その⑪ 仲裁

 多分、白戸しらとさんがいけ好かない子供だったのは本当なんだろう。というか、学校での彼女はでだいぶ猫を被っていたんじゃないだろうか。

 葉寺はでらさんに恨みつらみをぶちまける彼女を見ていて、なんとなくそう思った。


 ――まあ、修学旅行のときからして、人の話を全然聞かないで突っ走るタイプではあったか。


 そう考えると、わたしに見せているのも素の彼女ではあるのだろう。欲求に素直なのか、敵対心を隠していないのかの違いはあるけれど。


 葉寺さんの方もあっけらかんとした裏表のない性格なのは前からだとは思うけれど、昔は子供ながらの残酷さというか、今でも多少ある良くも悪くもサバサバ系な部分がもっと尖っていたのだろう。

 いけ好かない白戸さんのことを小馬鹿にしていたのは、本人の口からも明らかだ。


 当時は小太りで、勉強も運動もそんなにできるわけじゃない白戸さんが「ボス面しててムカつく」って張り合ってくるのだから、「なにか勘違いしてないか、こいつ?」って鼻で笑う気持ちもわかるけれども。


 成長して少々気をつけるようになっていたであろう言動も、白戸さんの罵りに触発されて、完全にキレている。葉寺さんの見た目も合わさって、完全に手の付けられないギャルだ。


 要するに二人とも、思ったことを言ってしまうタイプなんだろう。

 わたしは内心ではいろいろと失礼なことも並べるけれど、あんまり口には出さない方だ。だからだろうか、言い争う二人を「どうしたらいいんだろう」という気持ちで見守ってはいたものの、後半ちょっとだけ「なんか、いいな」と爽快さまで感じていた。


 ――さすがにそろそろ満足するでしょ。


 三年以上前のことだし、そろそろ言うこともなくなるだろう。実際、聞いている内容も段々尻すぼみになってきて……。


「ったくよ、もう過ぎたことをよくそんな覚えてるよなぁ」


 さっきまで自分も言い返していたくせにと思いつつ、葉寺さんの呆れ自体には同意見だった。

 だって白戸さん、今もう学校一の美少女じゃん。勉強も学年一位で、運動だってできるし。


(……努力したのかなぁ)


 そこについては、また思うところもある。土下座されて胸をもまれた身としては、白戸さんを完璧な美少女とも認識していなかったけれど、また印象が変わった。


「過ぎたことって……っ! 私だって本当はもう夜澄よすみのことなんて忘れて、二度と関わりたくなかったんです」

「へぇ、だったら今からでも遅くないだろ。あたしも夕里ゆうりがそこまで言うなら、二度と話しかけない」

「……それは、そうしたいですけど」


 白戸さんの視線が、なぜかわたしに向けられる。え、なに? わたしは二人に仲良くしろなんて言って――うん、今日二人を一緒にカラオケ誘ったのが悪かった。


「ごめん。わたしが二人を引き合わせちゃったのが原因なのはわかってるし、もうこんなことはしないよ。これからはわたしが二人のどっちかといるときは、なるべく鉢合わせないようにも気を遣うし……」


 もう少し上手くいくと思っていた。完全にもくろみが外れて、むしろ仲を悪化させてしまったのは、わたしの責任だった。

 だからこそ二人が満足したら、後始末のようなことはわたしがするつもりだ。なにをしたらいいのかは、わからないけど。


「違いますっ! 悪いのは千冬ちふゆさんじゃないんですっ」

「それは、白戸さんがわたしと葉寺さんがどうだこうだ言うからってのはそうだけど……」

「なんだよ、夕里。あたしと千冬のことで文句でも言いたいのか」

「……夜澄は千冬さんに悪影響です」


 今にして思えば、白戸さんが散々訴えかけてきたことはそれだった。

 あれ、待って。もしかしてこの流れ――。


「悪影響だぁ? そんなことないだろ、なあ千冬」

「え、うん。葉寺さんとは普通に友達だし、勉強だって教えてもらってて……」

「勉強なら私が教えられます。数学も、夜澄には負けていますが……それでも追試の対策であれば問題ありません。いえ、次のテストでは、夜澄にも勝ちます。だからっ」

「また張り合う気か? 数学は勝手に夕里が勉強すればいいけどよ、千冬のことにまで口出すな」


 うん、これはわたしの主張でもある。友人関係には口出ししてほしくない。


「夜澄みたいな人が、千冬さんに関わって欲しくないんです。千冬さん、お願いします。私なら千冬さんの追試を――いえ、今後の試験すべてで高得点が取れるよう教えて見せます。大学受験だって、その後も……」

「いやいや、重いし。それに、勉強教えてもらうから葉寺さんと友達なわけじゃなくてね」

「夕里、お前自分で無茶なこと言ってるってわかってるか? あのなぁ、そんなに自分の友達とあたしが仲良いのが嫌だってのか?」

「嫌です。千冬さんと仲良くしないでください」


 だからもう、と頭を抱えたくなる。


「はぁ? だったら夕里が諦めろ。あたしは夕里とクラスメイトだし。ま、数学と日本史もなんとか教えられると思うし」

「え、あの、ありがたいけど……勉強を教えてもらうかどうかでは別にわたしも友人関係を判断しては……」


 なんかわたしが友達=勉強を教えてくれる人と認識しているみたいじゃないか。違う、そんなことない。


「な、なんで私が! 私の方が千冬さんと仲良しなんです。夜澄が諦めてください。クラスも変わってください。明日にでも転校してください」

「白戸さん……それはいくらなんでも無茶苦茶な……」


 満足するまで言わせるつもりだったけれど、気づけばわたしが間に入ってしまっている。これでこのまま言い放題にさせてしまうと、さすがに居心地も悪い。


 ――まあ、うん。はっきり言わせてもらおう。あんまり気が進まないけど。


「白戸さん、前も言ったけど、もう一回言うよ。……わたしは白戸さんのことも、葉寺さんのことも同じ友達だと思っているよ」


 白戸さんは納得していない顔だった。なにか言おうとしたけれど、わたしは続ける。


「できれば二人ともと仲良くしていきたいけど、白戸さんがそうやってわたしと葉寺さんのことに口出しするなら……もうこれ以上白戸さんとは友達でいられないよ」


 言い終えると、白戸さんはなにも言ってこなかった。


「千冬、悪いな。巻き込んで」


 葉寺さんは横でため息をついてから、わたしの肩にぽんと手を置いた。


「ううん、わたしの方が二人と一回一緒に遊んだら、わだかまりとか消えないかなって……全然逆効果だった。だからわたしこそ、迷惑かけてごめんなさい」

「ま、夕里のやつがこんなネチネチ恨んでるのが悪いだろ。あたしの方は全然仲良くやるつもりだったし。千冬も気にすんなって」


 これだけのことがあっても、葉寺さんはさっぱりとしていた。やっぱり悪い人ではない。

 すごくいい人だ。これからも仲良くしたい――けど。


「ただ、えっと……うん、わたしがこんなこと言える立場じゃないんだけどさ」


 わたしは、さっきと同じくらい気が進まないけれど、それでも思っていたことを言う。


「二人の話を聞いていてね、どっちが悪いとかはわかんないよ。どっちもどっちな気もするし、もしかしたらちょっとだけどっちかの方が悪いとか、あるのかもしれない。原因とか発端とかはあるだろうし」


 葉寺さんと白戸さんの二人を見る。


「でも、それとは別で。葉寺さんは、気にしてなかったんだよね、白戸さんとのこと。覚えてたけど、まあ笑い話くらいのことでさ」

「え、ああ、そうだけど」

「だったら、一度ちゃんと白戸さんに謝ってほしいかな。……だって、白戸さんははっきりと葉寺さんにこと恨んでたんでしょ。三年たっても、ずっと根に持ってて。それが、白戸さんが心狭いだけとか、陰険な性格だってことかもしれないけど……でも違うと思う。やっぱり、白戸さんに取ってはそれだけのことだったんだよ。葉寺さんがしたことは、白戸さんに取って、それだけ恨むに値することだったんだよ」


 やったことの大小はわからない。

 でも二人にとって、過去のことが、どう刻まれていたのかはよくわかっている。

 そんなの白戸さんの受け取り方の問題で、根に持つ方が悪いってのもある。だけど、わたしは白戸さんがそこまで底意地悪いとも思えないし、小学生だったときの白戸さんがそれだけ傷ついたのは事実なんだと思う。

 それが半分くらい自業自得だとしても。


 わたしの勝手な言い分に、葉寺さんは怒るかもしれない。「なんだお前、友達少ない陰キャだからって仲間するのか?」と笑われるかもしれない。

 だけど、葉寺さんもそんな人じゃないって、わたしは思った。


「……まあ、そうか。そうだな。なんでそんな怒ってんだよって、あたしもイラついてたけど。……夕里がそれだけ怒ることを、あたしがしてたってのは、まあそうか」


 葉寺さんは、わたしの感情でしかない言い分を受け取ってくれた。


「……悪かった。ごめん」

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