その② お礼

 面談用の机は椅子に比べて高さが低くて、教科書を並べるには少し不釣り合いだった。


 わたしは教科書と問題集と白戸しらとさんがまとめてきてくれた特性ノートを広げて、端っこにお弁当を置く。

 おかずをつまみながら、ノートをめくる。とても丁寧にまとめられたノートだ。本当にこれを一晩で?


「ノート、どうですか?」

「す、すごい……あの、大変だったよね?」

「いえ、まだ試験範囲の分までしかまとめきれていないですから」

「試験範囲だけでいいんだよ……?」


 とはいえ、試験範囲の前から復習する必要もあったから前回の分もまとまっているおは非常にありがたい。ただ試験範囲の先までお世話になってしまってはさすがに……。


「もう十分過ぎるくらいだよ。ありがとう、お返ししきれなくなっちゃうから」


 今日はサンドイッチがメインで、おかずの量はそんなにない。


「良かったら、好きなのを取ってよ。サンドイッチも一つどうかな?」

「……いいんですか?」

「これはジャーマンポテトサンドだけど……よかったら」


 わたしがもう一度言うと、「じゃあ」と白戸さんがサンドイッチを一切れ受け取った。やや変わり種の具材ではあるけれど、ジャーマンポテトサンドはなかなか気に入っている。


「美味しいです」


 白戸さんのほうは、相変わらずササミとブロッコリーとゆで卵で「よかったら千冬ちふゆさんも」と言われたが遠慮しておいた。

 別に白戸さんのお弁当に興味がないわけではなくて、交換ではなく、お礼のつもりだったし。


 でも、本当にどうしよう。これくらいでお返しには全然足りない。


「……お礼さ、白戸さん、他にもなにかあったりする? ……わたしにできることだけど。サンドイッチだけじゃ、あれだし」

「え、そんな! さっきも言いましたが、私が自分でしているだけですから」

「でも……」


 そう言っても、わたしにできることなんて――と言いよどんでいると、


「その……たとえばですけど、千冬さんがもし気にされるならですけど」

「ん? なにかあるの? 言ってみてよ、わたし頑張るし」

「っで、でもその――すみません、やっぱりなんでもないです」

「ええっ!?」


 なにか言いかけていたのに、白戸さんは「それより、勉強しましょうっ」と結局口をつぐんでしまった。まあ、勉強しなきゃいけないのはそうだけど。

 せっかくこんな場所まで借りてくれて、それで今ならわからないことも質問できる。汚さないように気をつけて、サンドイッチをつまんで、勉強をする。

 質問しようか悩んでいるだけでも、表情からバレているのか、


「わからないところ、ありましたか?」


 と白戸さんの助けが入る。

 わからない所を見せると、丁寧に教えてくれた。ありがたいけど――もしかして、食事中もわたしの顔ずっと見ているのかな? わたしの顔見ながらブロッコリーもしゃもしゃ食べているわけ?


「あのぉ……肩とか凝ってきませんか?」

「え、肩?」


 食べ終わった頃に、白戸さんがそんなことを聞いてきた。

 肩というのは、凝っていないときがあるんだろうか。


「よかったら、その……マッサージをさせてもらえれば」

「えええぇ!? 悪いって。そんなことまでやってもらうのは……あ、だったら逆にわたしがお礼ってことで肩ももうか? わたしけっこう肩こりに詳しいから、ツボとか上手いほぐし方とかわかるよ」

「いえ! 私が千冬さんの肩をもみほぐしたいんですっ! これが私に取ってお礼になりますっ、だからお願いしますっ」

「わたしがマッサージしてもらうのがお礼……?」


 よくわからない。なんでそんなにわたしの肩をもみたいんだ。

 それがお礼になる意味もわからない。


「……やっぱ、いいよ」

「いいんですか!?」

「え、じゃなくて……マッサージはしなくていいって。もしかしてわたしに気を遣ってくれているのかもだけど、肩もそんなにだし」

「な、なんでですか!?」


 白戸さんが立ちあがった。

 勢いいいなぁ。


「だって、もまれるのがお礼になるのよくわかんないし……」

「なるんですよっ!! 私は、千冬さんの肩をもむのが幸せなんですっ」

「……え、あのさ」


 真剣な白戸さんの顔に、「それ、本当に肩?」と疑問がわいてきた。


「お願いします。あれですか、土下座ですよね」

「待って待って、しないでよ! 土下座しないで」

「じゃあなんですか!? 財布ですか!? いくらなんですっ」

「いくらとかじゃなくて」


 机に乗り出すようにして、白戸さんの顔がぐっと近づいて来た。わたしは物理的にも、勢い的にも圧を感じて、ちょっと怖くなってくる。


「お願いします。優しくしますから……」

「……本当に、肩もむだけなんだよね?」

「土下座しますから」

「だから待ってっ!? 土下座安いし、先にわたしの質問答えてよっ」


 言うが早く、床に正座して床に手をついた。

 この行動力はどこから出てくるんだ、本当に。


「お願いします、千冬さん。もませてください」

「……えっと、肩を?」

「お願いします」

「あのさ、だから……あぁーもうっ」


 なんだかんだ、わたしも薄々わかっていた。

 白戸さんにお礼するなら、それしかないのかも知れない。

 でもだからって、お礼でこういうことするのが正しいのだろうか。

 だって――。


「……友達だよね? わたしと白戸さん。……変なこと、しないよね」

「…………千冬さんは、お友達に胸をもませていたと思いますが」

「やっぱわたしの胸をもむ気満々だよねっ!? 白戸さんっ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る