その⑥ 卓球と弾むボール

 翌日から、わたしはよく葉寺はでらさんから話しかけられるようになった。


「おっはよー」


 と挨拶。もちろんグータッチ付き。


「トイレ行くかー?」


 と彼女が教室を出るときには誘われる。もちろんグータッチ付き。


「暇なら茶しばくかー?」


 と彼女のグループが放課後に遊びへ行くのまで。もちろんグータッチ付き。


「あ、ありがとう。えっとえっと」

「忙しい?」

「う、うん。今日はちょっと……誘われてて」

「へぇ。未美だっけ?」


 葉寺さんは、わたしの友人のことまで覚えてくれているらしい。


「ううん、今日は別」

「ま、そっか。なら今度また行こ」

「うん! ありがとうっ、わたしも……その誘うね」

「あはは、千冬ちふゆって自分から行かなそうだよな」


 図星だったが、いつも葉寺さんから誘ってもらってばかりで申し訳ないと思っているのも本当だ。


「明日! 明日……どうかな、えっと茶? ほら、新作あるよね、桃のやつ」

「お、行くか行くか」

「うん、約束」


 もちろん、グータッチで約束だった。

 そういうわけでわたしは葉寺さんを見送って、今日の約束の相手――白戸夕里しらと ゆうりと待ち合わせた。


 実はまたお昼を一緒に食べないかと誘われたのだけれど、昨日みたいに注目されながらの食事はどうにも平凡で目立たないわたしには落ち着かない。

 それに、白戸さんとはあんまり人の耳が気にならないところでゆっくり話したかった。


 だからお昼を断った代わりに、「放課後どうかな?」と誘ったのだ。

 葉寺さんの読み通り、めったに自分から友達に声をかけないわたしが、珍しく自分から誘った――というのはそうだが、よく考えるとどちらも先に誘ってもらってそれを断った代わりに、という流れなのでやっぱり自分から誘うのは不得意というのは事実だった。


『本当ですか!? 千冬さんから、私を放課後デートに誘ってくださるなんて……っ!!』

『デートじゃないよ?』


 まあ、白戸さんは大変喜んでくれていたので、よしとしよう。

 デートではなくて、今度こそ白戸さんと話そうと思っていたもろもろの事柄をしっかり話すのが目的だった。

 そのために二人きりになる必要があって、放課後学校外で二人きりになることをデートということに別段文句はない。女の子同士なら、気軽に言うからね。


 わたしも友人の未美みみには、『クレープ食べに行こ-、デートしよー』みたいによく誘われる。『デートってことは、ご馳走してくれるの? わたしのこと、未美がそんなに好きだったなんて。えへへ』とわたしが言うと、『なわけあるかぁー。クレープ一人で食べるのが恥ずいってだけの、ビジネスデートじゃい』とツッコまれる。女の子同士のデートには奢りも恋愛感情もない。


 ただ、白戸さんの場合はどうなんだろう。

 奢ってほしいわけじゃないけれど、恋愛感情。


 つまり、今回の放課後デートの本題がそれだった。白戸さんの気持ちを改めて確かめること。わたしが最近はまっている恋愛ドラマで『ベッドの上での愛なんて、薄っぺらな言葉ばっかりだ』と新入社員の女の子がつぶやくシーンを思い出す。

 胸をもまれながら言われた言葉を、どれだけ真に受けていいうのか。


 ――べ、別にっ、わたしは白戸さんのことどうこう思っているわけじゃないし、全部なしって言うならそれで全然いいんだけどね!? でもほら、同じ学校で、同じ学年で……来年とか下手したらクラスメイトで、それではっきりしない関係のままだとこれから気まずくなるかなって。だから……一応、白戸さんの気持ちは確かめたい。


 それだけ。それだけだから、行く場所とかすることとかは特に決まっていない。でも人目があると気になるし、かと言って個室というのも――カラオケなんて手も考えたけれど、なにか嫌な予感がしてやめた。


 それで色々考えて。


「ラウワン、ですか」

「白戸さん……好きじゃなかった?」

「いえ、千冬さんと来られるならどんな場所でも嬉しいですよ」


 ボウリングとか、ビリヤードとかがあるいわゆる複合型のアミューズメント施設である。

 一応、カラオケも選択肢にはあるけど。


「久しぶりに軽く、体動かしたいなーって。ボウリングとかどうかな?」


 個室ではないけれど、周囲の目を気にせず話せる。話題に困っても、ボウリングしながらなら適度に空気も変えられる。

 そう思って、わたしはボウリング目的でここに来たのだけれど。


「ボウリング……」

「あれ、違うのがよかった?」

「……できれば、卓球でもいいですか?」

「卓球かあ」


 ボウリングは各レーンに座席があって、合間合間に座れる。それにそこまで運動って感じじゃないから、しながら話すってのもそんなに難しくない。だからいろいろちょうどいい。

 でも卓球は、けっこう体使うしな。ずっと球を打ち返し合うわけだから、適宜自分のペースでやれるボウリングより疲れるし、会話しながらというのも難しそうだ。


「ダメ、ですか?」

「……まあ、いっか」


 わたしが誘った手前、あまり白戸さんの要望をないがしろにするのも悪い。

 別に卓球でも、一段落してから話せばいいか。


 そういうことで、予定を変更して二人で卓球することになった。

 受付を済まして、卓球のあるフロアに移動する。


「白戸さん卓球好きなの?」

「そうですね。体育の授業でやったことがあるくらいですけど」

「ふぅん。……あ、もしかしてボウリングが苦手だった? スコアいくつくらい?」

「この前やった時は、百くらいだったと思います」


 わたしより上だ。女子にしては、けっこう上手い方だと思う。


「……上手くない? 最近やったから、今日は卓球が良かったみたいな?」


 そんなに追及するつもりもなかったけれど、なんとなく会話の流れでそのままどうして卓球だったのか聞いていた。

 白戸さんがちょっと困ったように視線を泳がす。


「あ、ごめん。わたしも卓球好きだから、全然賛成だったんだけど。……えっと、ほら、白戸さんのこと知りたくて……?」


 ボウリングがどうしてもしたかったわけじゃないよ、と笑顔を取り繕ってみた。白戸さんみたいに整った顔じゃないし、自然に微笑むことはできないけど、不満とかじゃなかったというのは伝えられるだろう。


「その……ボウリングだと……千冬さんの背中しか見られないので」

「背中?」

「せ、せっかくなら……運動している千冬さんを正面から見たいなって」

「正面?」


 顔を赤らめながら、白戸さんは「えへえへ」って笑っている。よくわからないけれど、卓球台の近くに置かれたカゴの中から、ラケット二つとボールを取った。ラケットの一つは白戸さんに渡して、わたしは反対側にいく。


「……えっと」


 軽く、ボールを下から打った。サーブというやつだ。わたしのコートで一回跳ねてから、白戸さんのコートに飛ぶ。白戸さんは手首を返して、ボール打ち返してきた。速度はゆっくりだったけれど、コートの端へ飛んだので、わたしはわたわたと移動して返す。


 やっぱり、卓球は会話しながらというのは難しい気がしてきた。

 ちょっと遊んだら、休憩して、その時に話すしかないかな。


 ――っていうか、なんか。


「し、白戸さんっ?」

「はい、どうしました千冬さんっ」


 さっきから、コートの端を左右に打ち分けられている。

 そのせいで、わたしはずっと端から端を行ったり来たりだ。上手いこと器用に腕とか、体の向きだけで拾えればいいんだけど、わたしはそこまで上手じゃない。ボールが飛んでくる方に急いで、それでなんとか返せる姿勢にしてから、打つ。

 白戸さんの打ったボールがゆっくりだから、なんとかラリーになっているけれど。


 すごく、疲れる。

 そもそも、これ、狙ってやっていない?


「楽しいですねっ」

「う、うん?」


 わたしはなんとかひょろっと返すだけだから、白戸さんには余裕がありそうだった。だけど見ると、顔は赤らんで目がとろんと――。


「むへへっ、やっぱり卓球で正解です。すっごく揺れて……正面から……」

「し、白戸さん?」


 白戸さんの表情に、なにか恐怖を覚えたわたしは、一度卓球を中断した。打ち返さなかったボールはそのまま飛んでいき、卓球台を囲うように貼られたネットに捕まる。


「……あのさ、気のせいだったら悪いけど。さっきから、わたしの胸ずっと見てない?」

「そそそっ、そんなことはっ!!」

「わたしも、ドタドタして、けっこう胸邪魔だなって思ってたけど……だいぶ揺れてたよね?」

「はいっ、すごく揺れてました!」

「……やっぱ、見てたよね?」


 どうやら、白戸さんはわたしの胸が弾む様が見たくて卓球を選んだらしい。

 白戸さんのことを知れた。

 あまり知りたくない一面だったけれど。

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