その④ 頬ずり

 葉寺はでらさんは器用にペン回ししながら言う。


「んー、夕里ゆうりは、プライド高いだろ」

白戸しらとさんがプライド高い……!?」


 のっけからわたしのイメージと違う話が出て来た。

 あんなすぐ土下座する人、見たことなかったけど。


「ま、最近は……高校入ってからは、避けられてるからよく知らないけどな」

「……えっと、幼稚園からずっと一緒だったんだよね? 葉寺さんと白戸さん」

「幼稚園の時の記憶はほとんどないけどなー。小学校は一緒で、クラスはどうだったかなぁ。半分くらいは同じだったかなぁ。で中学は別だったし、だからあたしの知っている夕里は小学生の頃だけ」

「あー、そうなんだ」


 なんとなく、幼馴染みはずっと一緒なものかと思っていた。自分にいない……というよりそもそも幼馴染みという存在を意識したことがなかったので、かなり定義がふわっとしている。実際に世の中で決まっているかもわからないし、もっとシンプルに本人同士がそう思っていたらそうなのかもしれない。


(でも葉寺さんはともかく……白戸さんの方はどうなんだろ。こういう場合、幼馴染みは一方的なものだと……えっと友達だったら、やっぱ片方だけがそう思ってても第三者的にはなんか違うと思うし……)


 しかしよく考えると幼馴染みかどうかはそんなに大事なことじゃなかった。

 ともかく、小学生時代、あるいは幼稚園時代から二人は顔見知りだった。


「うん。覚えている限り、小学校の頃のあいつはもっとこう……まあ、なんだ尖ってたっていうか、丸いっていうか」

「え? 尖って……丸くて……どっち?」


 わたしの質問に、珍しく葉寺さんが目をそらした。なんだろう、実はあんまり覚えていないとか、そういう。


「あーまあ、あれだよ。夕里のことは本人に聞いてもらうとして」

「うん、それはそっちのがいいかもね」

「で、あたしとあいつのことだな。……うーん、よくテストの成績とかで勝負してたんだよ。今はもう数学以外勝てないけどな。あの頃はけっこう良い勝負……いや、あたしがだいたい勝ってたか? それでまあ、あたしが勝つと夕里は不機嫌になって」

「へぇ」


 葉寺さんが小学校の頃白戸さんよりも成績優秀だった――というのは、ピンと来ないけど、なくはないと思う。葉寺さんも頭は良いし。白戸さんが昔は今ほど成績が良かったわけじゃないってのも、なくはない話だ。


「あたしもガキだったしなー。ムキになってくる夕里が面白くてけっこうからかってたし、それを根に持たれてても文句は言えないな」


 そう結論づけると、自分で納得したのか「うんうん」と葉寺さんが何度かうなずいた。

 よくわからないけど、どうにも聞く限りだと、


「幼馴染みっていうより……ライバルみたいな感じだったの?」

「……ライバル?」

「え、違うかな。……小さい頃から張り合ってたらな、そうかなって思ったけど」

「あはははっ、ライバルって。まあライバルかもな」


 意図せずウケてしまった。ライバルってあんまり現実で口にしない言葉だったかもしれない。


「それよりさ、千冬ちふゆの方はどうなんだ? 夕里とずいぶ仲良さそうだったけど」

「え、わたしは別に……」


 ついつい言いよどんでしまった。ただ実際、わたしと白戸さんの仲をどう説明するべきかは難しい。


「普通に、友達だよ?」

「ふーんっ」


 明らかに信じていない顔と声だった。


「葉寺さん、疑ってる……?」

「そりゃなー。だって昨日の夕里、明らかに変だったし」

「……そ、そうだったっけ」


 わたしからするとあれが白戸さんのデフォルトみたいなところがある。もちろん、学校のみんなが知っている白戸さん基準ではあれがおかしいのは否定できない。


(あー、わたしももっと通常時の白戸さんと話してみたかったなぁ……)


 学校で一番の美少女。顔の印象ばかり先行していたけれど、性格だってもっぱら良い噂しか聞いていなかった。この前も友達に囲まれていたし。ちょっと校内を一緒に歩けば、すぐ注目を集める。


 ついぼやっとしていてると、頬になにかが刺さった。


「千冬ー?」

「え、え、なに」


 葉寺さんの指だった。バイトをしているからか、校則のグレーゾーンを越えているのか、つけ爪みたいなものはしていない。ちゃんと短く切りそろえられて、綺麗な形の爪と長い指。


「ま、聞かれたくなかったら聞かないけど」

「あっ、そうじゃなくて」


 どうやらわたしが悩んだ結果「友達」と言ったことと、そのあとの質問を濁したことで、「聞かれたくない」と判断してしまったらしい。

 なんて言っていいかわからないという意味では、聞かれて困るのはそうだけど。


「ごめん、わたしもなんて言っていいかわかんなくて……聞かれたくないとかではないんだけど」


 とはいえ、白戸さんに胸をもまれている話は聞かれたくない――というか、知られたくない。白戸さんだって困るだろうし。


「修学旅行でたまたま二人きりで……話しこむタイミングがあって。それで急に仲良くなったけど、ついこの前のことだし」

「修学旅行? なんだ、あたしと変わらないな」

「え? 葉寺さんは小学校の頃からじゃ」

「違う違う。千冬とあたしの方」


 もしかして、葉寺さんは他の人達と同じで、学校一の美少女である自分の幼馴染みがこんなパッとしない女子と仲良くなっているのが不服なんじゃないか――と少しだけ思っていた。


「だったらあたしももっと千冬と仲良くなろーっ、えへへー、あたしは千冬の先生だしな。生徒と親密になっとかないと」


 そう言って彼女は、わたしの肩を抱くようにしてから、二の腕に頬ずりしてきた。ギャルっぽいと思っていた葉寺さんだったけれど、全然そんなことはなく気さくな人で、なんていうか――ちょっと派手な外見とあいまって、こうやってベタベタされると。


「うっ、可愛い……」

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