その⑩ 言い合い

 白戸しらとさんはわたしより背が高い。だけど気づいたらうなだれるようにして、彼女の頭が徐々に低い位置へと動いていた。まるでわたしの胸に埋もれるみたいに。


「……えっと、白戸さん? 本当にごめんね。わたしが深く考えなかったせいで、二人とも変な感じになって」

千冬ちふゆさんは悪くありません。……私も、夜澄よすみがいると知った上で来ました。せっかくの楽しい場なのに、一人で感情的になって……申し訳ないです」


 そう言いながら、顔をぐりぐりと胸に押し込んできた。

 えっと、言動不一致じゃないの、これ。申し訳ないって思っている? わたしの弱みにつけこんで好き勝手しようと思ってない?


 いやいや、わたしも彼女を傷つけた自覚はあるし、これで気が晴れるなら文句もないけど。


 ――でも、これで問題が解決するわけじゃない。わたしの胸にできるのは白戸さんの気を紛らわすのが精々だろう。


 根本的なところは、白戸さんと葉寺はでらさんの二人がどうにかしないといけない。

 どうしよう。わたしも、もう少し間に入ってなにかした方がいいのかな。物理的だけじゃなくて。


「あのさ、白戸さん。……落ち着いて聞いて欲しいんだけど、葉寺さんは白戸さんのことそんな悪いようには言ってなかったよ」

「嘘です。丸かったって」

「そ、それは……いやでも、すぐ誤魔化してたし、他にはたいしたことは」

「…………私が丸かったのも事実なんでいいですけど、他はなにを言ってたいんですか」


 葉寺さんをチラリと見ると、肩をすくめながらうなずいた。言っていいということだろう。


「えっと、二人はよく競ってたって」

「別に、私は夜澄のこと気にしてませんでしたけど? ただ夜澄がちょっと勉強とか運動とかできるから、鼻持ちならない態度だっただけで。クラスでボス面してたから気に障ってただけで競うなんて」

「おい、絶対あたしのこと意識してただろ。そんで負けたら――」

「待って待って! そうだね。まあ……良くも悪くも目立っているといろんな見え方ってあるし……そんな気はなくてもさ、ちょっとしたことで周囲には大きく取られることもあるのかなーって」


 まずは白戸さんの言い分をくんでみる。わたしにそんな器用なことはできないけれど、なんとか二人の話をバランスよく聞かなくてはいけない。


「でもほら、葉寺さんも悪気はなかったと思うし。だって白戸さんと競って勝つと――」


 あれ、ムキになってくる白戸さんが面白くてからかってたって言ってたっけ。

 あの時は軽いノリかなって思ってたけど。


「……うん、わたしは現在進行形で割とクラスの端にいる側なので言わせてもらうけど、そういうの軽いノリだとしてもメンタル削がれるよ。葉寺さん自身はそんなつもりないと思うけど、だって葉寺さんの周りにはたくさん他の子もいたんでしょ? だったら軽く葉寺さんが軽く言っただけのつもりでも、言われた方は全然受け取り方違うよ」

「やっぱりそうですよねっ!! 夜澄が全部悪いんですっ、小学生にして卑劣でしたっ!」


 しまった。ちょっと肩入れしすぎたかもしれない。

 わたしの胸に顔を埋めながら、「むふふ」なんて笑みを浮かべていた白戸さんは、まるで勝者みたいな態度だった。


「え、いや全部ってことは……卑劣も言い過ぎだし、失礼だよ……」


 わたしがそう言うと、今度は葉寺さんが、


「やっと本性出してきたなぁ。夕里ゆうりはこういうやつだった。口ばっか一人前で、自分はクラスで一番賢いみたいに振る舞って、そんで他の子を下に見てたのは夕里の方だろ」

「わっ、私はそんなことないですっ!!」


 ついに耐えかねたのかヒートアップしてきてしまい、それにまた反論しようと白戸さんの声も大きくなる。

 まあ白戸さんもさっきからずいぶんな言いようだったし、葉寺さんにも言い分があるのはわかるけど。


「あーもーっ!! わかった、わかったよ! じゃあ、好きなだけ言いあっていいよ! 二人が満足したら、そのあとはわたしがなんとかするから」


 思わずというか、二人の声が耳に響いてきて、つい口走ってしまった。

 よくよく考えたら、昔の事なんて全く知らないし、今に至っては学校で一番有名な白戸さんとそれに次ぐくらいには有名な葉寺さんの言い合いになんでわたしみたいな普通の女子が関わってしまったのか。

 しかもよりによって、なんとかするって。何様なんだろうか。

 責任は感じていても、そんなことできる器じゃないよ、わたし。


「……なんとかって、千冬。なにする気だよ」

「千冬さんがなんとか……最後は私を慰めてくれるんですか?」

「わかんないけど、わたしにできることはするから。だから一回好きなだけ言いあってください」


 わたしがそう言うと、二人は本気で好き勝手罵倒し合った。

 えっと、それで本当にわたしはこの後なにする必要があるんだろう。

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