第26話動けなくなった分隊長はうつ伏せで謝罪を受け入れた


「入室を許可する」


 ユアの許しを得たカザハヤとアシアンテは、部屋のドアを開ける。そして、狭い部屋にリッテルとファレジがいることに驚いた。


「寮の部屋に、なんで先生が二人もいるんだよ」


 案の定、カザハヤは教師二人がユアの部屋にいることを疑問に思ったようだ。


「僕の体調が優れないと知っていたから、リッテル先生が様子を見に来てくれたんだ。ファレジ先生は、リッテル先生と廊下で偶然会ったらしい」


 嘘はついていない。


 ユアは魔力切れを起こしており、動かない状態である。これは、普通に考えれば体調が悪いということだろう。


「そうなんだ。じゃあ、用事をすませてさっさと帰るね」


 アシアンテは、自分の目的を果たさない限りは帰る気がないらしい。その強引な態度に、リッテルは意外性を覚えた。


 どちらかと言えばアシアンテは、控えめな性格だと思っていた。少なくとも側にいる事が多いカザハヤよりは、自己主張が激しい性格ではない。けれども、今のアシアンテには確固たる意志を感じた。


「ほら、カザハヤ」


 アシアンテは、口を閉ざしていたカザハヤの背を押した。カザハヤは視線をさまよわせていたが、一息つくと大仰に両腕を組んでみせる。


「昼間は色々と突っかかって悪かったな」


 その言葉に、ユアたちは目を点にする。わざわざ部屋まで来て謝られるとは思わなかったし、カザハヤの態度にも色々と問題があった。


 カザハヤは槍の見本になった時のことを言っているのだろうが、とても謝るような態度には見えない。ついでに言えば、反省の色も見えなかった。絶対に似たようなことを近いうちにやらかすだろうという確信だけが、ユアたちに芽生えた。


「謝るべきだって言ったよね」


 アシアンテの重々しい声が響いたと思った途端に、彼の拳がカザハヤの鳩尾にのめり込んだ。予想以上に重い拳に、カザハヤの口から「ぐあぁ!」という醜い声が漏れる。


 その光景に、リッテルは唖然とするしかなかった。まずは生徒同士の暴力沙汰をどうにかしなければと考えて、リッテルはユアの側を離れてカザハヤに駆け寄った。


「大丈夫か。アシアンテも意味もなく暴力を振るうな」


 リッテルがカザハヤの状態を確認し、アシアンテに注意をした。だが、アシアンテの眼は普段の彼からは考えられないほどにすわっている。彼は明らかに怒っており、それを教師に対しても隠そうともしない。


「カザハヤ。君の性格と思いは理解しているよ。君の魔力量は、魔法使いとしてはぎりぎり使い物になる程度のものだ。それでも、優秀な魔法使いを輩出してきた家の人間として将来は武勲を立てなければいけないというプレッシャーがあるんだよね。もっとも、親の期待は弟にしか向いていないけれども」


 アシアンテの言葉に、リッテルたちはカザハヤの行動の理由を知った。将来への不安や親からの愛情不足、弟への嫉妬が、カザハヤの暴走気味の性格を形作っていたらしい。


 早く強くならければならない、他人に認められなければならない、家族を見返したい。そういった感情が、ユアを過剰なほどに敵視することに繋がっているのだろう。


「でも、どんな理由があっても人に迷惑をかけてはいけないよね」


 にっこりとアシアンテは笑う。


 カザハヤは、その笑みを見た瞬間に震え始めた。アシアンテに対して並々ならぬ恐怖を抱いているようだが、カザハヤはそれでもユアに謝りたくはないらしい。


 カザハヤがそっぽを向いていると次はアシアンテの踵落としが決まった。カザハヤが床にうずくまり、痛みのせいなのか立ち上がれなくなっている。


「並々ならない迷惑をかけたんだから、ちゃんと謝るんだよね。伯父さんにも、そんなふうに習ったんでしょ。僕は、少なくともそう教わったよ。伯父さんの弟子ならば、師匠のいう事には従おうね」


 立ち上がれるようになったカザハヤは、反省というよりはアシアンテの怒りと暴力に屈服したようだった。


「ユア……今日……悪かった。もうやらないから許して欲しい」


 今までのなかで、一番しおらしい謝罪だった。その謝罪を受けたユアといえば、リッテルの支えを失ったせいでベッドからずり落ちている。


 仰向けになっても動かないユアに対して謝罪をするカザハヤは、とても間抜けに見えた。


「これ、死んでないか?」


 カザハヤは、ユアを指さした。


 おかしな格好で床に倒れているにもかかわらず身動き一つできないユアは、たしかに死体のように見えなくもない。リッテルは冷や汗をかきながらも「ものすごく具合が悪いんだ」という言い訳に努めた。


「もしかして、ユアって……」


 アシアンテの言葉に、ユアの部下たちに緊張が走った。アシアンテは、ユアの魔法の効力を見ているのだ。彼が答えにたどり着くという可能性はある。


「ものすごく病弱なのかな」


 普通に考えればそうなのかと部下たちは納得した。下手に答えを知っているだけに、気が付かれたかもしれないと身構えてしまったのだ。


「ああ、あんまり体が強くはない。幼い頃はベッドの住人で、指一本も動かせないときには私が排泄を手伝っていたぐらいだ」


 うつ伏せに倒れたユアから、獣のような鳴き声が聞こえた。床に押し付けられているせいで口が上手く動かず、なおかつ声がくぐもって聞こえるので獣の鳴き声のようになっているのだ。恐らくは「そんな余計なことは喋るな!」と言いたかったのだろう。


 思春期の少年か傷つくには十分すぎる暴露話を披露したファレジだが、懐かしそうに眼を細めていた。ユアと大きく歳が離れており、なおかつ看護師のような仕事をしていたファレジにとっては微笑ましい思い出だったのかもしれない。


「赤ちゃんのことからの付き合いなんだね。でも、生まれつき病弱だっていうなら、なおさらカザハヤのやったことは許されることじゃない。よく言い聞かせておくから、カザハヤのことは嫌いにならないであげてね」


 アシアンテは、丁寧に頭を下げる。


 カザハヤは「病弱の人間があんなに強いわけがないだろう!」というもっともなことを叫んでいたが、アシアンテに耳を引っ張られて痛みに喚きながら退室していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る