その③ 一緒にお昼ご飯

 白戸しらとさんの提案で、校舎棟の真ん中にあるスペース――いわゆる中庭の空いていたベンチに座って二人でお昼ご飯を食べた。


 外で食べるのってちょっと小洒落た感じもするけど、実際には日焼けも気になるし、風で髪が崩れるのは嫌で、温度も湿度も暑くて汗をかくのは勘弁してほしいし寒いのだって苦手だから、わたし一人なら絶対に考えない。

 わたしの友達もどっちかというと映えみたいのより実利をとるタイプが多いから、外でお昼を食べるのは初めての経験だった。


 抵抗はあったけど、さっき白戸さんが囲まれていた彼女の教室に戻るのも、わたしの教室に白戸さんを連れて行くのも、周囲からいらない注目を集めることが予想できた。

 それだったらと、渋々白戸さんの案に応じて、ベンチに並んで座る。


 ただ、やっぱり失敗だ。

 クラスメイトは、教室にだけいるわけじゃない。

 なにより白戸さんは学年で――いや、学校中で有名な可愛い女子だ。


 わたしと白戸さん意外にも中庭でお昼を過ごす生徒たちや、たまたま通りすがりの生徒たちに「あれ、白戸さんが外でお昼食べてるの珍しくない?」とか「あ、白戸さんだ。知ってる、可愛いって有名な。うわっ、やっぱ実物はガチだね。アイドルじゃん」とか「横にいるの誰? 友達?」とか「一日の間に校内で白戸さんを偶然三回見つけると、その人は一週間幸運になる」とか「あそこに居るの千冬ちふゆじゃない? あいつ、用事があるってなんでこんなとこで……つか、隣にいるの白戸か? あの……可愛いとかで有名な」とか。

 って、数少ない友人たちにまで目撃されている!?

 みんないつもお昼は教室に籠城しているよね、なんで今日に限って。


 そんなこんなで、白戸さんはずっとにこやかになにか楽しそうに話していたけれど、わたしの気持ちはずっと休まらず、白戸さんと話したいって思っていたことは一つも話せなかった。


 覚えている会話といえば――。


「千冬さんのお弁当、美味しそうですね。作られているのは……親御さんですか?」

「わたしだけど」

「千冬さんが!」

「……そんなに驚かなくても」


 まあ、わたしみたいに怠惰そうな生徒が自分でお弁当を作っているというのは意外なのかもしれない。逆に白戸さんみたいに真面目で完璧って感じの子は、自分でお弁当を作っていそうだ。もしくは、家政婦さんがいても驚かない。


「すみません、千冬さんの手料理が目の前にあると思うと……興奮が抑えられなくて……」

「なにそれ」

「……お、美味しそうですね。いえ、そのずっと美味しそうだとは思っていたのですが、よりいっそう背徳的な」

「背徳……? まあ、人のお弁当って美味しそうに見えるよね。ちょっともらったりとか、交換したりとか、余所の味って感じで美味しいのかも」

「……私のお弁当も、自分でつくっているんですが……もしよければ千冬さんにも味を知ってもらえると……」


 おかずを一つ交換したいということらしい。

 しかし、白戸さんのお弁当は――。


 今までの彼女の印象とは真逆に、茹でたのか蒸したのかそのままっぽい鶏肉とブロッコリーとゆで卵。しかもすべてが山盛りだった。


(トレーニーなの!? 白戸さん、なにか鍛えている最中!?)


 どう考えても体を絞ろうと考えている人のお昼ご飯だった。

 ダイエットが必要な体系には見えないし、スポーツとかで体を鍛え上げているのだろうか。


「え、そのお弁当って……えっと、白戸さんも自分で作ってるんだ? でも味って」


 悪いけれど、素材そのものの味しかなさそうに見える。


「じゃなくて……白戸さんって運動とかしているんだっけ?」

「は、はい。定期的に体は動かすようにしています。たまに運動部の方に助っ人を頼まれることもありますが」

「……それで贅肉を落として俊敏な体に……そういうお昼なの?」

「こ、これは……えっとですね。すみません、千冬さんとお昼ご飯をご一緒できると思っていなかったので……このように見苦しいお弁当で」

「いやいや! そんなことないよ! そんなことないけど、減量中とかの人じゃないとそういうお弁当にならないんじゃないかなって」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる白戸さんだったが、わたしはお弁当に対して純粋な疑問しか持っていない。恥じることはないと思うけれど。


「その……減量ではないんですが、私、すこし食べる量が多くて……つい気を抜いて食べ過ぎてしまうと、ちょっと体つきが丸くなってしまうので……普段からあっさりしたものを多く食べるようにしていまして……」

「へ、へぇ。意外だね。美人の人って食べてもみんな太らないのかと思ってた」

「び、美人なんて! そんなことは全然……私、普通です。食べ過ぎたら太りますし、美人でも……」

「ま、まあお弁当のことはわかったよ。……えっと、わたしのおかずと一つ交換する? ……その、なんか白っぽいお肉と……わたしの唐揚げ」


 自分でいいながら、不公平なトレードではないかと思った。

 いや、友達同士のおかず交換に正当なレートなんて求めないけど。でも、その素材の味しかなさそうなお肉と、わたしが早起きして味しみこませてオーブンで揚げた油控えめの唐揚げ……この二つを同じ価値として交換するのは、釈然としない気持ちはやっぱりあった。

 でも、お肉とブロッコリーとゆで卵をもしゃもしゃ食べながら、わたしのお弁当を見つめる白戸さんに素知らぬ顔を続けるのは心が痛む。


「い、いいんですか!?」

「う、うん。……わたしの手作りでよかったら」

「千冬さんの手料理をっ、いいんですか!?」

「何度も聞かないで。大きい声出さないで」


 さっきから、周囲の目が気になっているのに。


「へぇ、案外味が……じゃなくて、えっと……うん、美味しいね! ささみかな?」


 白戸さんらしからぬ、タッパーに入ったお肉を一つもらって、かじった。

 やっぱり見た目通りだけれど、でも思いの外素材の味がした。悪くはないけれど、これをあんな量食べるのは中々食事を楽しむという行為からはかけ離れている気がした。


「白戸さんもどうぞ」

「い、いただきます」


 ベンチに座ったままだけど、白戸さんは上半身こちらに向けて深々と頭を下げた。わたしの唐揚げにそんな頭を下げないでほしい。


「はわわっ! や、やわらかいです……千冬さんによく似て、舌がとろけるような柔らかさで!」

「……わたしによく似て?」

「料理は作った人に似るんですね!!」


 唐揚げと似ているって言われたくなかった。そもそもそれって。


「これは、鶏胸肉ですか?」

「う、うん。鶏モモのが定番だけど……お昼だし、ちょっとさっぱり目のがいいかなって」

「うふふ、やっぱり。胸も美味しいですよね」

「…………」


 深い意味は、ないんだよね?


 もちろん、他にももっと当たり障りのない会話もたくさんあったのだけれど、あんまり覚えていない。それより周囲からのひそひそ声が気になってしまった。


 結局、白戸さんがわたしのことを唐揚げと同じく味わうものとしか思っていないんじゃないかって、疑いが深まっただけな気がする。

 でも、一応連絡先だけは交換した。

 お昼ご飯も一緒に食べたし、傍目には、友達になったと言えるのかもしれない。

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