その⑬ 抱きしめ

 白戸夕里しらと ゆうりは、わたしよりもよほど沈んだ顔をしていた。

 わたしの顔を見て、そんな表情を浮かべているんじゃないよね? 約束だから来たけど、こいつ本当にいるよ。あんなこと言って、まだ勉強教わるつもりかよ。みたいな。


「あ、あのね、白戸さん。昨日のこと、改めてごめっ――」


 頭を下げる前に、抱きつかれた。

 白戸さんの無駄の少ない体が、ぎゅっと密着してくる。


千冬ちふゆさん……私っ」

「え、え、あの……まだここ、人来るからっ!」


 別に女子二人が抱き合っていても、それを誰かに見られてもそこまで問題にはならないとは思う。

 ただ白戸さん相手だと、また変な噂が広まりそうだったし、なにより単純にわたしが恥ずかしかった。


 ――っていか、抱きしめる力強すぎて、ちょっと苦しい。助けて。


「は、はい。続きは静かな場所で二人きりになってから」

「え? あの、その生徒指導室で……」


 とりあえず、二人して移動した。

 白戸さんに拒絶されていたわけじゃないとわかって、一安心ではある。ただ内心、「こいつ胸が大きいだけの癖して、生意気過ぎる」と完全にキレていて、さっきのもわたしを圧迫死させようとしていた可能性も――は、さすがにないと思いたい。

 抱きしめて人を殺すなんて、ないよね。ここ学校だし。


「えとえと……まずね、本当にごめん。白戸さんと葉寺はでらさんとのこと、わたし軽く考えていた。それで鉢合わせてもそこまで問題ないだろうって。案外上手くいくんじゃないかって」


 わたしの謝罪を、白戸さんはうつむきがちに聞いていた。けれど、視線はちらちらとこちらに向いている気がした。

 目も合わせたくない、というほどではないと思う。復讐のチャンスは、狙っているのかも。


「とにかくごめん! それなのに、わたしの方から口だしするなら友達でいられないって言って……原因つくったのもわたしなのに、何様って感じだよね」

「千冬さんっ」


 また抱きしめられてしまった。

 いいけど、話は聞いてくれているんだろうか。


「あ、あの……なんで抱きつくの」

「こうしていないと不安で……千冬さんがどこかに行っちゃうんじゃないかって」

「行かないよ」

「でも……もう友達でいられないって」


 だから、ごめんって。と謝る。でも撤回するかと言われると困る。

 友人同士を天秤にかけて、どちらかとしか友達になれない……というのも違う。いや、白戸さんが一方的に文句を言っていたからこそ、違うというわけで。だから天秤でもないのか。えっと、ただのクレーマー?


「それって、やっぱり白戸さんは……わたしと葉寺さんが友達なのは許せないってことなの?」


 最後に葉寺さんは謝ってくれたけれど、あれを白戸さんがどう受け取ったのかはわからない。

 あれくらいで納得できることじゃないんだろうか。許せとまでは言わないし、これからは仲良くとも思わないから……どうにかならないかな。


「……できます。私、千冬さんのためだったらなんだってできますっ! 夜澄よすみと仲良くすることもできますっ、二人でお出かけして、買い物して、千冬さんのプレゼントを選んで、帰りに縄で縛って川に放り投げますっ」

「許してないよねっ!?」

「千冬さんのためなら人を一人、亡き者にすることくらい……」

「冗談でもおっかないことやめてっ!!」


 ぎゅうーっと抱きしめられてままなので、白戸さんの表情は見えにくい。背がちょっと彼女の方が高いから、普通にしているとわたしの目線は白戸さんの首元に埋もれる。そっと上目遣いで表情を盗み見ても、どうにも。ただ「ふへへ。抱き心地が最高です……」とつぶやいていたのはわかった。

 この姿勢だと、どれだけ小声でも聞こえるよ? 白戸さん?


「あのね、気持ちは嬉しいけど……わたしのために、白戸さんに無理して我慢して欲しいってわけじゃないからね。……仲良くすることまでは望んでないし」

「……千冬さんのことは抜きにしても、昨日ちゃんと頭を下げてもらったので。もう以前ほどは彼女を怒ってはいません」

「本当?」

「はい。ただ、それよりも千冬が私の気持ちに寄り添ってくれたことが嬉しかったんです」


 わたしのこめかみ辺りに、白戸さんが頬ずりしてきた。髪の毛がざらざらして、頬が痛くないんだろうか。わたしの方はほっぺでなでられているみたいで、嫌な感じではない。


「……それは、その、良かったけど」

「愛を感じました」

「……愛ではないかも」

「確かに、感じました」


 まあ、いいか。完全になかったとも言いきれない。

 どうやら、わたしのことは怒っていないらしいし、むしろ喜んでいてくれていたみたいだ。


 これで、葉寺さんに関しても多少なりとも溜飲が下がって、それでまあ次からあそこまでの言い合いにならないなら……まあ結果的には良かった。雨降って地固まるとか、そういう。


「これからも、よろしくお願いします」

「……えっと、わたしでよかったら、こちらこそ」

「末永く」

「……う、うん」


 そろそろ離して欲しいと思った。でも、わたしも白戸さんに拒絶されなくて嬉しかったから、もう少し苦しいのも我慢しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る