その⑨ 過去とコケシ
葉寺
白戸さんに取っての幼馴染みで、多分ライバルみたいな存在。今までは「葉寺さん」って呼んでいたのに、「夜澄」って急に呼んだ。昔はそう呼んでいたのかもしれない。
もしくは、内心ではずっとそうだったのかも。
ともかく、白戸さんは顔を赤くして葉寺さんをにらみつけている。葉寺さんの方は「なんだー」って気の抜けたような顔でへらへらしたままだけど、このままケンカになったらどうしよう。
「あのね、白戸さん! えっと……落ち着いて?」
「夜澄はいつもそうやって私のことを馬鹿にしてっ!! 許せませんっ」
「そんなこと――」
まあ、はっきりと「すげえ音痴だった」と言い切っていたので、「馬鹿にしてない」とも言えなかった。悪意のある感じではなく、ぽろっと口から出てしまっただけだとは思う。
だいたい葉寺さん、人は良いけど口は悪い……みたいな感じがある。わたしも「やりそうな胸」とか言われたし。いや、怒ってないけどね。根にも思ってないよ? 胸のこと、言われるのはよくあるし。実際目立つから、なにも言わないってのも返って変なんだんだろう。白戸さんくらい胸ばかりに注目してくる人はどうかと思うけど。
「でも、そんなに怒るほどじゃないかなーって。ほら、葉寺さんも思い出としてね、懐かしむ気持ちで言ってたと思うから」
「ああ、悪かったよ。
フォローするように葉寺さんも謝った。頭を下げるわけではなく、軽く手で拝む感じだけど。
ただ白戸さんはそれくらいじゃ納得できないようだ。
「……そうやって、適当に誤魔化してっ。私のこと下に見ているくせに」
「はぁ? 別に下もなにもないだろ」
「そうです。今はもう私の方が――っ!!」
「わーっ! わーっ!」
つかみかかりそうな勢いだったから、わたしは慌てて二人の間に割って入った。
(これに関しては、わたしが二人の因縁を軽く見積もり過ぎたせいなのかな……)
正直、傍目に聞いている限りだと白戸さんが根に持ちすぎているような気もする。
でも白戸さんがいくら暴走気味の性格だからって、なにもなしにこんな人を恨むようには思えない。
きっと過去の二人の間には、なにかあった。葉寺さんはそれを薄らとしか覚えていないけど、白戸さんに取ってはもっと重大なことだったのだろう。
関わらないでいくつもりだったけれど、こんな状況にまでなって無視することはできない。
「あのさ、白戸さん。よかったらだけど、どうして葉寺さんのことそんなに怒っているのか聞いてもいいかな」
「…………千冬さんにはできれば言いたくありません」
「そっか。……ごめん、少しだけ葉寺さんにも聞いちゃって」
「聞いた!? 私のこと、聞いたんですか!? なんて、なんて言ったんです、夜澄は!?」
白戸さんの顔色がすっと引いた。え、なに。わたし、マズいこと言った?
「なんてって……その……」
ライバルだったとか言ったら、ブチ切れられるだろうか。
でもこの流れで「特になにも」とか言って誤魔化しても平気なのか。いや、実際たいしたことは言っていなかったんだよ、葉寺さん。
「……丸かったって」
葉寺さんから聞いた過去の白戸さんのことで、一番無難な言葉を選んだつもりだった。
つもりだったのだけれど。
「夜澄ぃいっ!! 千冬さんになんてことを――っ!!」
「えっ!? え、なんでそんな!?」
状況が理解できないわたしは、顔を真っ赤にして怒る白戸さんをどうしていいか困った。
それで葉寺さんは、
「言ってねえって。こっちだってそれくらいのデリカシーはあるっての」
「嘘です、夜澄は平気で人の気にしていることをあげつらって仲間内で笑いものにするような性悪です!」
「なんだよさっきから――じゃねえか、小学生の頃からずっとそうだよな。だから夕里は友達いなかったし、裏で陰険丸コケシってあだ名つけられてたんだろうが」
「……陰険…………丸コケシ?」
突拍子もない言葉に、ついつい復唱してしまった。
「あ、いや、今のは……その……」
葉寺さんが「へへっ」と苦笑いしながら、歯切れの悪い感じで顔を横にやる。
「え、なに、陰険丸コケシって……え、白戸さんのこと!?」
いや、わたしももっと冷静なら――こんないがみ合う二人の間に割って入るみたいな、普段ならしないドラマのヒロインみたいなことしちゃってなかったら……こんな空気の読めていないことを確認しなかったと思いたい。
「千冬さん……ち、違うんですよ……あの頃はちょっとほら、まだ成長期前で……っ」
葉寺さんのデリカシーは、まあちょっと怪しかったと思う。
でもはっきりと本人に聞き返したわたしが一番ダメだった。
白戸さんがポロポロと涙を流してしまったのだ。
「え、あのっ、白戸さん!?」
思い返せば、お昼ご飯を最初に二人で食べたとき「気を抜いて食べ過ぎてしまうと、ちょっと体つきが丸くなってしまうので」と苦い顔で彼女は言っていた。
つまり、白戸さんは今でこそ学校一の美少女と名高いけれど、小学生の頃そこそこに太っていて――葉寺さんたちのグループかなにかに「陰険丸コケシ」と呼ばれてイジメみたいなことを受けていたのだろう。
葉寺さん自身が呼んでいたのかはわからない。
今の彼女ならそんなことをしないのはわかるけれど、なにせ小学生の頃だ。それに多分その頃からグループのリーダー的ポジションだったのだろう。彼女自身が呼んでいなくても、他の女子たちがそうやって白戸さんのことをバカにしていたとしたら――白戸さんが葉寺さんを恨んでも不思議じゃない。
――でもそれは昔のことで、だってさっきだって白戸さんが曲の入れ方がわからなくて困ったとき葉寺さんは教えてくれたし……。
なにかしらの慰めが、あるいは仲裁の言葉が浮かぶ。でも子供の頃の恨みってけっこう根深くなっていると思う。高校生になった今だとたいしたことないように思えても、被害を受けていた側からしたら、相当傷ついていてもおかしくない。
「あーっと、えっと……」
わたしは、泣きじゃくる白戸さんを抱きしめた。
別に深い意味はないけれど、胸を強く押し当てるようにして。
こういうとき、言葉だけじゃなくて人の肌の触れ合いが鎮静効果みたいのを発揮するんだ。ドラマでやっていたのを見たことがある。
「白戸さん、ごめんね。わたし、無神経なこと言って……」
「……千冬さん、やわらかいです」
えっと、まだ泣いているんだよね?
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