その⑧ 思い出の音痴
わたしの勝手で開催した「わたしの友人達の親睦会」は、涙目の
肝心の白戸さんは、「
未美はぎこちない笑みで「よろしく」と答えているが、内心は状況がまだ飲み込めていないだろう。状況と言うより、白戸さんがなんでこんな態度なのか理解できないのだ。まあ、わたしも理解はできていないけど。
半分予想通りというか、白戸さんは未美を面と向かって敵視することはなく、むしろわたしの友人として好意的に接してくれるようだ。
一方でこちらは完全に予想通りで、葉寺さんのことはできる限り無視するつもりらしい。
わたしも二人を仲直りさせるためにこの場を開いたわけではないから、それはそれで構わない。
――そう、わたしの望みは「わたしと葉寺さん(他の友人達含む)がなにをしても口を出されないこと」である。
堂々と白戸さんの目の前でいつも通りやって、それでなにも言ってこないならいい。
逆にこれで「千冬さん……私以外の人……っ!!」みたいに逆ギレでもしてこようものなら――どうしようか。なんていうか、けっこうな確率でしてきそうな気がする。
でも生徒指導室で、わたしの気持ちは伝えたつもりだし、それで白戸さんが予想通りなら、多分この先も上手くいかないだろう。
そうでなければ、このまま友人同士でいることも難しい。
「葉寺さん、歌うまいね」
葉寺さんが一曲歌い終わって、わたしは拍手しながら素直に感想を言った。
「ありがと、次は千冬が歌うか?」
「うーん」
白戸さんと未美はまだ異文化交流の最中だろうか。と様子をうかがうと、未美は相変わらず半泣きだったが、白戸さんは能面みたいな顔でこっちをガン見していた。え、怖い。
「……し、白戸さん、歌う?」
「いえ、千冬さんの歌が聴きたいです」
「……まぁ、うん」
ということで、今度はわたしが歌う。わたしが歌っている間、白戸さんは両手を膝の上に置いたまま、見本みたいな綺麗な姿勢でわたしを真っ直ぐ見ていた。表情は――なんだ、その菩薩みたいなの。アルカイックスマイルだっけ?
やっと解放された未美は白戸さんから距離を取って、ぜぇぜぇと呼吸を整えている。大丈夫かな。武道館でライブしたあとみたいになってる。まだ歌ってないのに。
葉寺さんはわたしの代わりにタンバリンをもって最初シャンシャンしていたが、具合の悪そうな未美に気づくと「大丈夫か?」と近づいていった。白戸さんほどの圧はないけれど、まだ彼女にも警戒しているだろう未美は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げる。
しばらくはこんな感じかもしれないが、葉寺さんも、一応白戸さんも、悪人ではない。未美が慣れてくればこのまま仲良くなれそうだ。
と思っていたのだけれど、未美が歌う番になって早速問題が起きた。
「葉寺さん、一ついいですか」
白戸さんが、急に葉寺さんに声をかけた。さっきまで完全にいないものみたいに無視していたのに。
「なんだ夕里?」
「…………あの」
ケンカが始まる様子ではない。ただなにを話すのかと思って、ちょっとだけ聞き耳を立ててしまう。
「これ――で――」
「はぁ? なんだ夕里っ、カラオケ初めてなのか?」
「だから――」
「え? いや、ほら適当でわかるだろ?」
白戸さんの方は声を潜めているけれど、葉寺さんは普通に――というか通りのいい声なので、未美の歌をすり抜けてだいたい聞こえてきた。
白戸さんの手に持たれたデンモクと聞こえた内容でなんとなくわかる。どうやら彼女はカラオケに来たのが初めてで操作の仕方がわからずに、葉寺さんに聞いているのだろう。
カラオケ行こうって誘った時は、「行きます! 私、カラオケ大好きです!」って言ってたのに。
――まあ、だからわたしじゃなくて、嫌いな相手の葉寺さんに聞いているのかな。
順番的に次は白戸さんが歌う番だし、もしかしたら上手いこと未美から教わろうとしていたのかもしれないけど、未美もあんな調子じゃいろいろ教わるのも難しかったはずだ。
そんなこんなで、白戸さんが歌う番になった。なんとか目当ての曲が入れられたみたいで、「やりましたよ」みたいな達成感をかもしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
一曲歌い終えて、額を拭う仕草をしてから白戸さんは恥ずかしそうに笑った。初めてのカラオケだったからだろうか。
「…………」
まあ、元々学校一の美少女で、仕草だけ見ればとても可愛らしいのだけれど。
「え、千冬さん? ……未美さん? …………葉寺さん?」
なにかに気づいたのだろう。わたしたちを交互に見ながら、不思議そうに口を丸く開いた。
「え、あのみなさん? どうかしましたか?」
「あーその! ……お疲れ様?」
「夕里、あんたは頑張ったよ」
「…………これってやっぱりなんかのドッキリなの? あの白戸がこんな音痴とか」
一線を越えた未美の言葉に、白戸さんのマイクを握る手が震えた。
それに気づいて、葉寺さんが「あーあ」と顔を手で覆うと、
「ったく、素面で聞いてたこっちの身にもなれって、どうリアクションしていいか困ってたんだぞ」
誤魔化しきれないと観念したのか、単に吹っ切れたのか、はっきりと言ってしまった。
「どういう意味ですか」
「とんでもない音痴がっ!」
「お、音痴……!? 私がっ!? そんな、葉寺さんがまた失礼なことを言って――」
同意か助けを求めていたであろう白戸さんの目線がこちらに向いていたけれど、わたしは気まずさからそらしてしまった。
「ち、千冬さん!?」
「……えっと、わたしは好きだよ、相川七瀬」
「選曲の話じゃないです! だって、私……音楽の成績悪くないですよっ! ちゃんといつも……っ」
「いやぁ……まあ、ああいうのは授業態度とか筆記テストとかでどうにでもなるし」
そういえば、白戸さん以外は全員別のクラス(わたしと同じ)だったから、彼女の歌唱力を知らなかった。
葉寺さんは小学校時代の記憶もあったろうけど。
「そういえば、すげえ音痴だった記憶が薄らとよみがえって……」
白戸さんから発せられたひどい雑音によって、数年前の記憶がよみがえろうとしていた。まあ、葉寺さんのことだから人が音痴かどうかなんてあんまり気にしていなかったんだろう。多分、三日も過ぎればまた白戸さんのひどい歌のことなんて忘れてしまう気がした。
凄惨な事件ではあったが、みんなの胸の中にしまっておこう。
隣の未美とそう目配せして、そのままうやむやにして終わらせようとしたのだけれども。
「
白戸さんはぎゅーっとマイクの握りしめながら、今まで聞いたことのない声が響かせた。
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