その④ 平穏

 わたしの機転で葉寺はでらさんを呼び、健全なお泊まり会になった。

 男子から遊びに誘われて、「みんなでなら、いいよ」って暗に二人きりのデートを断る世のモテ女子の気持ちがわかったみたいだ。


 白戸しらとさんには申し訳ないけれど、これでしばらくは枕を高くして眠れる。

 だってお礼だからってそんな、ねえ。


 もろもろの憂いも晴れて、やっと自由の身だ。追試までの期間は勉強ばかりでドラマも録り溜めていたから、久しぶりに夜更かしして一人鑑賞会を開いてしまった。いや、これはお泊まり会で観るドラマを選ぶために必要なウォーミングアップみたいなものだから。


 純粋にドラマ鑑賞お泊まり会は楽しみだし、この調子で白戸さんと葉寺さんも仲良くなってくれればいいと思う。よし、みんなで仲良くなれるようなハートフルなドラマを選ぶぞ! ……海外ドラマは際どいシーン多いからダメだな。


 そんなこんなで枕を高くしておいて、すっかり寝不足で登校すると、


「すっげー顔だけど、まさか留年決まったの千冬?」


 と未美みみに心配された。


「無事追試は合格ですよ、先輩。これはただの寝不足」

「あのなー、一応心配してたんだぞー」

「あっ、ごめん。すぐ言えばよかった」

「ったく、これからは千冬のこと無条件でパシれると思ったのに」


 嫌な先輩になる気満々の未美だけれど、わたしのことを気にかけてくれていたのも本当だろう。最近昼休みも白戸さんと勉強ばかりで、クラスの友人達とは少し疎遠になっていた。


 未美はあのカラオケに生贄のごとく召喚していたけど、他の面々にも一応最近あったこと(もちろんセンシティブな内容は抜きで)は話している。

 わたしの新しい友人、白戸さんと葉寺さんに勉強を教わっていたこと。

 みんなは「良かったじゃん、本当に教えてもらえるんだ。じゃあ千冬、勉強がんばれよー」くらいのノリで送り出してくれた。

 軽い。雑。

 でも嫌な感じではない。お互いこれくらい適当に接しても崩れない関係性みたいなものがある。


「しっかし、なんで千冬が白戸とか葉寺とそんな仲良くなったのかね。昼休みと放課後、ほとんど毎日教わってたろ」

「あはは、頭上がんないよ」

「あれか、金でも払ったのか?」

「いやいや、二人とも優しくて……ね?」


 わたしの苦笑いに「まあ、そうかー」とみんなが納得する。

 多分だけど、葉寺さんはわたし以外の誰かの頼みでも勉強くらい教えてくれると思う。白戸さんはどうなんだろう。……わたしにしたみたいにってことはなくても、教えてくれるとは思うけど。


 なんとなく、ノートを新しくつくるようなことまではしないんじゃないだろうか。そう考えると複雑だ。ただ優しいというだけじゃない。


 ――いや、よく考えたらわたしは『お礼』と称して、体とか触られているんだよ!! 他の人がそういうのなしで同じ扱いだったら、わたし納得できないよ!?


「千冬、さてはお前、その胸でたらしこんだんだろ?」

「えっ!?!?」

「まー千冬は胸が大きいくらいしか取り柄ないからなー」


 一瞬、図星過ぎて大きな声を出してしまった。

 でもいつも通りの冗談だとすぐにわかる。だいたい、葉寺さんは違う。そもそもたらしこんだわけでもない。よかった、図星でもないや。


「あははー、この魔性の胸で……ってわたしもっと取り柄あるよね!?」

「いやーほんっと、この弾力は学校でも上位だな」

「胸だけなら、あの白戸にも勝ってるぞ、千冬! 自信持て!」


 そんなことを言われながら、きゃっきゃっとふざけて久しぶりにゆっくり友人達とたわむれた気がする。


 今日からお昼も勉強の予定はないし、またみんなと平和に食べられる。

 そう思っていたのだけれど――。


 呼び出されてしまった。しかも最近ずっとお昼と一緒にしていた白戸さんではない。

 もう一人、わたしが別に胸でたぶらかしてない方の――葉寺さんである。



   ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「悪いな、呼び出して」


 いつぞやぶりに、葉寺さんと屋上に来ていた。

 天気も良いし、風もないから、ここでお昼ご飯を食べるのはだいぶ快適そうである。だから特段、謝られるようなこともないのだけれど――。


「ううん、全然。……えっと、ただ」


 問題なのは、用件だ。

 葉寺さんはいつもちょっと派手なクラスメイトたちと教室やら食堂やらでお昼ご飯を食べている。思い返しても、お昼休みを彼女と過ごしたことはなかったと思う。


 傍目に見ていても彼女のグループはとても仲がいいし(わたしや未美たちが仲悪いってわけじゃないよ!?)い結束力みたいなものまで感じる。

 そんな葉寺さんが友人達と過ごすいつもの時間をさしおいて、わたしを呼び出したのにはなにかわけがあるはずだろう。


 そして、そのわけには心当たりがある。

 嫌な予感しかしない。でも、葉寺さんにはお世話になった。そうでなくても、わたしは彼女のことを友人と思っている。

 逃げてどうにかするわけにはいかない。


「……夕里ゆうりの家、泊まりにいく話だけど」

「うん、その話だよね」

「……悪いな、邪魔して」

「え? いやっ、そういうわけじゃ」


 なぜか、彼女に謝られる。

 なんでだ、呼んだのわたしだったよね。しかもけっこう無理矢理に誘った覚えまである。

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