その③ 三人

 当たり障りのないことを言って、白戸しらとさんからのお泊まりの誘いを断ろうとしていた矢先のことだ。


 さっきから横(物理的には正面)で話を聞いていた葉寺はでらさんが、待ったをかけた。

 わたしと白戸さんの会話は、傍目にはどう聞こえただろうか。もし事情を知らない未美みみや他の誰かだったのなら、本当にただ仲のいい友人同士の会話に聞こえたかもしれない。

 でも葉寺さん、事情を知っているし。


「さっきから二人とも、なんの話してんだ?」

「えっ、別にただ――」

「なんの話って、私が千冬ちふゆさんをお泊まりに誘っているだけです。仲良しですから、一晩一つ布団の中で過ごしてもっと仲良くなります」

「屋根の下ね、屋根」


 わたしが必死にごまかそうとしているのに、白戸さんがよけいなことを言う。口を開くとこれだよ。わたし、客用の布団がないと行かないからね。


「……千冬、本当に泊まるつもりなのか?」

「え、えっと……その日はちょっと忙しくてどうしようかなって」


 まだ断り文句は思いついていなかったけれど、葉寺さんの問いに答える形でよくある断り方を口にした。


「千冬さん、私まだ日程の話はしてませんよ?」

「えっ、そうだっけ? ……じゃあ、いつなの? 白戸さんのご両親がいない日ってのは」

「いつでも大丈夫です! 千冬さんが来る日に両親がいません!」

「……たまたまいない日があるんじゃなかったの?」


 日取りもわからないまま断ろうとしたわたしも悪かったけれど、白戸さんもなにを言っているんだ。


「あ、あのさ、わたしそんなに騒ぐつもりないし、一緒にドラマとか観るだけなら別に白戸さんのご両親がいてもいいんじゃないかな?」

「千冬さん、けっこう声大きいなって思いましたけど……」

「何の話っ!?」

「あっ、いえ、とても可愛いらしい声でしたよ」


 そうじゃない。まずい、お泊まりどうこうよりもこのまま白戸さんにしゃべらせたら大変なことになりそうだ。さっきからどんどん葉寺さんの視線が冷たくなっている気がする。

 違うよ。そういうんじゃなくて……白戸さんは知らないけど、わたしはそんなつもりとかなくて。


「私は両親が居ても……その、千冬さんが気にしないのであれば、かまいませんが」


 どういう意味だろう。よからぬ企みは諦めてくれたのか、それともご両親がいても実行するつもりなのか。白戸さんが怖い。

 冷たい視線を送る葉寺さんと熱い視線を寄せる白戸さん――二人に挟まれて、わたしはどうすればいい。


「白戸さん……普通のお泊まりなんだよね?」

「は、はい! もちろんですよ! 私、こう見えて普通が好きなんです。ただ千冬さんがよければ、ゆくゆくは冒険して普通でないこともとは思いますが――」

「だったら、葉寺さんも呼ぼうよ」

「……はい? 夜澄よすみを?」


 わたしの提案に、二人の眉をひそめた。


「あたしっ!?」

「う、うん。ダメかな。……だって、葉寺さんとも仲良しだし」

「仲良しって、あたしと千冬は友達だろっ!?」

「……うん、だから友達で、仲良しだからお泊まり会……三人でって思ったんだけど」


 そう、これは違うんだ。

 白戸さんが勝手に邪なお泊まり会を決行しようとしているだけで、わたしは望んでいない。だったら白戸さんの建前をそのまま現実のものとさせてもらおう。

 それで正真正銘普通のお泊まり会なら、葉寺さんにもわたしと白戸さんがおかしな関係じゃないって思い直してもらえるかもしれない。


 あとなにより――。


「ダメです! なんで夜澄が!」

「え、ダメなの? だって普通のお泊まりなんでしょ」

「普通ですけど……でも、千冬さんと二人きりじゃないと……」

「ドラマ、三人で観ようね」


 白戸さんは異論があったようだけれど、「普通のお泊まり」なんて意味わからない言い分で押し通そうとしてきたのは彼女だ。わたしはその言葉をそのまま使わせてもらっているだけ、今更「ただの普通」ではないとは言わせない。


「でも、夜澄とは仲良しじゃないですから……」

「まあその二人がまだわだかまり有るって言うなら、無理にとは言わないけど」

「……千冬さんは、三人ならお泊まりしてくれるんですか?」

「え、うん」


 ご両親がいても本当に実行したのかはわからないけれど、同じ部屋に葉寺さんがいればさすがに白戸さんもおとなしくしているだろう。

 身の危険がないなら、わたしも文句はない。


「待て、あたしの意思はどうなる」

「ごめんっ。そうだよね、勝手に……」


 妙案かと思ったけれど、よくよく考えれば葉寺さんからしてみれば幼馴染みとは言ってもこの前ケンカして仲直りしたばかり――しかももともと仲が良かったわけでもない相手の家でのお泊まりだ。

 勝手に巻き込まれたら困るだろう。

 でもマズいな、これで葉寺さんに断られたら、じゃあやっぱり二人でってなるだろうか。白戸さんのあきらめの悪さ、すごいからな。なにか他に逃げ道を見つけないと、家につれていかれそうだ。うう、どうしよう。


「いいのか、二人は?」

「え、わたしはもちろん」

「……私は、嫌ですけど。……千冬さんが言うなら、別に」

「そうか、でも」


 葉寺さんはしばらく逡巡し、それから――。


「わかった。あたしも行く。……あたしもいいか、夕里?」

「……当日、急用が入ったら言ってくださいね。そちら優先でいいですから」

「わ、わーい! せっかくだし、三人でもっと仲良くなろうねっ。白戸さんと葉寺さんもこの際だからこのまま友達にねっ!」


 苦し紛れ感はあったけれど、葉寺さんが了承してくれたおかげでなんとかなった。

 彼女もいかがわしいお泊まり企画ではなかったと納得してくれただろうか。いや、事実は異なるとしても。まあ嘘でも本当に健全なお泊まりになるなら、それでいいんだ。みんな幸せである。白戸さんだけは不服そうだけど、せめて面白そうなドラマを用意しておこう。


 うん、三人で夜通しドラマ観るのも楽しいって。


 このとき、ほっと一息ついたわたしは、葉寺さんの顔がほんのり赤かったことに気づかなかった。


 気づいていたら、もしかしたら――いや、どうにもできなかったかもしれないけど。

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