お泊まり

その① 感謝祭

 やっと追試が終わった。家に帰って、体の力が抜ける。

 結果はまだだけれど、なんとかなったと思う。それもこれも二人の優秀な先生のおかげだ。


 しばらく我慢していたドラマもやっとみることができる。ずっと気になっていた。


 ヒロインは初恋相手だったパン屋とバツイチ子持ちの営業男の間で揺れていた。強引な営業男に最初は心を許していなかったし、自分が一番楽しかったときの思い出でもある初恋相手への気持ちがなによりも純な感情だと信じていた。

 けれど再会までにかかった年月は、やはり大きい。


 お互い、変わってしまった。変わらない部分もあって、ふとした拍子に懐かしんで、あの頃のように笑い合えるのだけれど――。


「ああぁ……どうしよ……」


 わたしは頭を抱えた。

 もしかしたら、ドラマどころではないのではないか。いや、でも。


 大好きなドラマの視聴にも、わたしは勉強を集中するためといって棚上げしていたことがある。


 ――白戸しらとさんと葉寺はでらさんのことだ。


「はぁ……とりあえず、ドラマ観るか」


 リビングのソファーでいつになく深刻な顔でドラマを観るわたしに、母さんが「どうしたの録画できてなかったの?」と心配する。

 もしドラマの録画ができていなかったら、もっと落ち込んでいたはずだ。いや、そんなことないのかな。わたしに取って、この問題とドラマの続き、どっちが重大なのかは難しい。

 あと、ドラマは最近ネットでも配信しているから、見られないこともない。


 だけど二人のことはどうすればいい。

 正確に言うと、葉寺さんに白戸さんとの間にあったあれこれを知られてしまったこと。

 わたしが涙ながらに「追試終わるまで聞かないでください」と頼んだら、わかったと言ってそれ以上追及はしないでくれだけど。

 ああ、どうして「忘れてください」ってお願いしなかったんだ。追試終わっちゃったよ。


 結局、マカダミアナッツクッキーを一枚とドラマを冒頭の数分、それで頭の中のもやもやが晴れなかったので今日は歯を磨いて寝ることにしてた。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「追試お疲れ様です、千冬ちふゆさん」


 白戸さん満面の笑顔で白戸さんが言う。


「ありがとう……これもそれも、白戸さんと葉寺さんのおかげだよ」

「はい、三分の二は不肖ながら私が千冬さんに教えさせていただきました。えっと、夜澄よすみもまあ、千冬さんに勉強を教えたことだけは評価しますけど、でも私の方が大きく貢献していることは忘れないでくださいね」

「……はいはい、そんなことより、千冬はお疲れ様」

「あはは、ありがとうね」


 白戸さんも、言っていることはケンカ越しな内容だけれど、雰囲気は以前よりも穏やかだ。ケンカ友達くらいにはなっているんだと思う。

 改めて、二人にお礼を伝えるのと――約束のケーキをご馳走するために、三人で近所の洋菓子店に来ていた。

 追試の結果は思いの外早く返ってきた。通常のテストと違って受ける人数が少ないからこんなものなのかもしれないけれど、無事合格点を取れていたとわかって、やっと心からほっとできる。

 それなのに、この状況だ。


 ――いやいや、二人には本当に感謝しているし、追試がなんとかなったのも嬉しいんだけど!


 わたしの隣で白戸さんはスフレチーズケーキを食べていた。「千冬さんだと思っていただきます」と言っていた。わたしのことはいただかないでほしい。

 葉寺さんはわたしの向かいの席でモンブランを――頼んだのだけれど、まだ手はつけていないようだった。

 一緒に頼んだ紅茶だけ少し飲んで、そのあとはどこか浮かない顔をしている。


 うん、どう考えてもこの状況のせいだ。

 まるで今まで――あのカラオケまでとは逆転しているような気がする。


 葉寺さんに対して良くも悪くも素で振る舞うようになって自重を忘れて自由きままな白戸さん。

 わたしと白戸さんをどこか警戒したような目で見ていて言葉少なな葉寺さん。


「本当によかったです。……その、すこしだけ千冬さんに先輩って呼ばれるのも悪くないとは思ったんですが」

「そんな縁起でもないことを」


 後輩の存在とか、「○○先輩」って呼ばれることへの憧れはちょっとわかる。でもどうかわたしを後輩にしないでほしい。未美みみもだけど、冗談交じりで上下関係を強要してきそうで困る。

 白戸さんの場合、また冗談とも思えないなにかがあるし。


「……夕里ゆうり、やっぱそうなのか」


 葉寺さんが、乾いた声でつぶやいた。えっ、なになに。たしかに白戸さんのことを先輩って呼ぶのは、身の危険を感じるなーってわたしも思っていたけど、葉寺さんからしたらそこまでじゃなくない?

 そんな変な会話ではなかったと思うけど、でも土下座からの一連のことを知っている人間からすると今の会話もかなり意味深なものに!?


「夕里、中学でも部活とか入ってなかったんだろ。だから先輩後輩に憧れあるんだな」

「……まあ、そうですけど。夜澄は違うんですか?」

「ははっ、あたしは中学は地学部で今は気象天文部だから」

「なんですか、気象天文部って。部員いるんですか?」


 よかった。変な意味ではなく、単なる雑談だった。

 どうも様子はいつもと違うけれど、葉寺さんもあのことを聞きだすつもりはないようだ。

 なんだかんだ、葉寺さんは空気を読んでくれる。もしかしたら、このまま胸の内にしまって忘れてくれるかもしれない。


「言っておきますが、ただ後輩がほしいわけじゃないです。千冬さんに呼ばれたかっただけです」

「へぇ」

「ですが、私が千冬さんを先輩と呼ぶのも悪くないですね」

「……ずいぶんと二人は仲がいいんだな」


 これ雑談の範疇だよね?

 なんか冷静に聞いていて、白戸さんおかしなこと言ってない? 白戸さんだからこれくらい普通かなって思ってたけど、もし同じことを未美が言っていたら熱あるのかなって心配するかも。


 ただでさえ葉寺さんには、わたしと白戸さんの怪しい関係性を知られてしまっている。

 白戸さんのおかしな言動に、どんどん確信めいたものを持っていてもおかしくない。


(いや、確信ってなんの!? 違うよ、なにも確信するようなことはないよ。……本当にもうだいたい全部言っちゃったし……あとはまあ、あの後も何度か肩をもまれたり胸を触られたりはあったけど……)


 わたしと白戸さんの関係はお友達だ。特にそれ以上はないから、なにも疑わないで。


「うふふふ。千冬さん、私たち仲良しですって」

「あーうん、そうだね」


 嬉しそうな白戸さんとやっぱり表情の晴れない葉寺さん。

 どういにも言えない空気だ。でもどうにかしようとしたらやぶ蛇で大変なことになる気がする。

 とりあえず知らんぷりして、わたしもタルトを食べよう。そんな呑気にかまえていると、


「あの、千冬さん。……私たち、仲良しですし……今度、私の家に泊まりに来ませんか?」

「え、なんでそうなったの?」


 突然の白戸さんの提案に、タルトを切り分けていたフォークの手が止まった。

 白戸さんは顔を赤らめて、鼻の下が伸びていた。

 えー、こんなに露骨な顔する人っているんだ。学校一の美少女のくせにどんな顔しているんだよ。

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