その⑬ 長い夜

 手土産に嗜好品持ってきたマカダミアナッツクッキーがいささか場違いに思える立派なマンションが、白戸夕里しらと ゆうりさんの家だった。


 ――いや、そんなことないよ。マカダミアナッツクッキーは高級なお菓子ってわけじゃないけれど、味は間違いないんだからっ!


「おーっす、千冬ちふゆ


 エントランス前で尻込みしていると、向こうから葉寺夜澄はでら よすみさんが手をひらひらさせながらやって来た。


「葉寺さんっ!」


 挨拶代わりにグータッチする。私服の葉寺さんはいつになくギャルっぽい。性格は真面目でしっかりしなお姉さんタイプの彼女だけれど、実際にはギャルなのかどうかよくわからない。


「あれ、それは?」


 服装にやや似つかわしくないスーパーのビニール袋を手にさげていた。それも中身がぱんぱんのようで、長ネギの頭もはみ出している。買い物帰りのお母さんみたいだ。


「晩ご飯作ってやろうかと思って」

「葉寺さん、料理できるんだ?」


 料理ができるというのも意外ではないけれど、やっぱり家庭的なのか遊んでいるのかよくわからない。いつか葉寺さんの家にも遊びに行ってみたいな。


「おう、カレーだけど」

「え、カレーに……ネギ!?」

「これが中々合うんだよ。楽しみにしとけー」


 ともかく、二人してエントランスに入る。ガラス張りの向こうに高そうなソファーや観葉植物が並んだ共有スペースが見える。やっぱり高級マンションだ。

 インターホンに聞いていた部屋番号をいれると、ゼロ秒くらいで白戸さんが出た。


「千冬さぁんっ!! 待っていましたっ」

「あ、うん」

「おい、夕里。あたしもいるからな」

「…………風邪、ひかなかったんですか」


 声だけで白戸さんがむすっとしているのがわかる。冗談の類いであるとはいえ、


「白戸さん、その言い方はちょっと」

「いいって」

「えー、でも」


 白戸さんの失礼な言動はどうにかならないだろうかと思う。ただこれから楽しいお泊まり会だし、葉寺さんが気にしていないならわたしがとやかく言うことでもないんだろうか。

 よく考えれば、ケンカするほど仲がいいとも言う。幼馴染みだから、白戸さんも他の人相手と違って取り繕っていないだけということだろうし。

 それでこの発言なのは、元の性格に問題がある気もするけど。


 ともかく、白戸さんの部屋にいれてもらう。


「お邪魔します」

「ふふっ、千冬さんは大歓迎ですよ」

「う、うん。ありがと」

「夜澄もどうぞ」


 何LDKかわからないけれど、部屋の中もやはり広々としている。そういえば白戸さんはいつも敬語だ。葉寺さんのことも呼び捨てにしているけれど、口調自体は丁寧だし、良いところのお嬢様ってことなんだろうな。

 リビングに案内されて、


「今日は私だけですから、お気兼ねなくどうぞ」

「……本当にご両親不在なんだ」


 とつぶやく。偶然の外出ではないとなれば、わざわざ週末に泊まりがけの外出をさせてしまったということになる。なんだか申し訳ない。そう考えると手土産は白戸さんではなく、彼女のご両親宛にもっとしっかりしたものを持参すればよかった。


「はい、どうか千冬さんと私の家だと思ってくつろいでください」

「いやぁ……」

「冷蔵庫、これしまっていいかー?」

「なんです、それ?」


 ビニール袋を不思議そうに見る白戸さんだったが、「晩飯つくってやろうと思って。カレー好きか?」と説明する葉寺さん。

 するとなぜか、


「もしかしてっ、夜澄っ! あなたっ!!」


 と怒りだした。――え、なになに、白戸さんそんなカレー嫌いなの!?


「ま、まさか、買い物を……千冬さんと二人して、スーパーで新婚さんのように買い物をしてきたわけじゃないですよねっ!? だから二人してそろって!?」

「違う違う。下で偶然会ったんだよ。買い物はあたし一人でしてきた」

「白戸さん、疲れるから適度に仲良くしてね?」

「はいっ、千冬さんと私は仲良しですっ!」


 この人、ちょっと前までわたしに嫌われようとしていたんだよね? 調子良いっていうか、まあ、引きずられても困るからいいか。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇



 葉寺さんの手作りカレーは美味しかった。まさか生のネギをどっさり薬味として一緒に食べるとは思わなかったけれど、思いの外に相性が良い。


「んーっ、美味しかったー。また食べたいなー」

「言ってくれればいつでも作るよ」

「千冬さん、我が家のキッチンが良かったんですよ? 我が家のキッチンでつくられた料理もまた食べたいですよね?」

「キッチン借りて悪かったな、夕里」

「い、いえ……夕食は助かりました。出前でも頼もうかと思っていたので、なにも用意をしていませんでしたので」


 お腹もいっぱいになったので、さっそくドラマをみんなで観ることにした。

 最近いろいろあってあまりドラマのことばかり考えて居られなかったから、わたしも観ていない作品で最近やっていた日本のドラマを選んだ。

 せっかくなら二人にわたしのおすすめを布教したい気持ちもあったけれど、みんなで初見の方がわたしも一緒に盛り上がれる気がした。


 お気に入りだと何回か観ているし、「あーこの演技いいよね」とか語りモードになる心配もある。


 ただ初見は初見で――。


「ほぇ……」


 一人で思いっきり集中してしまった。

 せっかく三人で観ているのに、無言で三話ほど流し終えてしまう。


「あ、ごめん、わたし一人で夢中になって……」


 もめた座る場所で(白戸さんが一人で騒いでいた)わたしの左隣にいる葉寺さんがなぜかじっとこちらを見つめてくる。

 たしかに普通ならもっとおしゃべりとかして、感想とか言い合いながら観るべきだった。


「いや、それはいいんだけど。面白かったし」

「そ、そうだよね!? あはは、続きも気になるし当たりだったね」

「それより、クッキー……全部食べたな、千冬」

「えっ!? あ、あれ?」


 言われてハッとなると、お土産として持ってきたマカダミアナッツクッキーを全部自分で食べてしまっていた。無意識だった。でも、手土産を自分で食べちゃうって――。


「ごめんっ!! わたし、なんてことを……」

「いいんです。千冬さんの美味しそうにクッキーを頬ばる姿が観られただけで、私は大満足ですから」

「それは、ドラマの方観てほしいけど……でも本当にごめん」


 右隣で白戸さんが微笑んでいる。怒られなかったのはよかったけれど、せっかくのドラマ鑑賞会にお菓子なしなんて。白戸さんは最初にマカダミアナッツクッキーを渡したときに「菓子類は家になかったので助かります」と言っていた。減量に余念がない彼女らしい。

 だから白戸さんは多分クッキーを食べられなかったことにも不満はないのだろう。


「あたしは食べたなかったけどなー」

「うっ、ごめんね。コンビニでなんか買って来るよ」


 おそらく甘い物も普通に食べる葉寺さんは、少し唇を尖らせて不満そうにしている。

 完全にわたしの失態だ。いつも暴走している白戸さん相手ならごまかせるけど、葉寺さん相手だと罪悪感しかない。


「ったく、そこまではいいけど。口元にカス残ってるぞ」

「えっ、嘘」

「千冬はそんなにクッキー好きなのか?」

「好物でして……マカダミアナッツクッキーは、昔から大好きなんだよね」


 葉寺さんに真っ直ぐ見られて、顔が熱い。怒ってはいないみたいだけれど、恥ずかしい限りだった。


「……千冬さん、私とどちらが好きですか?」

「えっ!? マカダミアナッツクッキーと白戸さん?」

「はい。どちらを食べたいですか?」

「食べたいのはマカダミアナッツクッキーだけど」


 ぐいっと反対側から話に入ってきた白戸さんを、ぐっと押し戻す。

 食べ物と人間を比べることなんてできないし、食べたいのは絶対にマカダミアナッツクッキーだ。


「……なあ、千冬。じゃあ、あたしと夕里はどっちだ?」

「えええぇ!?」


 まさか今度は葉寺さんから突拍子もない質問が飛んできた。


「え、いやいや、そういうのは選ぶことじゃなくて……」

「私です! 私のことは特別だって、好きだって言ってました!」

「それなら、あたしも同じこと言われたからなー」

「あ、あの、葉寺さん? 白戸さんも」


 マズい流れだ。でも葉寺さんならいい感じに空気を収めてくれるに違いない。

 そうだよね、助けて。とわたしはアイコンタクトを送る。


「千冬、聞いたぞ」

「えっ、なにを」

「廊下で、みんなが見ている前で夕里とキスしたって」

「え、いや、それは……っ」


 あれだけガッツリいろんな人に見られているのだ。

 わたしのクラスのみんなが触れてこないだけで、全部知られていてもおかしくない。


「あたしのことも、夕里と同じくらい好きってことでいいのか?」

「そ、それは……そうかな?」

「じゃ、あたしもいいか」


 葉寺さんの目がわたしをのぞき込んでいた。澄んだ瞳に、思わず背が真っ直ぐに伸びた。


「クッキー、残りもらうぞ」


 彼女の唇がわたしの口元のクッキーを――。


「んっ、ふぅっ!!」


 驚きで、変な声がもれた。

 隣でもっとすごい音もする。


 葉寺さんがまさかそんなことするなんて。でも、やっぱり特別好きな相手だからか、嫌な気持ちは一切ない。

 けれど、葉寺さんは友達だし、この状況って。


「ち、千冬さんっ!? は、離れてっ、そんな人から離れてくださいっ!! 夜澄っあなたって人は、許可もなく千冬さんになんてことをーっ!!」


 白戸さんだって、大概わたしに許可を取ることなんて――いや、あの廊下のキス以外はなんだかんだ許可を取ってたっけ? いつも強引だから、なんとなく納得できないけれど。


「えっと、白戸さん。まず落ち着いて。それから……葉寺さん? なんで急に」

「んーあたしも夕里に負けてられないかなって。あと千冬もクッキーも甘かったよ」

「はっ、葉寺さんっ!? 甘いのはマカダミアナッツクッキーだけだよっ!?」


 どうしたのか、いつもの葉寺さんよりずっと押しが強い。


「あたしが見てない間に夕里がなにするかわかんないから。ちゃんと、あたしもしっかり千冬に行動で示してくことにした」

「えっ、えっ」

「そうでもしないと、千冬は夕里にされるがままみたいだからな。人前でキスされて、土下座されたら胸を触らせて」

「あっ、あの、葉寺さん!!」


 葉寺さんにグッと抱き寄せられて、また白戸さんが奇声をあげた。でも驚きで変な声をあげたいのはわたしの方だった。


「な、なんでっ、どうして夜澄が千冬さんと私の大切な思い出をっ」

「えっ、大切な思い出? あっ、いや、話しちゃったのはわたしで、それはごめんなんだけどっ」

「千冬さんは私のものですっ! 夜澄、離れなさいっ! この口も胸も全部私のものなんですっ」


 今度は反対側からは白戸さんに抱きつかれる。

 両側から美少女二人に抱きつかれるわたしは身動きもできず――。


 どうしてこんなことに、わたしが一人でマカダミアナッツクッキー食べちゃったからなの!?

 そうじゃなくて、もっとはっきり拒絶を……でも白戸さんも、葉寺さんも、わたしに向ける潤んだ瞳を見ると、どうにも拒めない。胸が高鳴って、顔が熱い。


「えっと、えっと……ドラマの続きを……」


 ドラマの続きが気になってしかたないのに、どうしてわたしは二人を振り払えないんだろうか。

 今晩わたしはどうなってしまうのか。

 これからわたしはいったい――。


 始まったばかりの長い夜は、白く明るい液晶モニターに照らされながら、しばらく眠りにつけそうにもなかった。



 ―――――――――――――――

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 今回で本編は完結になります。長いことお付き合いありがとうございました。

 なにかの折に続きや番外編を書ければとは思っていますが、いろいろと書きたいものがたまっているので気長に待っていただけると幸いです。


 他にもいろいろ百合作品を書いています! よろしければそちらも是非!


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学校で一番可愛い女の子が、わたしの胸をもみたくて土下座する話。 最宮みはや @mihayasaimiya

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