その⑪ 告白

 白戸さんはもう生徒指導室にはいなかった。

 メッセージを送ろうか悩んだけれど、文字にするとどうも言葉がまとまりそうにない。


 白戸さんの顔を見て、もう一度しっかり彼女の本心を確かめたい。


 教室に行ってみるが、彼女の姿はない。しかし白戸さんのクラスメイトが、「あ、あの子ってこの前の」「胸が大きくて二股している!?」「なんでウチのクラスに……」「白戸さんをつけねらってるんじゃない?」と警戒される。

 どうしよう、誤解を解くべきだろうか。間違っても二股はしていないはずである。


「えっと……白戸さん、どこにいるかわかります?」

「私たちの白戸さんに何の用ですか? あまり不誠実な人に、白戸さんと仲良くして欲しくないのですけれど」

「えええぇ、不誠実って……そんなことは……」

「じゃあ、なんですか。誠実な気持ちで白戸さんと向き合っていると?」


 わたしはできるだけ正直に気持ちを伝えてきたつもりだ。

 ちゃんと白戸さんとは友達としての関係も築いていたはずだし、……でも向こうからの好意に対して、友達だからという建前で気を持たせるようなことを続けていたのも事実なのかもしれない。


「……少し誠実ではなかったので、今度こそちゃんと気持ちを伝えたいなと、白戸さんの気持ちも聞きたいなと思っています」

「…………え?」

「な、なんですか、そのリアクション!?」

「いえ、思っていたより深刻な返答だったので……もしかして本当にあなた、白戸さんと交際関係なんですか!?」

「……えっ」


 そうか、変な噂が流れているだけで、向こうもそこまで本気でわたしを尋問しようとしていたわけではない?

 それなのにわたしは、バカ正直に――。


「白戸さんがどこにいるかはわかりませんが、教室に戻ってきたらあなたのことは伝えておきます。胸の大きい人が来ていたと」

「あ、ありがとう。でも名前教えるから、その言い方はちょっと」


 白戸さんはどこにいるんだ。

 わたしは校内を走り回った。胸が大きいと、走るというのは中々にしんどい。だから体育は苦手だし、あんまり好きじゃない。やっぱりメッセージ送ればよかった。放課後でもいいんじゃないか。そんな気持ちになってくるけれど、白戸さんを探した。


 結局、お昼休みが終わる直前に廊下で――多分教室に戻るところの白戸さんを見つけた。

 バカだ。これなら、教室の前で待っていればよかった。


(って今はそんな場合じゃなくて……えっと……)


「白戸さん!」

「ち、千冬ちふゆさん……」


 ただこのタイミングで、ほとんどの生徒が教室に戻ってこようとしているから、前回以上に注目を集めてしまっている。

 場所を移動して――でも、授業ももう始まってしまう。


 時間を改めるべきか。でも今からまた改めて話したいなんて言っておめおめ戻るのも格好がつかない。いや、格好どうこうを気にしているわけじゃないけれど。

 そうじゃなくて――。


 何十人からもの視線を感じた。わたしみたいな平凡な人間としては非常にいたたまれない。

 最初教室に来たとき会話した子も、「あ、さっきの」とわたしを見ている。


 こんな中で、わたしは白戸さんとなにを話すのか。

 また白戸さんが人目も気にせず「胸のことしか興味ないですけど」なんて周囲に聞こえる声で断言でもしてみれば、大問題ではないだろうか。

 人気者の白戸さんがおかしなことを言って変な噂になっても、わたしには関係ない。


 いや、関係ない……のかな? ずっと白戸さんが変なことをしても構わないと思っていたし、わたしから広めることはしたくなかったけれど、彼女の言動自体をどうこうしようなんて考えたこともなかった。

 現状で、白戸さんの奇行ぶりを知っているのはわたしと……いろいろあってわたしがバラしてしまった葉寺はでらさんだけだ。


 上手く言えないけれど、白戸さんの変なところをあまり他の人に知られたくない気がした。

 同時に、白戸さんの内心はともかくとして、あの暴走を見せるのはわたしの前と、まあわたしに関わることのときだけだともわかる。「わたし」ではなく「わたしの胸」なのかも知れないし、もしかしたら「大きい胸」なのかも知れない。


 そうだよ。「もしいい胸があれば、そちらにも興味を持つと思います」って言っていたじゃないか。

 いや、それでわたしも相手に仕切れないと思ったけれど、葉寺さんに「あいつはもっと本気だ」と言われて結局また白戸さんのところに来た。


 白戸さんの本心。

 何度となく知ろうとして、ついぞ知ることができていない気がする。


 白戸さんはプライドが高い。

 わたしの知る彼女とはどうもイメージが違う。でももしかしたら、胸への異常性は別にして、本心は隠しいんだろうか。もっと隠すべき欲望があると思う。


 それはともかく、隠している本心があるのなら、どうすれば聞ける?


(胸……かな? 胸もんでいいって言ったら教えて……いやいや、それじゃ全然解決しないよっ! しかもこんなたくさん人が居るところでそんなこと言ったら、わたしの奇行が有名になっちゃうよっ!?)


 ダメだ。わたしは口が上手いわけでもない。どっちかというと、聞かれたことをついつい何でも話してしまう方だ。


 ――そうだ、そうだよ。自分で話すことならできる。わたしの気持ち。卓球した後、一度わたしの気持ちを白戸さんに伝えたことがある。

 あれから、短いようでいろいろなことがあった。


(よし、そうしてみよう。わたしの気持ちを白戸さんに伝えて……って、この人だかりの中で!? でも別に告白とかするわけじゃないし……あれ、でもわたしの気持ちってなると……)


「千冬さん、もう戻らないと授業が……」


 ダメだ。もう時間がない。

 焦って変なことを言うより、もっと時間を取って考えてから――いや、でも。


「し、白戸さん! わたしの気持ちもっ、聞いてほしくて。お願い、少しだけ時間ちょうだい。鐘が鳴るまでっ」

「千冬さんの気持ち、ですか?」

「うん」


 できれば了承をもらってから話したかったけれど、戸惑う白戸さんを待っていればそれだけで時間がなくなりそうだ。


「あのさ。白戸さんがわたしをどう思っているのか聞いたけど、余計によくわかんなくなっちゃって……でも、ちゃんと伝えておきたかったんだ。白戸さんとは、いろいろあって恩もあるし、言いたいこともいっぱいあるけど、でもとにかく――これだけははっきり言って置きたい」


 白戸さんがわたしのことをどう思っているか、どういう理由で好きか。それでわたしの気持ちが変わると思っていたけれど、そんなことはない。


「わたし、自分のことばっかりで。……白戸さんがわたしのことどう思っているのかとか、どういう理由でそうなのかとかそればっかりだったけどわたしも……」


 今まで彼女との間にあったことは、白戸さんの本心とは関係なく事実なのだ。

 だから白戸さんの気持ちなんて関係ないわたし気持ちがある。


「わたしはっ、白戸さんのこと友達として――……好きだよ! 友達としてっ! うん、人としてだけどっ!!」

「千冬さんがわたしのことを好き!?」


 わたしの言葉に、白戸さんが顔を真っ赤にする。

 待って、ちゃんと友達としてって言ったよね?


 周囲の生徒達も「え、あの子、告白した?」「この前、葉寺ってこと二股してた子だよね?」「葉寺を振って私たちの白戸さんを選んだってこと?」とざわついている。


 なんで本当にわたしが告白したみたいになっているの!?

 だからとりあえず友達としてだよ!?


「みんな、大丈夫です。あの人は先ほど、白戸さんに誠意ある告白をすると誓ってくれました」


 って、さっきわたしが話した人!! そこまでは言ってないよね!?

 ダメだ、野次馬のことは忘れよう。彼女等に気を取られては、ただでさえまともに会話が通じない白戸さん相手は上手くいかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る