その⑯ 頭隠して胸がつっかえる

 大丈夫、葉寺はでらさんは話せばわかる人だ。


「待て待て、そうだよ。千冬ちふゆは恋人じゃない相手とキスしたって言ってたな。性別のことはいいんだよ! あたしは気にしないし、それよりどういう相手なんだよ。付き合ってもいない相手とキスするか、普通」


 まずい、葉寺さんが冷静になりすぎている。わたしがさっき口走ったおかしな部分に気づいてしまった。


「あーえー……葉寺さんもさっきわたしにチューするって言ってたでしょ。同じノリだよ?」

「いや、あたしは実際にはしてないし……しても頬だろ。え、頬の話だったのか?」


 思わず視線をそらしてしまった。


「おい、なんか隠してないか」

「そんなことないよ?」

「……千冬、やましいことがないなら正直に教えてくれないか? 友達だろ。ほら、恋バナだよ、恋バナしよう」

「えぇ……恋バナ……って言われても……」


 葉寺さんの真っ直ぐな目に、やましいことしかないわたしはどうやって誤魔化していいか考える。

 昨日のことで怒られなかったし、むしろ感謝してくれているとまで言ってもらえた。ここまではいい。葉寺さんの器の大きさにわたしこそ感謝である。


 だけど、まあ、流れで出てきたキスの話。これはよくない。

 友達だと言ってくれた葉寺さんには申し訳ないけれど、未美みみたちにだって話していない。


 というか、話せないよ。

 女性相手だからってのは差し引いても、相手が白戸さんで、土下座されて胸をもられて、暴走したからそれを止めるためって――。


 あれ、最後のところだけだったら、もしかして話しても平気?

 正気を失った親友(お互い正直に言えない恋心あり)を助けるために、涙ながらに口づけする。そんなのは、さすがに昨今のドラマではやらないけど……感動ラブストーリーめいているのではないか。


「あー、その……相手は友達で」

「未美か、昨日もカラオケにいた」

「じゃ、ないけど」

「……そうか、千冬は友達とキスするのか。アメリカンだな」


 どうしよう、わたしがグローバルで友人と気軽にキスする女……というのは、話の落とし所としては妥当な気がする。

 でも葉寺さんが「じゃあ、あたしともキスするかー」みたいに言いだしたら困る。いや、ファーストキスって言ってたし、そんなことしないか。わたしが言っても説得力ないけど。


 葉寺さんに変な嘘をつくのも抵抗あるし、どこかで噂が広まって、白戸さんあたりに聞かれたら身の危機を感じる。ちゃんと訂正しよう。


「あのね、たしかに付き合ってたわけじゃないし……好意とかではなかったんだけど、ムードがあったと言いますか……」

「ムードっ!? エロいムードかっ!!」

「エロじゃなくてっ!! あのね、友達がちょっとこう取り憑かれたように我を失ってて」

「そいつになにが起きたんだっ!?」


 エロを否定するために、どんどん余計なことを正直に言ってしまっている。いや、もうこれは覚悟を決めよう。葉寺さんにどう思われるかわからないけれど、ギリギリのところ以外は話すしかない。


 えっと、胸をもまれてたのと、相手が白戸さんなのと、土下座されてことは……話さない方がいいよね? あれ、じゃあなにを話していいんだ。


「それは、心霊的なあれか?」

「……わたしは霊感とかないからよくわかんなかったけど、否定はできないかな? いつもと違う様子ではあったし」

「よし、あたしの知り合いにそういうの詳しい巫女さんいるから、話聞きにいくか」

「待って待って。なかった! そういうのはなかった!」


 なんで葉寺さん、ギャルっぽいのに巫女さんの知り合いがいるんだ。


「取り憑かれるって言っても、そういうゴーストタイプじゃなくて。ほら、好きなものに目がくらむみたいな。わたしはマカデミアナッツクッキーが好きで、気づいたら一人で一缶食べちゃうとかあるんだけど……そういう?」

「……クッキーに取り憑かれてた?」

「う、うん、友達はクッキーじゃないけど、そんな感じ」

「それ、止めるためにキス……する必要あるのか? いや、なんに取り憑かれてたかわからないから、なんとも言えないけど、キスしてまで止めるようななにか?」


 細かいな。でもわたしも逆の立場だったら、気になるとは思う。

 葉寺さんは恋バナモードなのかわたしを疑う探偵モードなのかわからないけれど、適当なごまかしでどうにかできそうな雰囲気は一切ない。

 こうなるとわたしも、もう少しカードを切るしかなかった。


 ……相手が白戸さんってことは言えない。

 白戸さんが変な目で見られる。せっかく仲直り――とまではいかなくても、一回わだかまりをリセットできたみたいなのに。またおかしな誤解が生まれてしまう。

 彼女の自業自得ではあるけれど、でもわたしが言いふらすのは避けたい。


 ……そうなると。


「む、胸をもまれてまして……」

「胸っ!? 千冬の胸を!? ……友達にもまれてたのか、その胸を!?」


 胸って三回も大きな声で言わないでほしい。

 大丈夫かな、図書室には司書の先生だっているのに。けっこう防音はしっかりしているみたいだから、廊下の声までは聞こえないと思うけど。


「そ、それでまあ……あっ、エッチなムードではないんだよ! だけどほら、肉体的な接触への抵抗感が薄まっていた雰囲気で!」

「それをエロいムードって言うんじゃないのか」

「違うよっ!? いや、その……向こうはわかんないけど」


 わかんないと言いつつ、白戸さんのトロけ顔を思い出す。

 というか、わたしだってあのときは白戸さんの手がすごくて――これはいいんだ。気持ちはともかく、本当にムードとかはなかったと思う。そんなピンクな感じではなかったのだ。


「で、勢いって言うか、もう止められなくて……それでキスしたら、止まるかなって。このまま胸もまれるのも困るし、友達も暴走して、これ以上何かしたら、わたしも手が付けられないなって」

「……んん? うーん、そもそも、なんでその友達は千冬の胸をもんで暴走しているんだ? 女子、なんだよな? まず、胸をなんでもんでたんだ」

「えええぇ、も、もうよくない? けっこう説明したけどなぁ」

「あのな、千冬。さっきからどんどん謎が深まってるんだぞ。あんたの話、ぜんぜんわからん」


 どうしたらこの尋問から逃げられるんだ。そもそもこんなよくわからない状況が悪い。なんで、わたしが土下座して胸をもまれたんだ。それで、キスして――キスは、わたしがしたんだけど。


「……な、なんか、わたしの胸もみたいって頼まれたんだよね。胸、好きみたいで。それで断れなくて、いいよって」

「確認だけど、女なんだよな? 友達の」

「う、うん。誰かは言えないからね! これはほら、相手のこともあるから!」


 もうだいたい正直に話したわたしは、手遅れ気味だけど最終防衛ラインを宣言した。

 身を犠牲にして、白戸さんを守った。そういうことにしておこう。


「……ちなみにいつの話だ?」

「えっと、修学旅行のとき」


 もう白戸さん以外のことは言っていいか、と多分気が抜けていた。

 葉寺さんも、「これはダメ」とはっきり言えば追及してこないと思うし。


「……なぁ、それって夕里ゆうりのことだろ」

「え?」

「修学旅行境に、急に仲良くなってたろ、千冬と夕里」

「え、いや、関係ないよ!! 誰か言わないって言ったんだから、そういう探りもやめてよっ!!」


 ――葉寺さん、信じてたのに! わたしを罠にはめるなんてっ!!


 いや、多分だけど、そもそもわたしの口からぼろぼろ出てきたいろいろな情報で、とっくに誰かの見当はつけられていたのだろう。

 もしかしたら、わたしと白戸さんの仲を傍目に見ていて、思うところもあったのかもしれない。


 ――ってことは、「友達とそういうことがあった」って話からしちゃダメだったじゃん!!


 と、後悔しても遅かった。

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