その③ 図書室
学校一の美少女に胸をもませてほしいと土下座されたが、二回目ともなるとまた違った感情がわいてきた。
土下座に対しては前回のように困惑や焦りの気持ちではなく、呆れというか。
それでいて胸をもみたいという要望については二回目で余計に、なんでこの人はここまでわたしの胸に執着するのかという当惑が深まった。
ただ
だから驚きはそんなにないし、どこか覚悟していた部分もあったと思う。
白戸さんと仲良くなると言うことは、彼女を受け入れると言うことは――そういうことなのかもしれない。
「
口ごもっていたわたしをどう思ったのか、さっきまでとは頭を下げる意味が変わっていたようだった。声色から、力が抜けきっている。
「あっ、あのっ、すみません。調子に乗りすぎましたよねっ……昨日その……千冬さんが
「白戸さん? とにかく立ってさ……」
「そ、そうですね! 肩! 肩もみます! 安心してください、下心皆無ですっ」
「いやえっと」
わたしがなにか言う前に、立ちあがった白戸さんはスカートの乱れも整えないままわたしの背後へ回った。
「ほらっ、体楽にしてくださいね。リラックスして」
「え、え」
ぎゅっと肩に白戸さんの指が沈んで、わたしは無意識に「んんぅー」って声をもらしてしまった。気持ちいい。そのまま優しく指が動いて、どんどんほぐされていく。
正直、『肩』もむのも上手いんだな。って思ってしまった。
「やっぱり凝ってますね。ふふっ、しっかりほぐしますから」
「あはは、最近勉強頑張ってるからかなー」
変な声を出した恥ずかしさで、とっさにそんなことを言った。
「…………」
「え、なにその目?」
「いえ、千冬さんはいつも頑張っていらっしゃるなと」
「いつも」
白戸さんのもの言いたげな目がどこへ向けられているのか――彼女はわたしの後ろに立っているから、わからない。
ただ、なんとなく肩ではない気がした。
「あ、あのさ……」
「はっ、はい! 力加減はどうですか?」
「……あのさ、本当に……ノートありがとうね。わたしのために、勉強もしてきてくれて」
「いえいえ、この肩をもませていただけるだけで、あれくらいなんの労力でもありません」
わたしの肩は、多分人より凝っている以外はいたって普通だ。なんの変哲もない。もんで面白いものではないだろう。
もちろん、他なら面白いのかと言われると、わたし自身ではなんとも言いにくいけど。
「…………少しなら、いいけど」
「は、はい? もう少し強くですかね?」
「…………胸も、少しなら」
「千冬さんっ!?」
彼女がどんな顔をしているのか。背中越しにはわからなかったけれど、声はなんていうか、満開のひまわりみたいな感じだった。
いや、満開のひまわりみたいな声ってなんだろうね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後は、葉寺さんに数学から教わることになっている。
数学は多分一番がんばらなくちゃいけないし、土日は葉寺さんがアルバイトなので、平日の放課後は優先的に見てもらうことになっていた。
――いくら追試が噂の難易度だからって、そんなに連日でマンツーマン指導してもらう必要があるのか。というのはちょっとわからない。
できる限り備えて挑みたいのは確かだけれど、どうも教えてくれる二人に迷惑をかけすぎている気がして申し訳ない。
「ごめんね、本当に。……えと、ありがとうね」
「そんな恐縮すんなって。それに千冬のおかげで、ひっさしぶりに
「へぇ……」
「ま、ちゃちゃっと勉強して、バシっと追試合格しよーな」
我が校の図書室は私語厳禁なスペースもあるけれど、昨今の読書需要低下に伴ってなのか、単純に利便性のためなのか、多少の会話くらいは許されている自習用のテーブルがいくつか用意されている。
わたしたちは、その一角を使わせてもらっていた。
というかテスト期間でもないのでほとんど貸し切りで、わたしと横に座っている葉寺さんしかいない。
勉強を始めると、葉寺さんはメガネをして肩にかかっていた明るい髪を耳にかけた。
「……あれ、メガネだっけ? 授業中とかそうなの?」
「ううん、教師役だからね。準備してきた」
「……ありがとう?」
「ビシビシやっから、覚悟しとけぇー」
葉寺さんはそう言いながらシャーペンで教科書を叩いた。白戸さんみたいに教科書を一冊読み返してきたり、専用のノートをまとめてきたり――なんてことはないが、わたしに教えてくれる気満々らしい。まあ葉寺さんの数学は学年一位だから安心できるし。
とにかく、そんな葉寺さんに教われるのは大変ありがたい。
わたしは問題集を解きながらわからないところがあれば質問して、それ以外の間は葉寺さんも英単語帳なんかを眺めていた。
小一時間ほどたって、休憩を入れる。
「……あのさ、言いたくなかったら全然聞かないし、……口出さないけど」
「んー?」
「白戸さんとなにかあったの?」
白戸さんの方にも聞こうか悩んでいたが、昨日の感じを見るに聞いてもまともな内容が返ってくるとは思えなかった。怨嗟に曇った話が、どこまでが真実でどこからが単なる逆恨みかも判断できない。
それに比べると、葉寺さんはいつも通りだったし、過去を引きずっている様子もなかった。さっきの口ぶりからも、彼女は白戸さんを嫌っているどころか、仲良くなりたいと思っていそうでもある。
――もちろん、どんな事情があったか知らないので、軽はずみに判断することもできないし「仲を取り持つ!」とかそういう気まではないけれど。
せっかくなにかの縁で二人がわたしの追試を手伝ってくれることになったのだ。なにかできることがあれば、とは思った。
「えーあー夕里と? なにかって言われると……んー、そんなたいしたこともなかったと思うんだけどなぁ」
「え、でも白戸さん……なんかすごくその……」
「あたしのこと嫌ってるな、あはは。ま、あたしが覚えている限りで話すと……」
幼馴染みで幼稚園からの知り合い――部外者のわたしが踏み入れないこともあるかも、と遠慮がちにきいたのだが、葉寺さんは特段いつもと変わらない素振りで話始めた。
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