その⑮ 図書室前の攻防

 美人でクラス女子の中でも一番目立っている葉寺はでらさんが、実はまだキスもしたことがないと聞いて驚き、その表情からうっかりわたしのキス経験がバレてしまった。


 別に、わたしも高校生だし? キスくらい経験してても悪いことじゃないよね?


 もちろん、まだキスしていない葉寺さんが遅れているとか、悪いとかも一切ない。こういうのは、そう、人によって早い遅いあるから。


「ふふっ」


 ただまあ、内から湧き上がる優越感みたいなものは隠せなかった。

 少しだけにやっと笑ってしまう。


 ――違う、違う! 全然勝ってないから! ちょっと早いからって勝ち負けとかないし、そもそも相手が白戸しらとさんなんだ。こういうのは同性はノーカンみたいなことよく聞く。そうでなくても恋人同士でもないし、ロマンもへったくれもない状況だったのだから、自慢げにできる要素なんて一つもないじゃないか。


 そう考え直したけれど、遅かった。わたしのにやけた顔に、葉寺さんが眉を寄せた。


千冬ちふゆっ!! 今完っ全に、あたしのこと笑ったよな!?」

「笑ってないって! ただ葉寺さんにわたしなんかが勝てるとこなんて、一つもないだろうなって思ってたから」

「勝ったって思ったのか!?」

「違っ、ごめん。言葉のあやで……勝ち負けとかじゃないけど……でもほら、経験としてないよりは、あるほうが……まあ、あれかなって?」


 ダメだ。口を開くだけどんどん墓穴を掘っている気がする。

 違う、違うけど、たしかに存在している優越感が漏れ出てしまう。


「……なんだよっ、それ」

「ごめんなさいっ、すみません、そういうつもりではなくて……」

「まあ、いいけど? あたしだって、しようと思ったらすぐだし? 相手とかいくらでもいるし」

「う、うん! そうそう、葉寺さんわたしより全然モテモテなんだしね!」


 励ましでも媚びでもなく、事実だ。だからどうか機嫌を直して欲しい。たまたまだから、たまたま学校一の美少女と組んずほぐれつして、なんかキスしちゃっただけだから。


「相手……相手! 千冬、彼氏いたのか?」

「え、彼氏はいないけど……」

「なんだ、もう別れたのか?」

「別れたって言うか……」


 付き合ってもいない。というか。


「早くないか!? 中学のときか? え、誰だよ。どんな男!? まさか、おっさ……大学生か!? 社会人!?」

「待って待って。えとえと……まず男っていうか……男じゃないっていうか」

「男じゃない?」


 わたしの言葉に、葉寺さんが何度かまばたきした。


「……女?」

「うん」

「彼女が……いるのか?」

「ごめんっ、それもいなくて……だからその、いわゆる恋人がいたとかそういうわけでもなく、ただキスしたことがあるだけでっ!! 全然わたしは葉寺さんとたいして変わらないですっ!! すみませんすみません、それなのにちょっとキスしたことあるわたしのが大人かなーって優越感浸ってっ!!」


 言わなくていいことまで口走ってしまったけれど、ともかく全部正直に報告したので許してほしい。


「……そ、そうか」


 けれど言い終わったあとの葉寺さんは、眉をひそめたままだった。

 怒っているというか――もしかして、引かれている!? そりゃ、女子同士で……ってのは、引く人は引くか。

 葉寺さん、さっきわたしにキスしようとしてたけど、あれは冗談だったろうし。ほっぺだし。

 それで、わたしが女の子とキスしたことありますって宣言されたら戸惑うよね。


「えっとあの……引いた? ごめん、忘れてくれると――」

「そういうわけじゃ!」

「……本当に? あ、こういう聞き方すると引いてるとか言いにくいよね」


 単純に引かれるのはちょっとショックではなるけど、そもそもわたしは女子が好きなのかというと……そんなことはないはずなので、そんなに思うこともない。


「言いにくいとかじゃない! あたしがそういうの気にしないでなんでも言うの、千冬もわかるだろ」

「……そうだけど、話題によっては多少あるのかなって」

「ま、ないって断言するのもおかしいか。多少は気を遣って黙ることもあるしな……でも、これに関しては偏見とかないって」

「え、うん。……それならそれで、ありがとう? ――もなんかおかしいかな、でも引かないでくれるのは嬉しいよ」


 確固たる主義主張でもないし、葉寺さんに引かれていないならそれでもう話も終わりでよかったのだけれど。


「あたしも、全然女OKだしな! うん、むしろ男ってそんな好きと思ったことないし」

「……そ、そうなんだ?」


 なんだろう、わたしに気を遣ってくれているのか、葉寺さんが聞いてもいないことまで言い出した。――えっと、わたしは別に男子より女子が好きってわけじゃ……。いや、あんまり考えたことないけど、もしかしてそうなのかな?


「千冬、信じてないな」

「え? そんなことないって」


 とは言ったけど、実際は葉寺さんも多少勢いで言っているとは思っていた。疑っていると言うよりは、そこまで真に受けていない。


「そうか。千冬がカミングアウトしてくれたのに……あたしは口だけだもんな」

「ん? 待って、カミングアウトって……? あの、葉寺さん?」

「……あたしもちゃんと証明すればいいのか」

「えっ、いらないいらない! 大丈夫、疑ってないって!」


 逆に葉寺さんはどうやら大事に捉えすぎているようだ。真剣な顔でわたしと見つめている。大丈夫だよ、この話もう終わりでいいって、となだめてかったのに。


「いや、あたしが軽く考えて済ましても、実は向こうにとっては深刻なことってあるからな。……夕里のことだって、そうだ」

「あれとこれとは違うって……」

「千冬のこと、ちゃんとわかりたい。あたしのことも、ちゃんと知ってほえしい」

「う、ううん……?」


 言葉だけなら、葉寺さんともっと仲良くなるということだ。

 なんだったら、わたしも似たようなことを白戸さんに最近言った覚えがある。


「あたしは、千冬とキスできるぞ」

「ん?」

「さっきのお礼だなんだの冗談とは違う。ちゃんと本気でだ」

「はい?」


 葉寺さんが、おかしなことを言っている。


「待って、落ち着いてよ! 本当にわたしは気にしてないって」

「できるって言い方が悪かったのか? ……そうだな、できるじゃなくて、したい? そう、あたしは千冬とキスがしたい!」

「こ、ここ廊下だよ!? さっきから、人は全然いないけどさっ」


 なんだろう。とても既視感のある流れに思えた。いや、こんな感じではなかったと思うけど。


「えっと、先に言って置くけど……土下座はやめてねっ!!」

「千冬は土下座したらキスOKなのか!?」


 ――よし、早まって変なこと言ったな、わたし。

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