その⑫ 特別

 自分の顔の火照りもわかった。

 おかしいな、単純にわたしは白戸さんがどんな人で、わたしにどんな気持ちで、それがどんな理由であっても――友達でいたい。


 そう思っただけなのに。


「でも私は千冬ちふゆさんのことを……胸でしか見ていなくてっ」

「えっとね、白戸しらとさんっ」

「それなのに千冬さんは私のことが好き……」

「友達としてだよ!?」


 訂正の言葉を口にしたけれど、白戸さんのうるんだ瞳に、熱いわたしの体――。

 中途半端な気持ちの伝え方では、またおかしなことになる気がした。


「……それだけじゃない、かもしれないけど」


 ここまで言う必要があるのか。

 だって、人がたくさんいて。ここは学校で、お昼休みはもう終わりそうで。


「好きは好きだからっ!! 白戸さんとは、これからも仲良くしていきたいと……それだけ……伝えたくて……」


 もうこれ以上言えることはない。もっと具体的になにか言えればよかったのかも知らないけれど、限界である。

 白戸さんだって驚いているはずだ。今も目を見開いて口をパクパクとしている。やっと言葉になったかとおもえば、


「なんで、ですか」

「えっ、なんでって」


 戸惑う白戸さんに、わたしは根本的な問題に気づいた。


 よく考えると白戸さんとはケンカしたわけじゃない。ただ彼女に呆れて、わたしが勝手に冷たい態度を取ってしまっただけ。

 それなのに改まって、こんな風にいきなり、告白みたいなことして――。


「なんでですかっ、私……千冬さんに嫌われようって、してたのに……」

「え? 嫌われようと?」

「あんなおかしなことばっかりして、千冬さんも私を嫌いになったって思ったのに……」

「なんでそんなことをして」


 というか、そんなことしていたのか。

 いつからだ? 白戸さん、いつもおかしいからいつからだったのかわらかない。わたしの胸をやたらももうとしていたのがそれなのか? でもそれだと修学旅行の日で、ほとんど初めてのときからだし。

 勉強も教えてくれていた。あれは気割れようとするのとは逆で――葉寺さんとケンカばっかりだったこと? じゃなくてえっと、あれか一人でメッセージして会話してた……。


「よ、よかった。あれは演技だったんだね。一応、本気で心配してたんだよ?」

「演技と言いますか、少しだけ我慢をやめてみたと言いますか」

「少しだけ我慢をやめた?」


 え、いつも我慢ってしてたの?

 白戸さんに一番無縁な言葉だと思っていたけど。


「待って、それは嫌われようとするというか、ただ我慢をやめただけなのでは?」

「違っ……くはないですけど……で、でもその、千冬さんを好きなのは胸のことだけではなくて……それは、その」

「白戸さんっ、廊下! 人いっぱいいる!」

「そうです。私っ、千冬さんに好かれていい人間じゃありませんっ。いつも自分勝手で、欲深く、すぐ嫉妬もしてっ、嫌な……女じゃないですか……これは、最初からずっとですけど……」


 白戸さんが、泣き出してしまった。

 手が付けられないことはそれこそ何度もあったけれど、泣かれたのはカラオケのときだけだ。たしかあの時は抱きしめて、なだめたんだっけか。

 さすがにこの状況でそれは……でも放置するわけには、


「白戸さんが泣いてる!?」

「あいつが泣かせたのかっ!? おい、みんな辞書もってこい」

「ボールペン集めろ、ありったけ! 私たちの白戸さんを泣かせるやつに眼球は不要だっ」


 マズい。泣き止ませないと、なにをされるかわからない。

 仕方ない。でも大丈夫だよね、抱きしめるくらい、ハグだよハグ。欧米だったら挨拶だし、日本だって同性ならまあ、仲良しならしてもいいはずだ。


「白戸さん? ……わたし、白戸さんのこと嫌な人だと思ったことないよ。だいぶ話は聞いてくれないけど、それでも……白戸さんといて嫌だって思ったことは本当にないから……あっ、葉寺さんとか、他の友達とのこと口出されるのだけは困るけど、うん、ちゃんと嫌なことは嫌って言っているから」


 そう言いながら、わたしは白戸さんの細い体を抱きしめた。

 すごく見られている。でもちゃんと白戸さんが泣き止むところも確認してもらいたい。見世物じゃないから、あんまりじろじろ派見ないでほしいけど。


「白戸さん、ね? わたしは白戸さんが多少変なことしても全然大丈夫だから、好きだから……泣き止んでね?」

「千冬さぁん……私もっ……私もっ」

「え、あ、うん? そうだよね、わたしたち仲良しの友達だよねっ!!」

「大好きですっ、相思相愛なので添い遂げましょうっ!!」


 ――って、白戸さんは本当に話聞かないよねっ!?

 そうだよね、訂正もはっきりしないとね。白戸さんにはいつも以上にしっかり言葉にしないと伝わらないみたいだから。


「えっと――」

「見て、みんな。白戸さんとあの胸の大きい子は愛し合っているの。だから武器を置いて」

「は、はいっ!?」


 先ほど会話した子が、なぜかほろりと涙を流しながら白戸さんのクラスメイトたちを説得していた。いやいや、おかしなこと言わないで。しかも名乗ったよね? 胸の大きい子ってやめてって言ったよね?


 どうやら、この学校は話を聞かない人間ばかりらしい。もしかしてわたしが悪いのかな。言い方、間違えたの?


「千冬さんっ……私、千冬さんのすべてが好きです。胸も胸以外も……でも一番なのは、その雄大な胸のように広い心で私を受け入れてくれるところですっ!!」

「……雄大な胸?」


 意味はよくわからないけれど、とにかくわたしのことは胸だけで好きになったというのは、彼女なりに何か考えて言った嘘らしい。ほっとするし、やっぱり嬉しい。

 そのせいで、少し油断していた。


「千冬さん、愛してます」

「ちょえっ」


 キスされた。お昼休みを終える鐘が鳴って、


「私たちを祝福する鐘ですね」

「し、白戸さんっ!?」


 キスされたところ、白戸さんのクラスメイトたちほぼ全員にしっかり見られてしまった。

 ついでに、次の授業の先生にもばっちり見られた。


「お前ら……学校の廊下でなにをして……」


 わたしのクラス担任だった。国語の授業は白戸さんのクラスも担当していたらしい。


「白戸は……まぁいい。優等生だし、私のクラスじゃない。でも、お前は放課後職員室だ。あと授業始まってんだから直ぐに自分の教室行けっ!!」


 頭をがっちり捕まれて、白戸さんから引き離される。

 その際に、唾液が糸を引いた。一応言って置くと、わたしの唾液ではない。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あああぁーもうなんでっ!? 白戸さんのクラスの人たちにキスしているとこ見られるし、先生には怒られて職員室に呼び出されるしっ!? ねぇ、聞いてる!?」

「悪いけど千冬と白戸関連のことはちょっと関わらない方針にしたから……」


 大切な友人である未美みみたちは、まるでわたしの話を聞いてくれない。

 ちょっと前まで、「白戸や葉寺となにがあったんだ! 説明しろ!」って言っていたのに、一周回って「巻き込まれたくないから、なにも知らないってことでよろしく」と完全に距離を取られてしまっている。


 ひどい、友達なら話くらい聞いてよ。いろいろ打ち明けさせてよ。

 そんな涙を流すわたしに構ってくれるのは――。


「大丈夫か、千冬? あの後、夕里ゆうりと話せたんだよな?」

「葉寺さぁーっんっ!!」


 葉寺さんだけである。

 わたしの話、ちゃんと聞いて誤解なく理解してくれるのなんて彼女くらいではないだろうか。

 心配そうな顔で、葉寺さんがすぐそばに立っていた。薄情な友人達は、「じゃあこれで……」と顔を逸らしているし。わたしも泣きそうだよ。葉寺さんの優しさと未美たちの冷たさに。


「う、うん。一応、ね。……ちゃんと、白戸さんに好きだよって言ってみて」

「好きっ!? そ、そうか、夕里のことが……」

「え、あっ、友達としてだよっ!! 人としてっ」


 つい勢いで言葉が足りなかったことも、訂正すると


「……まあ、千冬がそう言うなら、そうか」

「えーんっ、葉寺さんだけだよ、そうやってわたしの話聞いてくれるの」


 ちゃんと会話が通じるというのはとても素敵なことだ。異国の地で同郷の日本人と出くわしたような気持ちになる。なんでだろう、ここは日本で、わたしの通う学校なのに。


「はぁ? 話くらい、普通に聞くだろ」

「誤解ばっかりで、全然みんな聞いてくれなんだよっ! 葉寺さんが特別っ! 好きっ!」


 唯一の理解者に思わず抱きついてしまう。わたしは座ったままだったので、立っている葉寺さんの腰あたしに頬ずりする形だ。腰、細いなぁ。白戸さんもスタイルいいと思うけど、葉寺さんのほうがすらっとしていて手脚が長い気がする。腰もなんかこう、いい感じに腕の中で収まる太さで。


「あのなぁ……千冬。今の言い方は誤解されてもおかしくないか?」

「えぇ、おかしなこと言ってないけどな」

「まぁ、いっか。あたしも好きだよ、千冬。特別だ」

「ふへへ。わたしもっ」


 そのまま頭をなでられる。白戸さんとのことで頑張ったわたしをねぎらってくれているんだろうか。


「千冬、やっぱ言っておく」

「え? なになに?」

「友達として好きというのはたしかにある。あたしも友達は好きだ。友達、みんな。だからあえて言わないんだよ、そういうのは」

「……まあ、そうかな? わたしも普段は言わないけど」


 未美たちに「好きー」って冗談で言うことはあっても、わざわざ真面目に「友達として好き」と言うことはない。

 じゃあ白戸さんへの気持ちはなんだったのか。


「それから、泊まりの話はどうするんだ?」

「えっ、予定通りのつもりだったけど」

「……楽しみにしてる」

「うん、わたしも」


 葉寺さんは頬をかいて、「じゃあ、またな」と言った。

 今日はわたしも職員室に行かなくてはいけないし、葉寺さんも友達と帰るようだ。


「はぁ、じゃわたしは職員室行ってくるね」


 背を向けていた薄情な友人達に挨拶すると、振り返った未美が眉をひそめていた。


「……千冬、お泊まりって何だ?」


 背中向けて興味なさそうにしていたくせして、しっかり盗み聞きしていたらしい。だからって、その顔はなんなのか。


「週末に葉寺さんと白戸さんの家にお泊まりする約束してて」

「そうか。月曜日は白いたい焼きで祝ってやるからな」

「え? ねえ、なにその文化? 祝うようなこと、ないよ? ただのお泊まりだよ?」

「特別に好きな相手二人とお泊まりがただのお泊まりねぇー」


 さすがにこれは未美なりの冗談だろう。わたしは「そういうんじゃないから、もう」と呆れて話を終わらせる。

 ただの友達三人でのお泊まり会だ。そりゃ白戸さんはまた変なことを考えていると思う。だけど葉寺さんもいるし、全然そんなことには――。


 葉寺さんもわたしのことを好きだと言ってくれている。それも、わたしとは違う意味で。

 わたしも白戸さんや葉寺さんのことは好きだ。これは友達として。


 うん、普通のお泊まり会だよね。


 ――そのはずなのに、どうにもわたしの体はただごとではない熱さを感じた。


「えっ、ただのお泊まりだよね? ねえ、未美、どう思う!?」

「聞くなっ!! 関わりたくないっ、お祝いの準備だけはしといてやるからっ!!」

「やめてっ!! わたしのなにかを祝おうとしないでっ!!」


 わたしのなにかが祝われることにはならない――と思う。そう切に願って、とにかく今は職員室へ向かった。

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