その⑩ 屋上と頭ポンポン
「千冬さんを好きになった理由なんて、胸に決まっているじゃないですか。胸ですよ、千冬さんの大きい胸です。それ以外ありません」
きっぱりと、言い切った。
(え、えええぇ……いやいや、そうかなって思っていたよ? 白戸さん、わたしの胸への興味も執着も異常だったしさ……でもまさか本当にここまで断言されるなんて……)
これがドラマだったら、「お前のことなんて体にしか興味なかった」なんて言う男は、大抵ビンタか水でも浴びせられるだろう。
わたしも「白戸さんっ、最低! 胸のことしか考えてなかったんだっ」って怒るべきなんだろうか。
でも、それは最初からだった。
今更怒ることなのかな? 好意の理由が胸だと断言されるのは、いい気分ではない。それでも好意は好意であるし、嫌われているよりはマシな気もする。
「……そ、そっか。そうなんだ。胸かぁ」
「はい、私は
「…………えっと、ちなみに、他の人の胸はどうなの? わたしより大きい人も探せば全然いると思うけど」
「はい? 他の人の胸?」
生徒指導室という狭めも個室で二人きりということもあって、無言になると気まずい。
わたしはまだ動揺していた。いくら予想がついていたとは言え、白戸さんのことは友達だと思っている。そんな友達から「胸にしか興味がありません」と言われて、さらに困惑した。
「……他の人の胸には別に」
「え? なんで?」
「いえ! それはその……ありますよ! もしいい胸があれば、そちらにも興味を持つと思います。たまたま千冬さんがもませてくれたから、好きになっただけですよ」
「…………そ、そうなんだ」
どうしよう、本格的に怒った方がいいんだろうか。
でも不思議と怒りがわいてこなかった。そんな頼めばヤラせてくれそうだったから、みたいなことを言われたら、今度こそビンタの一つもするべきだろうけれど。
それよりも、ショックだった。
(あれ、おかしいな。白戸さんなんだし、胸が理由だってほとんど予想通りだったのに……。胸しか長所がないなんて、別に散々言われてきてたのに……)
「そ、そっか。ま、まあ、そういうことなら……うん……」
胸がちょっと大きいことくらいしか取り柄もないことも、白戸さんが胸がばっかりなこともわかっていたつもりだ。
それなのに、どうもわたしは白戸さんがわたしのそれ以外のところも見ているんじゃないかって思っていたらしい。
泣きそうだった。感動系のドラマで散々涙腺を鍛えられていなかったら、ポロポロと涙をこぼしていたかもしれない。
「聞きたいこと、聞けたし……えっと、ありがとね。わたしは、これで……」
なんとかそれだけ口にして、なるべく白戸さんの顔を見ないように部屋から出た。
片手に持っていたお弁当は本当なら彼女と一緒に食べるつもりだったけれど。
――教室に戻って、
一人になりたい。でもそんな場所は……お手洗いでお昼ご飯はちょっと……。
(あっ、屋上……)
でも簡単に貸し借りしていいものではない気がした。断られたら、どうしよう。どこか他にいい場所は――。
『わかった。鍵持ってくから、屋上の前で待ってろ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
葉寺さんのおかげで屋上に来る。わたしの気分と対照的に、まぶしいくらいの快晴ぶりだ。
「えっと……やっぱり、わたし一人だと規則的に問題だった? ごめんね、葉寺さんも友達とお昼食べてたとこだよね?」
横でわたしを見守る葉寺さんに、遠回しに「一人になりたい」と言ってしまう。
もちろん、善意で屋上にいれてくれた葉寺さんにこんなことを言うのは失礼だ。ただ思ったよりわたしは落ち込んでいた。
「一人になりたいってやつ、一人にしちゃダメだろ。それも屋上で」
「えっ、いや、屋上だからってそんな早まったことしないよ!?」
「ま、千冬がそんなことするとは思ってないけど。……でも、放っとけないだろ。一人になりたいって言われても、はいどうぞってだけが友達じゃない」
葉寺さんがわたしの頭に軽く手を置いた。ぽんぽんとされる。頭ポンポンだ。
しっかり者の葉寺さんにこんなことをされると悪くない。つい甘えてしまいそうだ。
「うっ……ありがとう」
「別に話せってわけじゃない。近くに誰か居るだけでも、嫌な方向に考えすぎないで済むもんだ」
優しいな。本当に泣いてしまいそうだ。葉寺さんは白戸さんと比べるとすごくまともで――というより、比べるまでもない。葉寺さん優しい、惚れそうだ。
「あ、あのさ……話してもいい?」
「もちろん」
「……実は」
とても特殊なことで、白戸さんのことをあまり人に話すことは躊躇われる。
ただ葉寺さんは既にほとんど事情を知っている。少しくらい……とわたしはつい愚痴るように、白戸さんとのことを吐露してしまった。
「それは、さすがに……夕里も冗談で言ったんじゃないか?」
「違うよ!! 冗談じゃないって、葉寺さんは知らないと思うけど、白戸さんの胸への執着は本当にすごいんだから!!」
「それにしたって、胸にしか興味ないって……あるか?」
「あるよ! 白戸さんならある!」
事情をだいたい知っていた葉寺さんもわたしの話に驚いていた。どうも信じていないらしい。
白戸さんとの付き合いは、幼馴染みである葉寺さんの方が長い。それでも白戸さんの胸に対する異常さはわたしの方が絶対によく知っている。
「なんだ、そりゃまあ……千冬の胸か」
「え、なにっ、もしかして葉寺さんも、わたしの胸に興味が!? やっぱりわたしの取り柄って胸だけなの!?」
「違うっての。ま、興味は多少あるけど」
「…………そ、そっか」
なんでだろう。同性なのに、なんでみんなそんな胸に興味を持つのか。
「でもそれはほら、千冬ともっと仲良くなりたいって意味でさ。胸どうこうって話じゃなくて」
「そうだよね!? そうだよね!! やっぱり白戸さんがおかしいんだよ」
「だから待てって。夕里もそうなんじゃないかって話。……あいつだって、千冬のことを好きってのが前提なんじゃねえの?」
「……白戸さん特殊なんだよ」
ほぼ初対面で土下座して胸をもませろと頼み込んでくるような人間だ。
常識人の葉寺さんにはわからないだけだ。
「ま、特殊なのは否定しないけど。……でも、あいつの気持ちはもっと本気だったと思う」
「本気で胸が好きなだけだよ」
「……はぁ、まあその可能性は否定しないし、千冬が本気で夕里のこと嫌だって言うならなんにも言わない。でも今日はもう、今までみたいに無理なお願いもなかったんだろ?」
葉寺さんは、苦々しい顔で微笑んだ。
「夕里はほら、プライド高いんだよ。なんつーか、千冬の前ではずいぶんと本心さらしてたみたいだけど、本当に大事なところで、本音が出てこなかったってこともあるんじゃねえのかなって」
それは多分、曲がりなりにも恋敵である白戸さんをフォローしたからだったのだろう。
「千冬。あたしが言うのも変な話だけどさ。もう一度だけ、夕里にチャンスやってくれないか。……罪滅ぼしってよりは、幼馴染みとしての頼みだ」
わたしは、頷いた。目元をぬぐって、もう一度白戸さんと話すことにする。
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