしていることは誰が見ても明らかだった。


「俺が軍人を目指していることは知っているだろ。軍人は、仲間を見捨てないんだよ」


 カザハヤとアシアンテの様子から、二人はかなり親しいのだろう。もしかしたら、入学前から付き合いがあるのかもしれない。


 なんにせよ、アシアンテが怪我をしている時点でリッテルは手を貸さなければならない。青春の一ページの最中に踏み込むのは気が引けるが、今のリッテルは教師である。生徒の安全を一番に考えなければならない。


「二人とも。怪我をしているなら、途中で……」


 リッテルは、歩みを止めた。


 生徒二人の背後に、巨大な影を見たからである。その陰の正体は、熊であった。生徒たちの二倍はありそうな熊の存在に、二人はまだ気が付いていない。


 リッテルは、大きく息を吸った。


 そして、吠えるように声を吐き出す。それは、衝撃波となって森の木々をなぎ倒していった。その攻撃は、さながら真っ直ぐに飛ぶ暴風のようだ。


 これが、リッテルの魔法である。声を衝撃波に変えるという魔法は、大きな破壊力を誇っている。だが、魔法には弱点もつきものだ。


 リッテルの魔法は、その性質から隠密行動には全く向いていない。そして、音は真っ直ぐにしか飛ばないのだ。リッテルの魔法は、見極められてしまえば簡単に避けられてしまう。


「くそっ。森の中だと木まで倒れる!」


 リッテルの魔法は、森の木々までなぎ倒してしまっていた。巨木が倒れたら、その分だけ生徒が危険にさらされる。現に、生徒二人は木が倒れる衝撃から身を守るために地面に伏せていた。


 普段はほとんど障害物がない場所で魔法を使っていたので失念していたが、自分の魔法では倒れた木で生徒たちを巻き込みかねない。そして、ここまで脅しているのにも関わらず熊は逃げようとはしなかった。


 野生動物ならば、魔法で脅せば簡単に逃げ出すはずだ。ここまでやって逃げないということは、何らかの訓練を受けた動物の可能性があった。


 動物を調教して、軍の作戦に使うことがあるとは聞いたことはある。主に使われるのは犬だが、熊を使う研究もされていると聞いたことがあった。もっともコストやリスクの観念から、研究はとん挫しているとも聞いたことがあったが。


「リッテル。ここは、任せて」


 メレナーデの声が聞こえた。この場での適任者が来てくれたことに、リッテルは安堵する。


 メレナーデの魔法は、動物を使役する魔法である。時には動物たちと感覚を共有することも可能で、隠密にも攻撃にも使える便利な魔法だ。その一方で、一度に使役できる動物は三体まで。攻撃力などは動物の身体能力に依存するという制限がある。


 だが、このような場面で被害をだすことなく、熊を無力化できる魔法の持ち主だ。メレナーデは熊を睨みつけるが、巨大な猛獣は未だに暴れ続けている。その凶暴性を見せつけるような動きは、止まることがなかった。


「嘘……。魔法が発動しない。これは……あの時と同じ……」


 呆然としているメレナーデを押しのけて、リッテルは走った。理由は分からないが、メレナーデの魔法は発動しない。ならば、この場を収めるにはリッテルの魔法を使うしかない。


 木をなぎ倒す可能性が高いので、リッテルは熊の背後から攻撃をすることはできない。それでは生徒が巻き込まれる。真っ直ぐにしか飛ばないリッテルの魔法では、使用できる場所が限定されていた。


 安全に熊を倒せるのは、ここだけだ。


 熊と生徒の間に割り込んで、正面から猛獣に挑む。それしか、方法はない。


 リッテルがたどり着く前に、カゼハヤが立ち上がった。彼は、拳を握りしめている。魔法を使って、自らとアシアンテの身を守ろうとしているのだ。


「……俺は戦える。戦える。戦えるんだ!!」


 カザハヤの叫び声と共に、熊の巨体が吹き飛んだ。その光景に、カザハヤとアシアンテは呆然とする。


 一方で、その光景にリッテルは希望を見出した。



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